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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹
【Case1】病死したアイドル画家の謎
8/60

【5】



 正午近いが室内は冷え切っているため、エアコンの電源を入れる。その足でトイレ、洗面所、キッチンと順に向かい、お茶を注いだマグカップを手に部屋へ戻った。


 あとで春斗くんが再来訪するはず。

 着替えてファンデーションを塗るくらいのことはしておこう。


 バイト用の格好――白いブラウスと黒のパンツに身を包み、朝食兼昼食のバタートーストを食べながらタブレットでニュース記事をチェック。起床から一時間ほど経過したところで春斗くんが訪ねてきた。『どうも』と爽やかに挨拶した彼が、私の正面に胡坐をかく。


『あれ? 凛花さん、なんか元気ないです?』


「怖い夢を見たんだよね。遠くの山で火事が起きて、それをぼんやり眺めてて……」


『山火事? もしかしてそれ、吉野さんにもらったルイの絵の影響で?』


「……そっか、たぶんそのせいだ。昨日の夜、吉野さんのことを調べてみたんだよね。私たちが疎いだけで、現代アートの世界ではそれなりに名の通った人なのかもしれないと思って」


『結果、どうでした?』


「《美術 吉野》とか《ホラーギャラリー魔界 吉野》とか《ホラーアーティスト 吉野》とか思い付く限り検索してみたけど、あの吉野さんらしき人のことは分からなかったよ」


『じゃあやっぱり、有名な人じゃなさそうですね』


 吉野さんにもらった習作はチェストにしまっておいた。捨てるわけにはいかない、だからといって飾りたいものでもないから。


「ところで春斗くん、何でうちに来たの?」


『今日は仕事ですか?』


「うん。三時半から閉店まで」


『じゃあ今日の計画実行(・・・・)は無理か』


「何、その不穏なワード」


『頼みがあるんですよ。歌詞の件とは別で』


「……なんか急に嫌な予感がしてきたんだけど。それって、たとえばデート的なものだったり観光的なものだったりじゃない(・・・・)理由で、何か頼もうとしてる?」


『おぉー。凛花さん、察しが良いですね』


 春斗くんは朗らかに拍手しているが、どう考えても面倒事だ。聞かなかったことにしようと思ったが、彼は私の返事を待たずして話を進めた。


『俺と一緒に来てほしいんです。中総(ちゅうそう)の中にある美術館まで』


 中総――中央総合公園か。

 アパートから車で十分くらいの場所にあり、何度か訪れたことはあるが、美術館へ踏み込んだことはない。


『実は、その美術館で幽霊の女の子と出会いまして。その子が抱えている未練を解消してあげたいなって』


「……そんな気はしてたよ。私のことは、もうその幽霊に話しちゃったの?」


『はい。「人間の友達がいるから何とかしてくれるよ」って』


「勝手に友達を名乗らないでよ。そんな期待だけさせちゃって、『やっぱり協力できないのでさようなら』なんてことになったら目も当てられないじゃん」


『何のアテもないのに引き受けたわけじゃないですよ。この内容なら凛花さんも協力してくれるかな、と思ったので』


「……どんな未練なの?」


『その子、ルイのファンなんですよ。俺と違って、かなり熱心な追っかけらしいです』


 彼女の名前は美琴(みこと)ちゃん。

 高校三年生の美術部員。

 美琴ちゃんは天海ルイの大ファンで、お小遣いの全てを彼につぎ込んでいた。自室には絵画のポスターをいくつも飾っていたそうだ。天海ルイの写真や絵に囲まれた部屋が、彼女にとって一番の癒し空間だったという。


『ルイの死亡ニュースを知ったとき、美琴ちゃんは目の前が真っ暗になったらしくて。放心状態でふらふらと歩いていて、赤信号に気付かず道路に出たところを車に』


「……そんな切ない話を聞いちゃったら、スルーってわけにもいかないよね。私にどんな協力をしてほしいの?」


 ここで登場するのが、さっき話題に上った習作。美琴ちゃんは『もっと天海ルイのことを知りたかった』という思いでこの世に留まっているそうだ。(くだん)の習作は公に発表されたものでなく、ファンにとって貴重な資料。美琴ちゃんに習作をプレゼントしてあげよう、というのが春斗くんの計画らしい。


「……分かった。彼女に会って、墓前まで案内してもらうね」


『それが駄目なんですよ。美琴ちゃん、美術館の敷地外に出られないんです。特定の場所から動くことができない――おそらく〝地縛霊〟ってやつですね』


「つまり彼女の魂は、美術館そのものに縛り付けられてるんだね? お気に入りの場所だったのかな」


『当時、ルイが中総の美術館を訪れたという噂があったらしいですよ? 美琴ちゃんはばったり会えることを期待して、何度か出向いたんだとか』


「メディアに出ずっぱりだった天海ルイが、わざわざ地方の美術館を訪れていたとも思えないけどな」


『今重要なのは噂の真偽じゃないでしょう?』


「……確かに。今までの経験上、目的の品を墓前に供えるだけじゃ駄目かもしれないなぁ。ちゃんと本人に見届けてもらわないと……と言っても状況的に厳しいよ。会話だけならスマホを耳に当てて誤魔化せるけど、習作を広げて見せてあげるなんて。人目が怖い」


『心配ないですよ。策は練ってあります』



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