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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹
【Case1】病死したアイドル画家の謎
7/60

【4】



 斜め後ろから絵を覗き込んできた春斗くんが『ホントにルイの作品かなぁ』と呟いた。


 確かに、私が見たどの絵とも印象が異なる。癒しを与えるような煌めきは感じられず、《悪夢の夜》というタイトル、山火事というワードも天海ルイのイメージにそぐわない。そもそも何故、吉野さんが天海ルイの練習作品を所持しているのだろう。


 言葉に困り沈黙してしまったためか、吉野さんは苦笑した。


「本当にルイの絵なのか、とでも言いたい顔だな」


「いえ……。天海ルイはファンタジーテイストな風景画のイメージだったので、ちょっと意外で」


「そりゃ誤解だな。あいつは〝風景画ばかり描いていた〟わけじゃなく〝風景画しか描けない〟奴だったのさ」


 それはまるで、天海ルイをよく知っているかのような物言いだった。


「もしかして、天海ルイのお友達なんですか?」


「芸術の世界にはいろんな繋がりがあるんだよ」


 後方から『すごーい』と呑気そうな声が聞こえた。つい反応してしまいそうになるのを堪え、受け取った習作に視線を集中させる。


『この人、ルイの知り合いなんだ。世間って案外狭いですねー』


 お願いだから喋らないで――と春斗くんに注意することはできないが、このまま黙っていたら不自然だ。実際、吉野さんは怪訝そうな面持ちで私を見ている。何か言葉を繋がなければ。


「あ、でも……こんな貴重な絵をいただいていいんですか?」


「ちょっとした落書きみたいなモンだ。大した価値はねーよ」


「そうじゃなくて。天海ルイは亡くなってるので……」


「だからこそ、お前みたいな奴が持ってた方がいいだろ。死してなお自分の作品が必要とされ、語り継がれる――芸術家にとって幸せなことさ。と言っても、その習作はあいつにとってゴミみたいなモンだった」


「失敗作ってことですか?」


「あぁ。ゴミは他にもたくさんあったが、捨てるくらいならとオレが受け継いでやった。いずれもっと良い形で表現してやるってな」


「……そうですか。芸術家として、天海ルイと深い繋がりがあったんですね」


「言っとくが、あいつよりオレの方が優れたアーティストだぜ? 今はただ、世界がオレの才能に気付いてねーだけさ」


 歪んだ笑みを浮かべた吉野さんは、スポーツバッグの肩紐の位置を整え直し、ひらりと右手を挙げた。


「じゃあな。オレが有名になったら『吉野と喋ったことがある』って自慢してくれていいぜ」


「そうさせてもらいます。また機会があれば展示を見に行きますね」


「社交辞令はいらねーよ。ルイの絵を称賛する奴に、本物の才能(・・・・・)は理解できねーさ」


 踵を履き潰したスニーカーをパタパタと鳴らしながら、吉野さんが去っていく。彼の背中が遠ざかったところで、春斗くんが私の前に回り込んできた。


『感じの悪い人でしたねー』


「さっきは『すごーい』とか褒めてたくせに」


『そうでしたっけ? 記憶にないなー』


「あ、そう。それにしても随分ナルシストな人だったね。『世界が俺の才能に気付いてない』なんて」


『あの物言いだと、売れっ子だったルイに嫉妬してた可能性もありそうですね。実はライバル関係だったとか』


 吉野さんにもらった習作に目を落とす。

 春斗くんも覗き込んできた。


『んー……。ホントにルイの直筆なのかなー。ルイっぽさは全く感じられないですけど』


「嘘を言ってるようには見えなかったけどな。先に天海ルイの名前を出したのは私だし、都合よく《Louis》なんてサインの入った絵を持ってるとは思えないよ」


 というわけで、この絵は本物だという結論に落ち着いた。習作を四つ折りにし、ウインドブレーカーのポケットにおさめる。すっかり冷えてしまった身体を軽いジャンプでほぐした。


「私も行くよ。日が沈む前には帰りたいから」


『そっか、ジョギング中だったんですよね。俺は適当に散歩と取材を続けるので、また近いうちに会いましょう』


 春斗くんが鼻歌交じりで歩き出す。

 良いフレーズが浮かびますようにと祈りつつ、私もジョギングを再開した。




+ + +



 星ひとつない暗い夜。

 遠くに見える山が燃えている。

 私は小高い丘の上から、その様子を眺めていた。

 ただ、呆然と。


「助けて」


 ふとそんな声が聞こえ、振り返る。

 私の後ろに枯れた大木が立っていた。

 太い枝には、若い男性がロープで逆さ吊りにされている。

 彼の顔は苦痛に歪み、瞳からは鮮血の涙が流れていた。


 嫌だ。

 助けて。

 苦しい。

 死にたくない――。

 悲痛な叫び声が私の脳内に響き渡り、眩暈がした。



+ + +




 ハッとして上半身を起こす。

 視界に部屋の壁が映り、夢を見ていたのだと気付いた。夢見が悪かったせいか、心臓がバクバクと蠢いている。カーテンの隙間からは太陽の光が差し込んでいた。


 枕元にあるスマホを取り、時間を確認する。

 午前十一時を回っていた。

 今日は日曜。バイトは午後四時からでアラームをセットしなかったとはいえ、随分ゆっくり眠っていたようだ。


『凛花さーん』


 突然の呼び声にビクッと震える。

 玄関の方から聞こえた声は春斗くんで間違いない。


『お邪魔しても良いですかー?』


「ま、待って、まだ駄目! 上がりたいなら三十分後くらいにして!」


『はーい』という返事を最後に部屋が静まり返る。溜め息をつきつつ布団をはぎ、ベッドから降りた。



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