【2】
テーブルからスマホを取ると、天海ルイを検索した。検索結果の一番上に本人の顔写真が表示される。
紺色のメッシュが入った、少し長めの黒髪。美麗で中性的な雰囲気は春斗くんと似ているが、顔の系統は全然違う。春斗くんはくりっとした瞳が愛らしく、天海ルイは切れ長の瞳からクールな印象を受ける。
ちょうど死亡に関するニュース記事も表示されていた。天海ルイが亡くなったのは二十八歳。死後、作品はさらに高値で取引されるようになったと記載がある。
『俺はそこまで熱心なファンじゃなかったけど、画集は二冊持ってました。まぁ業界からは「顔で得してるだけ、才能もセンスもない」とか批判もあったみたいですけど。凛花さんは興味なかったんですか? ルイこそ〝ザ・王子〟って感じのビジュなのに』
「綺麗な人だと思うよ。でも私の好みとは違うかな」
『凛花さんの好きな人は俺ですもんね』
「話を誇張しないで!」
『顔真っ赤にしちゃって。可愛いなー』
「それ以上茶化すなら追い返すよ!?」
『はいはい。今日はこのくらいにしてあげますよ』
「……そんなことより天海ルイだよ。せっかく売れっ子になれたのに病死なんて心苦しくなるね」
『ルイ、当時は毎日のようにテレビやラジオに出てたらしいですから。それに加え雑誌の取材、しまいにはドラマの画家役まで。かなり大変だったと思いますよ? 本業を疎かにせず芸能活動をするのは』
天海ルイの絵を見ることのできるサイトへアクセスする。幻想的で美しい風景画ばかり並んでいた。水面に宝石が散りばめられた夕刻の海岸、ゴシック調の模様が刻まれた三日月の浮かぶ夜空など。どれも神々しく煌めいている。
『ジャンルは違えど、俺たちは創作人ですからね……。ルイは「制作途中の絵を完成させたい」とかの未練で幽霊になってるかも。どこかでばったり会えたらノートにサインしてもらわなくちゃ』
「春斗くんが持ってるノートとペン、天海ルイにも使えるの? 幽霊同士は接触OK?」
『少なくとも身体に触れることはできますよ。俺も気になって、声を掛けた幽霊と何度か握手してみましたから』
話の区切りにスマホを置く。
時刻は午後十時過ぎ。
明日も朝から仕事のため、そろそろお風呂に入って寝る支度をしたい。春斗くんにはお引き取り願うことにした。
『そういえば、凛花さんって何の仕事してるんです?』
「……実はその……私、フリーターなんだよね。喫茶店でバイトしてるの」
『バイト?』
「大学時代、就活に失敗しちゃってね。当時バイトしてたカフェの店長が『勤務時間を増やせば社会保険にも入れる』と言うから、就職できるまでのつもりでお願いしたんだけど。結局バイトリーダーにもなって、そのままズルズルと……」
『今二十八と言ってたから、六年くらいフリーターってことですよね。何で言いにくそうにしたんです?』
「途中で就活やめてバイト生活だもん。甘えてるって思うでしょ?」
『何言ってるんですか。正社員だろうが派遣だろうがバイトだろうが、仕事は仕事。凛花さんが頑張ってることに違いないですよ』
美麗な笑顔でそんなふうに言われると……。
不覚にもワガママ王子にドキッとしてしまった。
『どこの喫茶店で働いてるんですか?』
「車で十分くらいのところにある《ルーチェ》っていうお店。キッチンを担当してる」
開店時刻は午前七時。朝イチから出勤の日は六時半までにタイムカードを押さなければならない。
春斗くんは『また来ます』と言い、ボディバッグを肩に掛けた。見送るつもりで私も腰を上げる。しかし、彼が向かったのは玄関でなく窓だった。
「どこに行くつもり?」
『窓をすり抜けてここを出るだけですよ。おやすみなさい』
春斗くんは窓に向かってダイブした。
私の部屋はアパートの二階。今まで幽霊と接してきた経験上、宙に浮いたりしないはずだ。彼の身体はあっという間に地面まで落下。しかし骨が折れることも痛みを感じることもないようで、足取り軽く遠ざかっていった。
……玄関から帰らず飛び降りた意図は分からないが。
彼が厄介な訪問客であることに変わりない。
土曜日は朝から《ルーチェ》でバイト、その後ジョギングというのがルーティーン。
人と会うことは滅多にない。
片手の指で足りる数しか友人がいないからだ。
時々幽霊の相手をすることになってしまうため、変な人だと思われぬよう、なるべく目立たず大人しく――それが平穏な暮らしを守るために学んだ術とも言える。
ランニングシューズを履いて外に出ると、冷たい風が頬を刺激した。アパートの傍にある空き地で簡単なウォームアップを行い、住宅街を駆け抜けて東公園を目指す。