【10】
「今日はこの近くで泊まろうかな。お金がもったいないけど、今から高速を引き返すのも大変だし……また来るとなったらどのみち高速代も掛かるから」
『俺もそれがいいと思います。事故ったら取り返しつかないですもん』
スマホで検索を行い、近場のビジネスホテルへ向かうことにした。春斗くんも空いている部屋を捜して勝手に泊まると言ったが、詩織ちゃんは良心の呵責から車中泊を選択。普段眠るときは、ショッピングモールに設置されているソファなどを利用しているとのことだ。
「春斗くんはどうするの? 詩織ちゃんだけ車中泊なんて可哀想な気もするんだけど」
『でも……ねぇ。女子中学生と車で一泊というのはちょっと』
「い、言われてみれば……幽霊同士って触れられるもんね……」
『凛花さん、俺を変な目で見ないでくださいよ? 詩織ちゃんに不快感を与えるんじゃないかと心配だっただけです』
「……別に春斗くんを疑ってるわけじゃないから」
個人的には少し嫉妬心が――なんて思っていると、詩織ちゃんが『平気です』と言った。
『わたし、いつも一人で寝てるから。川上さんと中谷さんはホテルに行ってください』
詩織ちゃんがそう言うなら遠慮なく、ということで意見合致。ただし、独りぼっちで恐怖や不安など感じることがあれば、私か春斗くんへ助けを求めるように――そう伝えた。
+ + +
東公園沿いの大通りを一人で歩いている。
ふと、正面から車が走ってくるのが見えた。
運転しているのは春斗くんだ。
助手席には詩織ちゃん。
車は私に近付いてきている。
そして、ブレーキを掛ける気配もなく歩道へ突っ込んできた。
慌てて避けようとしたが間に合わず、全身に衝撃が走った。
身体が地面に叩きつけられる。
世界が回り、視界が赤色に染まった。
呼吸が、止まる――。
+ + +
昨夜はパスタのお店で夕食を済ませ、ビジネスホテルにチェックインした。その後は早めに寝支度を整えてベッドに入ったのだが……車に撥ねられて死ぬという酷い夢を見たせいか、体調はいまいちだ。
歯を磨きながら先ほど見た悪夢を思い起こす。昨日の段階で考えていた、最近の悪夢の共通点――〝春斗くんや詩織ちゃんが登場する〟という点に間違いはないようだ。その共通点が意味するのは……いや、これ以上深く想像するのはやめておこう。ネガティブに考え過ぎて、ますます体調に支障をきたしたら困る。
午前八時半。
フロントでチェックアウトを済ませ、ホテルの駐車場へ向かった。頭上に広がる青空に反し、心の中はどんよりと曇っている。溜め息をつきつつ運転席のドアに手を掛けた。
……車内に誰もいない。
詩織ちゃんがどこかへ行ってしまったようだ。
周囲を見渡すと、ホテルの正面玄関から春斗くんが歩いてきた。挨拶してくれた彼に車に乗るようアピールする。春斗くんが助手席側へ回り込むと、私も車に乗り込んだ。
「詩織ちゃん、私が来たときにはいなかったんだけど。春斗くんのところに来なかった?」
『いえ。昨日凛花さんと一緒にここで別れて、それきりですよ』
「……もしかして、記憶を取り戻そうとして出て行ったとか? このあたりが地元だと悟った彼女が、少しでも早く自分の家を見付けたくて……昨日の様子を思うとその可能性が高い気がしてきた」
『すみません、やっぱり俺も車中泊すればよかったですね。連れ戻せなかったらどうしよう』
「春斗くんのせいじゃないよ。取りあえず昨日通ったところ……手芸用品店があったかもしれないっていうところまで行ってみよう」
エンジンを掛けてホテルの駐車場を出る。十分もあれば目的地に着けるはず――と思っていた矢先、詩織ちゃんの姿を発見した。宿泊したホテルから車で一分足らずの場所。歩道に並ぶ街路樹の傍で、車道の方を向いて立っている。
幸い交通量は少ない。ハザードランプを焚いて車を寄せると、春斗くんが窓から顔を出して詩織ちゃんを呼んだ。声に気付いた彼女がこちらへ駆けてくる。詩織ちゃんは会釈しながら後部座席に乗り込んだ。