【28】
『俺たちの方はこれで良かったけど、吉野さんは……』
春斗くんから告げられたのは、吉野さんの死。
今朝の夢からそんな予感はしていたが、酷いショックを受けた。
夢に見た絵はおそらく吉野さんの心だ。
彼が最期に伝えてくれたメッセージ。
苦痛や恐怖を与えるものでなく、穏やかで気持ちを落ち着かせてくれるものだった。
しかしそれは、あくまで夢の中で抱いた印象。
現実の私は、どうしようもない罪悪感に侵されていた。
『俺が様子を窺いに行ったときには救急車と警察、吉野さんの両親が来てました。皆さんの会話を聞かせてもらったところ、吉野さんが遺書のようなメールを送ったみたいで。窓もドアも全部施錠してあって、事件性もなくて――』
「私たち、施錠なんかしてないよ?」
『吉野さんはルイの人格を必死で抑え込みながら、当日《魔界》を訪れた人が疑われないよう配慮したんだと思います』
「それだけの猶予があったなら、吉野さんを助けることもできたんじゃないの? 私が見殺しにしたって警察に行くべきじゃ――」
『これは吉野さんの意思だったんです。第一、本当のことを話したって誰も信じてくれない。それどころか凛花さんが怪しまれるかもしれない。吉野さんがそんなことを望むと思います?』
瞳に熱いものが込み上げてくる。滲んだ視界のなか、春斗くんが私の頬に手を伸ばすのが見えた。触れているように見えるが、当然何の感触もない。
『俺、涙を拭ってあげることすらできないんですよね。ルイの言うとおり、所詮幽霊は幽霊だ』
「あんな人の言うことを真に受けなくていいよ。涙くらい自分で拭けるから大丈夫」
『そういうことじゃなくて……。もういいや、何でもないです』
春斗くんは笑みを形作った。
泣き顔を無理に笑わせたような、ちょっぴり歪だが温かみのある笑顔。今朝の夢で見た絵と似ていた。
『俺だって悲しいし悔しいけど……吉野さんは精神力でルイに打ち勝ったんです。絶対に俺たちを恨んだりしてません。そこに関して落ち込むのはやめませんか?』
春斗くんの気遣いを受け取り、ゆっくりと深呼吸する。
しかし、これで終わりではない。
その後も春斗くんは吉野さんの傍に付き添い、親族だけで行われた葬儀が終わったあと、私の元へ報告に来てくれた。約一週間ぶりに《魔界》へ出向く。春斗くんが教えてくれたとおり、《魔界》には遺品整理を行う吉野さんのお母さんがいた。
涙ながらに吉野さんのことを語ってくれたお母さんに、お悔やみの言葉を伝える。ぜひお線香をあげてほしいと言われたため、彼の実家にお邪魔させてもらうことになった。お母さんには見えていないが、春斗くんも一緒に。
初めて春斗くんと《魔界》へ出向いた日からというもの、時間の経過がやけに早く感じられた。気付けば三月も下旬に差し掛かっている。
そんな日々の中、大きな変化があった。
吉野さんの実家を訪れた日以降、春斗くんが私の部屋へ来なくなったのだ。理由は分からない。
春斗くんと会えない日が続き、私の心にはぽっかりと穴が開いてしまった。憧れの王子が引っ越してしまったときの寂しさとは違う。
私にとって、彼は必要な人になっていた。
これは恋心……なのだろうか。
悶々とした気持ちで毎日を過ごしていたところ、唐突に春斗くんが訪ねてきた。また会うことができて嬉しい反面、彼の表情に元気がないようにも見え、漠然と不安を覚えた。
「最近、どこで何してたの?」
『いろいろ考えつつ、適当にふらふらしてただけです。今日は凛花さんに伝えたいことがあって来ました』
「……最高の歌詞が完成した?」
『いえ。バタバタしてたせいで言いそびれてましたけど……俺のこと、ルイから守ろうとしてくれてありがとうございました。あのときのこと、忘れませんから』
それはまるで、別れを意識したようなセリフだった。
『ルイが言ってたでしょう? 俺が傍にいたら凛花さんの命が危ないって』
「だけど私、本当に元気だよ? 幽霊と親しくなることで命が危険に晒されるなら、既に何らかの影響が起きているはず。あんなの気にしなくていいよ」
『何か起きてからじゃ遅いんですよ。だから、今日でお別れです』
「自分の歌を発信したいっていう未練は? 『歌い手デビューしろ』って大騒ぎしてたくせに」
『大騒ぎしてたのは凛花さんの方でしょう? 絶対嫌だ、歌いたくないって』
「……それはそうだけど。歌詞で私の心を動かすんじゃなかったの?」
『最近はルイのせいで作詞どころじゃなかったですし……。新たな未練、〝たくさんの幽霊を集めてライブする〟に変えておきますよ。音源使えないからアカペラになっちゃうけど』
以前の私なら「これで面倒事から解放される」と安堵したかもしれない。でも今は――。
嫌だ、とはっきり言える。
「春斗くんは『自分のせいで何かあったら』って考えちゃうんだよね? だったら協力して、天海ルイが言ってたことについて調べてみない? 私はネットで情報収集するから、春斗くんは幽霊相手に聞き込みをお願い」
『……まったくもう、分からず屋さんですね。何かあってからじゃ遅いと言ってるでしょう』
「〝困ってる人を平気で突き放すんですねー。がっかりー〟とか言ってたのはどこのどなたでしたっけ?」
歌い手になれと押し付けられた際、春斗くんが不満げに漏らした嫌味。
やや間を空けて、彼の表情がふっとほころんだ。
『仕方ないですね。今度は俺が凛花さんに付き合ってあげますよ』
「……うん。明日からもよろしくね」
久々に見る、春斗くんの王子様スマイル。
煌めく瞳と目線を交えて確信した。
私は彼に恋をしてしまったのだと。