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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹
【Case1】病死したアイドル画家の謎
31/60

【28】



『俺たちの方はこれで良かったけど、吉野さんは……』


 春斗くんから告げられたのは、吉野さんの死。

 今朝の夢からそんな予感はしていたが、酷いショックを受けた。


 夢に見た絵はおそらく吉野さんの心だ。

 彼が最期に伝えてくれたメッセージ。

 苦痛や恐怖を与えるものでなく、穏やかで気持ちを落ち着かせてくれるものだった。


 しかしそれは、あくまで夢の中で抱いた印象。

 現実の私は、どうしようもない罪悪感に侵されていた。


『俺が様子を窺いに行ったときには救急車と警察、吉野さんの両親が来てました。皆さんの会話を聞かせてもらったところ、吉野さんが遺書のようなメールを送ったみたいで。窓もドアも全部施錠してあって、事件性もなくて――』


「私たち、施錠なんかしてないよ?」


『吉野さんはルイの人格を必死で抑え込みながら、当日《魔界》を訪れた人が疑われないよう配慮したんだと思います』


「それだけの猶予があったなら、吉野さんを助けることもできたんじゃないの? 私が見殺しにしたって警察に行くべきじゃ――」


『これは吉野さんの意思だったんです。第一、本当のことを話したって誰も信じてくれない。それどころか凛花さんが怪しまれるかもしれない。吉野さんがそんなことを望むと思います?』


 瞳に熱いものが込み上げてくる。滲んだ視界のなか、春斗くんが私の頬に手を伸ばすのが見えた。触れているように見えるが、当然何の感触もない。


『俺、涙を拭ってあげることすらできないんですよね。ルイの言うとおり、所詮幽霊は幽霊だ』


「あんな人の言うことを真に受けなくていいよ。涙くらい自分で拭けるから大丈夫」


『そういうことじゃなくて……。もういいや、何でもないです』


 春斗くんは笑みを形作った。

 泣き顔を無理に笑わせたような、ちょっぴり歪だが温かみのある笑顔。今朝の夢で見た絵と似ていた。


『俺だって悲しいし悔しいけど……吉野さんは精神力でルイに打ち勝ったんです。絶対に俺たちを恨んだりしてません。そこに関して落ち込むのはやめませんか?』


 春斗くんの気遣いを受け取り、ゆっくりと深呼吸する。

 しかし、これで終わりではない。


 その後も春斗くんは吉野さんの傍に付き添い、親族だけで行われた葬儀が終わったあと、私の元へ報告に来てくれた。約一週間ぶりに《魔界》へ出向く。春斗くんが教えてくれたとおり、《魔界》には遺品整理を行う吉野さんのお母さんがいた。


 涙ながらに吉野さんのことを語ってくれたお母さんに、お悔やみの言葉を伝える。ぜひお線香をあげてほしいと言われたため、彼の実家にお邪魔させてもらうことになった。お母さんには見えていないが、春斗くんも一緒に。


 初めて春斗くんと《魔界》へ出向いた日からというもの、時間の経過がやけに早く感じられた。気付けば三月も下旬に差し掛かっている。


 そんな日々の中、大きな変化があった。

 吉野さんの実家を訪れた日以降、春斗くんが私の部屋へ来なくなったのだ。理由は分からない。


 春斗くんと会えない日が続き、私の心にはぽっかりと穴が開いてしまった。憧れの王子が引っ越してしまったときの寂しさとは違う。


 私にとって、彼は必要な人になっていた。

 これは恋心……なのだろうか。


 悶々とした気持ちで毎日を過ごしていたところ、唐突に春斗くんが訪ねてきた。また会うことができて嬉しい反面、彼の表情に元気がないようにも見え、漠然と不安を覚えた。


「最近、どこで何してたの?」


『いろいろ考えつつ、適当にふらふらしてただけです。今日は凛花さんに伝えたいことがあって来ました』


「……最高の歌詞が完成した?」


『いえ。バタバタしてたせいで言いそびれてましたけど……俺のこと、ルイから守ろうとしてくれてありがとうございました。あのときのこと、忘れませんから』


 それはまるで、別れを意識したようなセリフだった。


『ルイが言ってたでしょう? 俺が傍にいたら凛花さんの命が危ないって』


「だけど私、本当に元気だよ? 幽霊と親しくなることで命が危険に晒されるなら、既に何らかの影響が起きているはず。あんなの気にしなくていいよ」


『何か起きてからじゃ遅いんですよ。だから、今日でお別れです』


「自分の歌を発信したいっていう未練は? 『歌い手デビューしろ』って大騒ぎしてたくせに」


『大騒ぎしてたのは凛花さんの方でしょう? 絶対嫌だ、歌いたくないって』


「……それはそうだけど。歌詞で私の心を動かすんじゃなかったの?」


『最近はルイのせいで作詞どころじゃなかったですし……。新たな未練、〝たくさんの幽霊を集めてライブする〟に変えておきますよ。音源使えないからアカペラになっちゃうけど』


 以前の私なら「これで面倒事から解放される」と安堵したかもしれない。でも今は――。

 嫌だ、とはっきり言える。 


「春斗くんは『自分のせいで何かあったら』って考えちゃうんだよね? だったら協力して、天海ルイが言ってたことについて調べてみない? 私はネットで情報収集するから、春斗くんは幽霊相手に聞き込みをお願い」


『……まったくもう、分からず屋さんですね。何かあってからじゃ遅いと言ってるでしょう』


「〝困ってる人を平気で突き放すんですねー。がっかりー〟とか言ってたのはどこのどなたでしたっけ?」


 歌い手になれと押し付けられた際、春斗くんが不満げに漏らした嫌味。

 やや間を空けて、彼の表情がふっとほころんだ。


『仕方ないですね。今度は俺が凛花さんに付き合ってあげますよ』


「……うん。明日からもよろしくね」


 久々に見る、春斗くんの王子様スマイル。

 煌めく瞳と目線を交えて確信した。

 私は彼に恋をしてしまったのだと。



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