表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹
【Case0】再会から始まる非日常
3/60

【3】



「私じゃなくて機械音声の歌……ボーカロイドじゃ駄目なの?」


『凛花さんが俺の代わりにパソコンと必要ソフトを揃えて、使い方も勉強してくれるなら』


「……勘弁してよ」


『俺としては生身の人間に命を吹き込んでほしいですね。あわよくばレコード会社から声が掛かって歌手デビューできたら最高だよなー、なんて思ってました』


「歌手デビューどころか『ヘタクソ消えろ』とか誹謗中傷される可能性もあるじゃん。自分の夢でもないのに変なリスクを背負いたくないよ。私は絶対に歌わない」


 きっぱり断言する。

 憧れの王子様スマイルから一転、春斗くんは面倒くさそうに息を吐いた。


『困ってる人を平気で突き放すんですねー。凛花さんってそんな冷たい人だったんだー。がっかりー』


「何なの、その嫌味」


『俺はこのまま永遠に現世を彷徨うハメになるんだろうなー。ボランティア精神が微塵もない凛花さんのせいで』


「……感じ(わる)。これだから幽霊は面倒くさいんだよね。再会しなければ王子のままだったのに」


『王子?』


 しまった、つい秘密の呼び名を口に出してしまった。

 言ってしまったものは戻らない。

 春斗くんはにやりと唇を歪めた。意地悪な笑みを浮かべたままローテーブルを回り込み、私の隣に座り直す。相手が何の気配もない幽霊とはいえ、あまり接近されると恥ずかしい。


『凛花さん、俺のことを〝王子〟なんてキラキラしたあだ名で呼んでたんですね。実は俺に片想いしてた?』


「片想いなんて大袈裟な感情じゃないけど」


『俺に好意があったなんて意外です。こうして仲良くなったことですし、俺のこともいろいろ教えてあげますね』


「仲良くなってないし知らなくていい。もう帰ってよ」


『戸籍が抹消されてるので帰る家はないですね。俺の住んでた部屋は空室になってますし、凛花さんがお願いを聞いてくれるまでもう一回住もうかな? 俺の歌で毎日モーニングコールしてあげますよ』


 ……イケメンなのは外見だけで、中身は全然イケメンじゃなかった。この人は優しく包容力のある王子様でなく、図々しくて強引なワガママ王子だ。


『俺が丁寧に凛花さんをプロデュースしますから。一生のお願いです』


「一生も何も、春斗くんはもう一生を終えて死んじゃってるでしょ」


『歌のお礼に王子からのハグでもあげましょうか? 触れられないので形だけになっちゃいますけど』


「要りません」


『…………あーあ、ホントつまんない子。もういいや』


 春斗くんは壁をすり抜け、隣の部屋へ移動していった。


 これまで接した幽霊いわく、彼らはどんな物でもすり抜けることができるらしい。しかしそれは「すり抜けるぞ!」という意志を持ってぶつかるから可能なことだと証言を得ている。たとえば〝椅子に座ろうとしたらすり抜けて尻もちをついてしまう〟ということはないそうだ。


 ただし〝物や人間に触れている〟という感触はなく、動かすこともできない。仮に触れることができたなら、私は酷い目に遭っていただろう。幽霊を自宅に招くこともなかった。


 無事ワガママ王子が去ってくれたことに胸を撫で下ろした――のも束の間。再び壁をすり抜けて春斗くんが戻ってきた。


『凛花さん、俺にチャンスをくれませんか?』


「……チャンス?」


『歌詞には自分の想いを込めたいと思ってたんですけど、やめます。凛花さんのために書きますよ』


「どういう意味?」


『凛花さんの心にグサッと突き刺さる歌詞。凛花さんが「感動した!」と拍手してくれるほどの歌詞ができたら、俺と一緒に歌の練習をしてくれませんか?』


「……素晴らしい歌詞で私の心を動かしてみせると?」


 突如、春斗くんがぐいっと顔を寄せてきた。

 力強い瞳の中に、自分の姿が小さく映り込んで見える。


「……何? そんな近付かないでよ」


『どう足掻いても指一本触れられない関係なんだから、このくらい距離を詰めてもいいでしょう? 凛花さんにとっての俺、王子ですもんねー』


「……それをネタにするの、もうやめてくれない?」


『そう言われるともっとイジりたくなるって知ってました?』


「……性格ねじ曲がってるね」


『なんとでも言ってください。ハートをがっちり掴む歌詞を書きますから。凛花さんのこと、必ず振り向かせてみせます』


 セリフだけなら格好いいのに。

 これだけでクラッと心が傾いてしまいそうなのに。

 図々しいワガママ王子だと知ってしまったから――。


「私の心は動かないと思うけど。完成したら読んであげてもいいよ」


『へぇ、随分と上から目線で来ましたね。あとで「王子に惚れちゃいました」って言わせますから、覚悟しておいてください』


 キリッとした面持ちから一転、春斗くんの表情が美麗な笑みへと変わった。


 ……歌い手デビューすることは絶対にないが。

 彼がどんな歌詞を持ってくるのか、楽しみにしていよう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ