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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹
【Case1】病死したアイドル画家の謎
22/60

【19】



「あんなに不気味なものが素晴らしい芸術だというなら、わたしには一生理解できそうにないわ。どうしてあんな絵ばかり描いているのかしらね。やっと元気になれたのに」


元気になれた(・・・・・・)って、どういうことですか?」


「誠は二年前まで、病気で入院してたのよ」


「病気?」


 私の知らない吉野さんの姿が次々と出てくる。知り合ったばかりなのだから当然だ。幽霊が見えるという共通点がなければ、一生縁がなかったかもしれない間柄でもある。


「無事に退院して半年くらい経った頃、急に家を飛び出してしまったの。アニメのグッズも全部部屋に残したままで、一体どうしたのかと思ったら……」


「ホラーギャラリーを開いていたわけですか」


「そうなの。アニメは好きでも自分でキャラクターを描くのは苦手だったのにね。まさか空き家を借りるほど本気で絵に取り組むなんて――」


「待ってください。怖い絵を描き始めたのが病気後だったわけじゃなく、絵を描き始めたこと自体が、病気のあとだったんですか?」


 つい話を遮ってしまったが、お母さんは嫌な顔をすることなく「そうよ」と返してくれた。


 それにより、ひとつの疑問が生じる。

 吉野さんが天海ルイと関わっていた点に関してだ。


 お母さんによると、吉野さんが病気で入院していたのは二年前。

 そして、ギャラリーを開くために家を出たのが、退院してから約半年後。


 この話を総合すると、吉野さんが絵を描いている期間は最長で一年半だ。正確な退院時期は不明だが、実際はもっと短い期間になるはず。


 天海ルイがくも膜下出血で亡くなったのは二年前だから――吉野さんが絵を描き始めた頃、天海ルイは既に死亡していたことになる。


 元々美術に携わっていたわけではないのに何故、テレビに出演する売れっ子画家と交流があったのだろう。


「つかぬ事を伺いますが。吉野さんって、画家の天海ルイと親しかったんですか?」


「天海ルイって……何年か前にテレビに出てた、ものすごくイケメンの画家さん?」


「そうです」


「あんな有名人と知り合いなんて聞いたことないわね。誠の交友関係を把握していたわけじゃないから、どこかで知り合う機会があったのかもしれないけれど。入院する前は同じ趣味の人との集まりがあるとかで、度々東京へ出掛けていたから」


「吉野さん自身が、美術に携わる仕事などしていたことはありますか?」


「ないと思うけれど。美術の成績も良くなかったわね」


 今の話から断定することはできないが、吉野さんと天海ルイが親しい関係だった可能性は低い気がしてきた。もし接点があったとしても、たとえば〝店員と客〟のように、それなりに線のある関係だったのではないだろうか。


「ところで、あなたのお名前は?」


「川上凛花です」


「川上さんね。また誠と話す機会があったら、『検診と薬だけは必ず守りなさい』と伝えてもらえるかしら? メールを送っても返信がなくて、読んでるのかどうか分からないの」


「分かりました、伝えておきます」


「ありがとう。人間、健康が第一だからね。川上さんも生活習慣には気を付けるのよ」


 吉野さんの部屋を思い浮かべる。何本も煙草を吸い、カップ麺やコンビニ弁当ばかり食べる生活を続けていたら、また病気になってしまいそうだ。


 しかし……入院するほどの大病で苦しんでいたのなら何故、易々と他者を傷付けることができるのだろう。どうして他者の尊厳を踏みにじることができるのだろう。


 お辞儀を交わすと、お母さんは私の家と逆方向へ歩き始めた。その背中が小さくなるまで見送り、横断歩道を渡る。


 本来の目的から外れてしまったが、吉野さんの過去について何となく知ることはできた。ただ、引っ掛かる話を聞いてしまったのも事実。


 吉野さんは天海ルイのことをよく知っている様子で、習作も所持していた。しかし二人の繋がりは、芸術と無関係の場所で生まれていた可能性が高い。一体何が二人を結びつけていたのか……。


 心に靄が掛かった気分で帰宅すると、夕食にチャーハンを作り、ローテーブルへ運んだ。タブレットで天海ルイの詳細情報が載っているサイトを開き、最初から丁寧に読んでいく。


 しばらくして春斗くんの声が聞こえたため、「どうぞ」と迎え入れた。私の正面に腰を下ろした彼がタブレットを覗き込む。


『ルイのことを調べてたんですか?』


「うん。天海ルイが亡くなって更新はストップしてるけど、子供の頃のエピソードとか交友関係とか書いてあるかなと思って」


 顔を上げた春斗くんに今日の出来事を説明する。全て話し終えると部屋に沈黙が下りた。吉野さんの過去が一部明らかになったのは収穫だが、弱みになりそうなことはひとつもない。



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