【2】
『俺、霊感ある人と会うのは初めてですよ。お姉さんのこと、たくさん知りたいです』
「……川上凛花。二十八歳」
『凛花さんって呼んでいいですか? 俺のことは春斗で』
「じゃあ春斗くん。もう帰ってもらえるかな」
『そんな横暴な』
「横暴なのはそっちでしょう? 私に無理難題を押し付けて」
『押し付けたなんて人聞きの悪い。ただ「俺が成仏するために協力してね」とお願いしただけです』
幽霊との接触でもっとも面倒なのが、この一方的な〝お願い〟だった。
現世を彷徨う幽霊は未練を抱えている。
その解消に私を利用しようと目論み、こちらの事情もお構いなしに迫ってくるのだ。
「私はただ見えるだけで、成仏の専門家じゃないの。他をあたって」
『無理ですよ。俺が死んだのは去年の七月……自分の存在を認識してくれる人に出会ったのは初めてなんですから。凛花さんは唯一の希望なんです』
「成仏関係のお願いは丁重にお断りするって決めてるの」
『……おかしいなぁ。凛花さん、最初はもっと前向きでしたよね? 「幽霊の成仏に協力できたケース、僅かだけど存在するから」って』
「それは〝お供え物〟で解決する場合だけ。『どうしてもビールを飲んでみたい』って騒いでた高校生の男の子とか」
かなり些細な未練だと思うが、これなら協力可能だ。
私が幽霊に代わって対象物を購入、墓前にお供えしてあげる。そうしたところで本人が飲むことはできないが、重要なのは〝欲しかったものを得た〟という事実らしい。願いが叶ったとき、幽霊の姿は霧散(成仏)する。
このような実績、そして何より憧れの王子のため、私にできることがあれば協力したいと思ったのだが――。
『俺の未練だって、生きてる人間の協力があれば叶いますよ。凛花さんがYouTubeチャンネルを開設して、〝歌い手〟としてデビューしてくれるだけでいいんですから』
「何度頼まれても無理!」
――そう。
これが彼を追い返したい理由だ。
私は歌い手になれるほどの歌唱力も度胸もない。動画制作技術もない。そもそも目立つことが苦手だ。自分の歌を全世界に向けて発信するなど、地獄の如き罰ゲームである。
『大丈夫、顔出ししなくてもいいんですよ。歌声だけで』
「無理だってば。人前で歌うとか喋るとか、本当に苦手なの」
『人じゃなくてマイクの前です』
「屁理屈言わないの。諦めて」
『諦められないから成仏できなくて困ってるんですけど。凛花さん、時々部屋で歌ってましたよね? そんなに下手じゃなかったですよ?』
「……聞こえてたんだ。恥ずかしい」
『今はそこそこの歌唱力でも、ちゃんとボイトレすれば必ず上手くなります。俺もアドバイスするので練習しましょう』
「何で私がそこまでしなきゃいけないの。って言うか、私が歌い手になっても意味なくない? 春斗くん自身が視聴者に認識されないと未練解消にならないよね?」
『そこはまぁ……たぶん大丈夫でしょう。自分の代わりに俺の曲を広めてくれる人がいるなら』
「……俺の曲?」
『趣味で楽曲制作してたんですよ。俺のパソコンはもうないけど、音源はクラウドにバックアップしてあるので大丈夫です』
春斗くんは肩に掛けているボディバッグを開け、スマホを取り出した。バッグもスマホも本人と同じく半透明――幽霊の所持品は幽霊と同じ性質をしているようで、私には触れることができない。
『ご覧のように、俺のスマホはもう電源が入りません。歌詞が完成したら、凛花さんのスマホから音源にアクセスしてくださいね』
「……歌詞はまだないんだ」
『これから書くつもりでした。完成したら歌収録して動画作って……と思っていた矢先に死んじゃったんですけどね』
……制作途中で亡くなってしまったことは不憫だと思うが。
それとこれとは別問題だ。
面倒事に巻き込まれたくない。