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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹
【Case1】病死したアイドル画家の謎
19/60

【16】



 先に出た春斗くんは門の外で待ってくれていた。その顔は怒っていると言うより、どこか寂しそうなものに見える。走る気力も湧かず、自宅アパートへと歩き始めた。


 しばらく無言が続いたあと、春斗くんは『スマホ耳に当ててくれます?』と言った。小さく頷き、指示に従う。


『吉野、最低な奴でしたね。すみません』


「何で謝るの?」


『あいつ、凛花さんが俺を傍に置いてると勘違いしてたから。俺たちは未練解消を目指すため一緒にいるだけなのに』


「……そんなことない。私……春斗くんと過ごす時間、結構気に入ってるよ?」


『そうなんですか?』


「うん。吉野さんの話を聞いて実感した」


『……最初は思いっきり迷惑そうにしてたのに。ありがとうございます』


「これからどうするか考えないとね」


 放っておけば、吉野さんは次々と幽霊を掴まえて利用するだろう。野放しにしておくわけにはいかない。とはいえ吉野さんの言うとおりであるのも確か――いくら幽霊を殺害したとしても、逮捕に導くことなどできない。


「私に何ができるか分からないけど、あの人を止めたいとは思う」


『それは俺も一緒ですよ。でもどうすればいいのか……』


 スマホを耳に当てたまま考えを巡らせる。東公園近くまで戻ってきたところで、春斗くんが話を切り出した。


『あいつの弱みを握るとか、できませんかね?』


「弱み?」


『吉野は有名になることを望んでいた。その妨げになる何かを掴めば止めることができるかも……なんて。「これ以上幽霊を殺すなら、この事実をSNSで暴露してやる!」とか』


 誰しもひとつくらい、他人に知られたくない過去や秘密があるだろう。〝幽霊を殺害している〟というのはイメージダウン確実の事実だが、それを公表したところで証拠を見せることはできない。見えない人に「見える」と言ったところで変人扱いされるだけだ。


「――そうだ、これは使えるかも」


『何です?』


「吉野さんの家族に話を聞くのはどうかな……と思って。私は小さい頃、両親に『幽霊が見える』って何度も訴えてたんだけど。どんなに言っても信じてもらえなくて、病気を疑われる始末だったんだよね」


〝自分にとっては当然のことだが、他人には理解できないこと〟だと悟るまではすごく悩んだし、たくさん傷付いた。家族にさえ信じてもらえず嘘つき呼ばわりされる辛さは、同じ境遇の人にしか分かってもらえないだろう。吉野さんは私以上に辛い思いをして、歪んだ方向へ走ってしまったのかもしれない。


『つまり、あいつの過去のトラウマを掘り起こすってことですか』


「そうだね。弱みとして使える過去があるかどうか分からないけど」


『でも、どうやってあいつの家族を捜すんです? あいつには俺の姿が見えてるから、周囲をうろうろして探るわけにもいかない。ネットでも吉野の情報を拾えなかったって、前に言ってましたよね』


 吉野さんは幸い、私に危害を加えるつもりはないようだった。生きている人間に手を出せばどうなるか自覚しているなら、正面突破的な方法を取るのが一番だろう。


「次の段階は私一人で動くよ」


『危ないですよ。凛花さんだけそんな――』


「幽霊の春斗くんの方がよっぽど危険だから。吉野さんが出入りしそうな場所には近寄らないこと。そして勝手に行動しないこと。いいね?」


『……子供扱いしないでください』


 春斗くんは不服げに唇を尖らせたが、やはり必要以上の接触を避けるべきだ。吉野さんは「凛花の仲間に手を出さない」と言ったが、幽霊には容赦しないだろう。さっきみたいに春斗くんが突っ掛かったら、邪魔者として消そうとする可能性がある。


「明日もう一度、私一人で《魔界》に行って探りを入れてみる」


『……本当に一人で行くんですか? あんなクズのところに』


「大丈夫、話は玄関先で済ませるよ。ちゃんと距離を取って、刃物とか持ってないか、手元もよく見ておく」


『その時点で持ってたら手遅れじゃないですか。それに俺が言いたいのは怪我だけじゃなくて……ボディタッチみたいなものと言うか、最悪押し倒されたり……みたいなことも考えられるわけで……』


「心配ありがとう。でもやっぱり、何も見なかったことにして日常に戻るなんてできないから。吉野さんを止めないと被害者が増え続けるし、春斗くんも安心して散策できなくなっちゃう」


『……分かりました。じゃあ、いつかのアレをもう一度』


 春斗くんが立ち止まる。

 私もスマホを耳に当てたまま足を止めた。

 彼の顔が私の頭へ近付く――何の感触もない、額へのキス。


『前回は良い目覚めを祈りましたけど、今回は凛花さんの無事を祈って』


「……ありがとう」


『……あれ? 今日は「勝手なことしないで!」って怒らないんですか?』


「屋外だから。いくら電話中を装っても、大きな声を出すことはできないよ」


『なーんだ、残念。喜んでくれたのかと思ったのに』


 本当は、私への気遣いも含めてちょっぴり嬉しかった。

 ……でも。

 正直に伝えたら調子に乗って、わざとらしい誘惑行動が増えそうだから。黙っておくことにした。




 今夜は磔刑の夢にうなされるのではないかと不安だったが、何の夢も見ることなく翌朝を迎えることができた。空は青々と晴れ渡っており、悪くない朝だ。


 午後三時までのバイトを終え、自宅アパートへ戻る。ジャージに着替えると、ジョギングがてら《魔界》へ向かった。住宅街の一角、周囲から完全に浮いている毒々しい建物の正面で足を止める。


 今日は《ご自由にお入りください》の札が掛かっていなかった。ギャラリーを解放していないだけなのか、不在なのかは分からない。



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