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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹
【Case1】病死したアイドル画家の謎
18/60

【15】



「凛花は見えるだけのようだが、オレは霊に触れることもできるんだ。オレの手を通せば、実体のない霊を現世の物に拘束することなんかもできる。だからそのへんの霊を掴まえて、こうして絵のモデルになってもらってるんだよ」


「もしかして……下に飾ってあった絵にも、全て本物のモデルが?」


「もちろん。人形と違って、霊には表情があるからいいんだ。傷を付ければ苦痛に歪む。血も流す」


 その話を聞いて、春斗くんがバイト先に飛び込んできた日のことを思い出した。火傷した幽霊が倒れていたのも吉野さんの仕業だろうか。訊ねると、彼は「あの霊に会ったのか」と言いながら振り返った。


「オレが見てきた限り、霊体は人間よりずっと丈夫で痛覚が鈍いらしい。個体差もあるが、肉を抉り取るくらいしないと痛がらない奴、人間ならとっくに死んでる出血量で呼吸してる奴もいたな。消えずに持ち堪えてくれる時間が長いってのは、モデルとしては最適なんだが――」


『まさかあんた』


 春斗くんが話を遮る。

 吉野さんの目線が彼へと移った。


『あんたの真の目的は、幽霊をさらって殺すことなのか?』


「人聞きの悪いこと言うなよ。モデルになってもらった結果死ぬこともあるってだけだ」


『だけど、何の罪もない人たちを騙して連れ込むなんて――』


「騙してるわけじゃねーよ。ちゃんと『絵のモデルになってくれ』って声を掛けてる」


 どのように誘い込んだのかはこの際関係ない。

 幽霊にも〝死〟の概念があるなら、吉野さんのやっていることは〝殺人〟ではないのか。それが一番の問題点だ。


『あんた、マジで狂ってる。自分の絵のために人を殺すなんて』


「呑み込みの悪い兄ちゃんだな。オレは人間(・・)を殺してるわけじゃねーだろ? 霊は既に死んだ存在、言うなればただの物体(・・)じゃねーか。オレに言わせれば、蚊を叩き潰す方が残酷だと思うぜ? 蚊には命があるんだからな」


 小馬鹿にした物言いに不快感が増す。

 幽霊は〝死んだ人〟であり、自分とは全く別の存在――少し前までは私も似た考えだった。見えるからと言って深く関わりたくない、見えない人にとっては空気同然だと。


 しかし、その考えは間違っていた。

 不快極まりない吉野さんの発言で気付くことができた。


 以前春斗くんが言っていたこと――幽霊も生きて(・・・)いるのだということを、今は強く実感している。


 天海ルイ(推し)に励まされた美琴ちゃん。

 女性の死を悼み、行動しようと奮起した春斗くん。

 生きている人間と何も変わらない。

 彼らにも〝命〟がある。


「幽霊のことを物体呼ばわりしないでください」


「ったく、何を熱くなっちゃってんのかねぇ。だから知られたくなかったんだよ」


「人を傷付けるのもやめてください」


「オレのやり方が気に入らない、人を傷付けるのは間違いだと断言するなら、今すぐ警察に通報すりゃいいんじゃねーか?」


「そんなこと……」


「立証できるはずねーよな。〝霊を殺害した罪〟なんてものも存在しない。それとも、オレの創造を阻止するために刺し殺しでもするか? オレと違って、凛花は立派な犯罪者として捕まることになるぜ?」


 吉野さんは可笑しそうに語りながら黒い棒をキャンバスに走らせ、時折り顔を上げて磔にされた女性を観察し、やがて「できた」と呟いた。女性の両手首・両足首に刺さっている釘を、バールでひとつずつ外していく。


 完全に解放されたら、吉野さんに頼んで彼女を手当てしてもらおう。そう思っていたが――女性の身体は、床に崩れ落ちると同時に四散してしまった。


 間に合わなかった。

 私がここに来なければ、彼女は助かっていたかもしれないのに。


 何もできない自分に腹が立った。隣の春斗くんも『クソッ』と悪態をついている。精神的ダメージを受けている私たちと違い、吉野さんはいたって冷静だった。


「そんなにキレるなって。オレは仲間(・・)の凛花を傷付けるつもりはない。もちろん、仲間のツレにも手を出さねーよ」


 こんな冷徹な人に仲間呼ばわりされなければならないなんて。

 自分の体質が嫌になる。

 しかし今は、この場を去りたい気持ちの方が大きかった。私よりも、幽霊である春斗くんの方が嫌な思いをしているだろうから。


「……帰ります」


「やはり凛花には、オレの芸術を理解できなかったみたいだな。幽霊男なんかに依存してたら人生もったいないぜ? ちゃんとした人間と付き合えるよう頑張れよ」


 ギリ、と奥歯を噛んだ。

 これには反論せずにいられない。

 しかし私が言葉を発する前に、春斗くんの方が『ふざけるな!』と声を荒げた。こんなに感情的になる彼を見るのは初めてだ。


『俺が自分の意思で凛花さんの傍にいるんだ。部外者は黙ってろ』


「ハハッ、姫様を助けるナイトのつもりか? イケメンは何をやっても()になるねぇ」


『あんたのやってること、見逃すつもりはないからな』


 吐き捨てるように言った春斗くんは壁際へ駆け寄った。私の部屋から帰るときと同じように、窓をすり抜けて飛び出していく。吉野さんは呆気に取られた様子で窓を見つめていたが、ふっと息を漏らした。


「短気な奴。あんな霊のどこがいいんだ? やっぱり顔か?」


「……確かに彼は美形ですけど、私は顔の良し悪しで付き合う人を選んだりしません」


「そりゃ良かった。オレは外見で判断する人間が大嫌いだからな」


 吉野さんの言葉に応えることなく《魔界》をあとにした。



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