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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹
【Case1】病死したアイドル画家の謎
17/60

【14】



 吉野さんは目を細め沈黙していたが、やがて口を開いた。


「お前、普段は何してるんだ?」


「カフェで働いています」


「ただのカフェ店員なんだよな?」


「……どういう意味ですか?」


 質問の意図が掴めず返したが、吉野さんは腕組みし、再び沈黙してしまった。この反応を見る限り〝人に悪夢を見せる力がある〟という可能性は否定していいだろう。私は大人しく言葉を待っていたが、春斗くんは痺れを切らしたようで『まったく』と呟いた。


『この人絶対、何か秘密を握ってますよ。凛花さんは適当に話を切り上げて帰ってください。俺は二階を見てきますね』


 春斗くんが一人で部屋を出ようとした――直後。


「待ちな!」


 吉野さんの制止で場の空気が固まった。

 彼の瞳に鋭い光が宿る。


「他人の部屋を覗き見しようとするなんて趣味が悪いぜ、兄ちゃん(・・・・)


 吉野さんの視線は間違いなく春斗くんに向けられている。春斗くんは部屋と廊下の境目で立ち止まり、表情を強張らせていた。


『やっぱり俺のことが見えるんですね?』


「見えてたぜ。最初からな」


 嘲笑うように言った吉野さんは、私の方へ向き直った。


「お前――凛花、と言ったか。夢の話、もう少し詳しく聞かせてくれねーか?」


「それより先に訊きたいことがあります。どうして、春斗くんの姿が見えることを黙っていたんですか?」


「オレたちは異端児だろ? 凛花がオレに気付かれないよう注意してたのと同じで、オレも周囲に隠してるのさ」


「隠しているのは〝相手に見えないもの〟だからでしょう? お互いに幽霊が見えるなら、隠す意味はないはずです」


「お前はそうだとしても、オレは違う。たとえ似た境遇の人間に出会ったとしても、『オレも見える』なんて絶対言いたくないね。相手がとんでもないクズの可能性もあるんだからな」


「……それなのに打ち明けたのは、春斗くんが二階へ行くことを、どうしても阻止したかったからですか?」


 恐怖と緊張で、心臓が飛び出しそうなほど脈打っている。

 どんな反応をされるか怖かった。

 罵倒されるかもしれない、怒り狂うかもしれない、最悪の場合は――などと考えを巡らせていたが、吉野さんはぼりぼりと頭を掻いただけだった。


「仕方ねーな。同類(・・)のお前には特別に教えてやる。そこの霊も一緒に付いてきな」


 三人で廊下へ出ると、階段の手前で吉野さんが振り返った。彼はサンダルを脱ぎ、階段に足を掛けている。


「ここから先は土足禁止だ。――あぁ、人間の凛花だけでいい。霊には関係ないことだ」


 私の横で靴を脱ごうとしていた春斗くんは、蔑むように笑う吉野さんを睨みつけた。しかし反論することはなく、靴を履いたまま階段を上がっていく。


 二階には短い廊下があり、左右にひとつずつドアが付いていた。階段から見て左側のドアを開けた吉野さんが中に入る。「失礼します」と告げ、私と春斗くんも部屋へ踏み込んだ。


 広々とした空間は学校の美術室のようだった。絵の具や木の臭いが混ざりあった、独特で懐かしさを感じる空気。たくさんのキャンバス、胴体だけの石膏、絵の具や彫刻刀のセット――しかしそんなものは、この部屋のおまけに過ぎなかった。


 何より目を引いたのは部屋の角。

 木製の十字架にはりつけにされた女性がいる。

 彼女の両手首と両足首は、太い釘で十字架に打ち付けられていた。

 まるでイエス・キリストの磔刑たっけいだ。


 磔にされているのは幽霊。

 頭はぐったりと垂れているが、胸部が僅かに上下している。ちゃんと呼吸しているようだ。


 立ちすくむ私と春斗くんを置いて十字架に歩み寄った吉野さんは、女性幽霊の顔を覗き込んだ。彼女の顔は黒いロングヘアで隠れている。


「こいつは絵のモデルだ」


「……モデル?」


「下に《吊るし刑》ってのがあったろ? あれに続く、処刑モノ第二弾を描くんだ」


 女性幽霊の表情を確認したであろう吉野さんは満足げに頷き、彼女の頭を撫でた。撫でると言っても優しさの伝わるものでなく、からかっているような手つきだ。


「今みたいに手足に穴を開けるくらいじゃ死なねーが、この状態だと身体を支えられなくなって、やがて呼吸困難になる。霊体は死ぬ(・・)と水が蒸発するみたいに消えちまうから、それまでにデッサンを済ませないといけねーんだ」


「そんな……。今すぐ彼女を解放してあげてください」


「デッサンが終われば解放するさ。それまで霊が呼吸していれば、の話だが。オレの邪魔をするとますます時間食っちまうぜ?」


 十字架の前にセットされたイーゼルには、描きかけのキャンバスが乗っている。吉野さんは鉛筆のような黒い棒を手に取ると、それをキャンバスに走らせ始めた。



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