【7】
『凛花さん、どうしました? やっぱり体調悪いです?』
「……ごめん、何でもないから話を続けて」
『五、六枚は似たようなイラストを描いてたんじゃないかな。娘を見てるみたいな微笑ましい顔つきで、それがますます気持ち悪いと言うか……完全に危険人物でしたよ』
春斗くんは溜め息をついた。
私も釣られそうになったが、部屋の空気がどんより落ち込むのは避けたい。甘いコーヒーを飲んで誤魔化した。
『あんな気持ち悪い絵を描く人がルイと芸術家仲間だったなんて、ちょっと意外ですよね。俺、芸術のことを全然理解できてなかったのかな? 六年も美術部にいたのに』
「理解云々じゃなくて、アートなんて個人の好み次第じゃない? 私たちは天海ルイの世界観が好きだし、吉野さんの絵が好みの人もいるんだよ、きっと」
ふと思い立ち、天海ルイの習作をチェストから取り出した。改めて眺めると、ドラゴンを倒そうとする騎士の顔立ちが、どことなく天海ルイに似ている気がする。
「私が吉野さんのことを調べた日……この絵をもらった日でもあるんだよね。あの日の夢は逆さ吊りにされた男の人だったけど」
『逆さ吊り?』
「ほら、山火事を眺めてたって話したやつ。私は遠くの丘の上に立ってたんだけど、そこには大木があって、男性が逆さ吊りになってたの」
『……もしかして。凛花さんが変な夢を見たのは、俺じゃなくて吉野さんのせい?』
「私も一瞬そう思ったけど、関係ないかな。これは天海ルイの作品だもん」
『吉野さんの嫉妬心が呪いみたいに染みついてる……なんてことは? その絵に宿るルイの想いが「あいつはヤバイから関わるな」って警告してくれたとか』
「まさか」と返しながら習作に視線を戻す。
――そこでふと、絵の異質さに気付いた。
背景に描かれている木々の群れ。
そのうち一本の幹に、人の顔らしきものが見える。
目と口が空洞のようにぽっかりと開いた、性別不明の顔。右目の下には僅かに線を引いた痕跡があり、涙を流しているようにも見える。中央にある騎士の絵に気を取られ、今まで気付かなかった。
たまたま顔に見えてしまっただけで、実際は違うのかもしれない。ただ……一度〝顔に見える〟と認識してしまうと、そうとしか見えなくなってしまうから不気味だ。
「ねぇ春斗くん。この木の幹、どう思う?」
絵を覗き込んだ彼は眉を寄せた。
春斗くんにも人の顔に見えたらしい。
『なんだか心霊写真みたいですね』
「心霊、ねぇ……」
この手の話題、個人的には毎度首を傾げてしまう。世間一般の言う〝幽霊〟と、私の目に映る存在にはズレが生じているからだ。たとえばネット動画などで見る心霊写真の幽霊は、人間から逸脱した形状ばかり。私は一度も出会ったことがなく、その写真が本物か作り物なのか判別できない。
『ルイの習作、やっぱり呪われてるんですかね? ルイのことを悪く言いたくはないけど、突然亡くなったことに対する悔しさが怨念になったとか』
「仮にこの絵が呪われているとしたら、元所有者の吉野さんも私と同じ目に遭ってたんじゃない? あの人からは、痛々しい悪夢が連続して病んでいるという雰囲気は感じられなかったけど……」
『んー……。どうしましょうねぇ』
「……何が?」
『忘れちゃったんですか? この習作、あとで美琴ちゃんにプレゼントするんですよ? それがいわくつきみたいな感じになっちゃって』
「……美琴ちゃんは楽しみに待ってるんだもん、今更やめるわけにもいかないよ。不気味な顔に気付かないよう祈るしかない」
春斗くんは私の部屋に来る前、美琴ちゃんに会ってきたそうだ。『お客さんの少ない閉館間際頃に来るから、駐車場近辺で待機していてね』と頼んだらしい。午後四時過ぎ、春斗くんを車の助手席に乗せてアパートを出た。太陽は既に沈み掛けている。
美術館の駐車場に到着すると、春斗くんは『急いで美琴ちゃんを連れてきます』と言い、車外へ飛び出した。周囲に停まっている車は数台。今のところ人の姿もない。
習作を広げて待機していると、五分もしないうちに春斗くんが戻ってきた。彼の後ろにはボブヘアの女の子が立っている。着崩すことなく制服を身に付けた、真面目そうな雰囲気の女の子だ。