【1】
面倒な幽霊に絡まれちゃったな、程度の軽い気持ちだった。
不気味な悪夢が始まるまでは――。
【Case0】再会から始まる非日常
『お姉さーん。俺の声、ちゃんと聞こえてますよね?』
「……うん」
『良かった。お姉さんがすごい形相で黙ってるから心配になっちゃいました』
ローテーブルを挟んで座る彼は、ニコッと美麗な笑みを浮かべた。
落ち着いて深呼吸して、ここまでの出来事を整理しよう。
私の住むアパートの隣室には、大学生と思しき男の子が住んでいた。
それが、今目の前に座っている彼。
さらさらとなびく栗毛、身長はおそらく一八〇センチ以上。すれ違えば煌めく笑顔で挨拶してくれる。まさに好みのタイプだった。
とはいえ片想いと言うほど大きな気持ちでなく、アイドルに憧れる感覚だろうか。私は平々凡々なルックス、しかも彼より年上の社会人――自分にはとても釣り合わない相手だと思っていた。
数年経っても挨拶を交わすだけの関係は変わらず、玄関先に表札がないため、名前を知る機会もなく……。
そんな彼のことを、私は密かに〝王子〟と呼んでいた。
約四年の隣人期間を経て、王子は引っ越してしまった。
それが去年の三月。
大学を卒業し、就職を機に転居したのではないかと考えていた。
あれから約十ヶ月。
私の部屋の中に王子がいる。
偶然再会してお互い好意を持ち、部屋に招いてしまった……なんて嬉しい展開ではない。
彼は幽霊になっていた。
『――あぁそうだ、今更だけど自己紹介がまだでしたよね。俺は中谷春斗、社会人一年目だった二十三歳。お姉さんの名前も訊いちゃっていいですか? 歳はいくつです?』
「そんな一方的に話を進めないでよ。って言うか、キミがそんな冷静なことにもびっくりなんだけど」
『これでも驚いてますよ? 驚きすぎて逆に冷静になってるのかも。まさか隣のお姉さんに霊感があったとは』
絶対に他言できない私の秘密。
〝幽霊が見える〟という特異体質。
物心ついたときから見えているが、誰も信じてくれなかった。
父に言えば「馬鹿馬鹿しい」とあしらわれ、母に言えばメンタルを心配され……。他人には理解できないのだと悟り、「もう誰にも言わない」と心に誓いを立て、二十八歳になる現在まで生きてきた。
イケメン王子――春斗くんに限らず、幽霊は人間と同じ形状をしている。目撃頻度は一日一人程度と少ない。3D映像のような透明っぽさがあるため、人間との見分けは簡単だ。幽霊と目を合わせることはせず、見えないふりを貫いて生活している。
しかし時々、私の体質に気付く幽霊がいるのだ。
これが〝運悪く目が合ってしまった〟場合。
私に気付いた幽霊の行動は二パターンに分かれる。
ヤバい奴がいるとでも言いたげに、そそくさと逃げていく者。
反対に『すごい!』『マジかよ!』など興奮し、無遠慮に絡んでくる迷惑極まりない者。
……残念ながら、春斗くんは後者のタイプだった。