偶然性の誘惑
アキラは自室に戻ると、すぐにその「ゲーム」を広げた。ボードには、複雑な絵が描かれている。駒は、それぞれ異なる形をしている。そして、サイコロ。
「システム、このゲームの解析を要求する」
アキラはシステムに問いかけた。
「解析不能。データが不足しています」
システムは冷たく答えた。
アキラは少し驚いた。この世界のシステムが解析できないものが存在するとは。
彼は説明書を読んだ。それは、手書きの、温かみのある文字で書かれていた。
ルールは単純だった。サイコロを振り、出た目の数だけ駒を進める。止まったマスによって、様々なイベントが起こる。
アキラはサイコロを振った。
カラン、コロン。
出た目は「3」。
彼は駒を3つ進める。
「なるほど…」
アキラは独り言を言った。予測できない。計算できない。
それが、このゲームの「面白さ」なのだろうか。
彼は何度もサイコロを振った。
1が出たり、6が出たり。
時には、思わぬ展開で有利になったり、逆に不利になったりする。
その度に、彼の心は、微かに揺れ動いた。
「これは…感情?」
アキラは自分の胸に手を当てた。
高揚感、落胆、期待。
最適化された世界では、抑圧されていたはずの感情が、少しずつ蘇っていくのを感じた。
彼は夜通しゲームに没頭した。
途中でシステムから「睡眠時間を超過しています」と警告を受けたが、無視した。
初めての、明確な反抗だった。
翌朝、アキラはひどい寝不足だった。しかし、彼の顔には、充実感が浮かんでいた。
今日のパフォーマンス評価は、間違いなくFだろう。
それでも、彼の心は満たされていた。
仕事中も、彼の頭の中はゲームのことでいっぱいだった。
どうすれば、もっと有利に進められるだろう?
どんな戦略を立てれば、勝てるだろう?
もちろん、運の要素が大きいこのゲームにおいて、完璧な戦略など存在しない。
しかし、その不確定性こそが、彼を惹きつけてやまないのだった。
午後、彼は再び「タイムワープ堂」を訪れた。
老人は、アキラの顔を見るなり、にこやかに言った。
「どうだったかな?楽しめたかい?」
アキラは頷いた。
「はい。とても…」
彼の言葉は、震えていた。
老人は、アキラの表情の変化を読み取ったかのように、静かに微笑んだ。
「人間はね、完璧なものだけでは生きられないのさ。不確定なもの、予測できないものにこそ、真の喜びがある」
アキラは、老人の言葉を胸に刻んだ。
彼はこの日、別のゲームをいくつか購入した。
チェス、将棋、囲碁。
全て、運の要素が少ない、戦略性の高いゲームだ。
彼が求めているのは、もはや「最適化」された世界ではない。
「不確定性」に満ちた、人間らしい世界だった。
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