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9、王都へ

 ササラを乗せたスコルは速かった。

 風が耳元で渦を巻き、長い尾が後方に残像のように伸びる。


「きゃあ! は、はやいですスコル、将軍っ! すごい、すごい!」


 はじめて感じる風を切る感覚に、驚きつつもササラは興奮していた。

 落とされないよう、ササラが暖かな毛皮にしっかり身を寄せるたび、スコルの速度は増していく。


 故郷を離れるさみしさも吹き飛ぶ高速に、ガラスフクロウのリィンは付き合いきれないとばかりに空へと舞い上がる。

 シャラシャラと軽やかな羽音も遠ざかり、広い草原にササラとふたりきり。ますます張り切ったスコルが脚に力を込めたとき。


「ピィッ」


 降りてきたリィンがササラの耳元で鋭く鳴いて、風の流れるままに後方へと飛び去っていく。

 チカチカと陽光を羽で跳ね返し、こちらを見ろと言わんばかりのその様子に振り返ったササラは「あ」と声をあげた。


「スコル将軍、スコル将軍!」


 毛皮に埋もれるように腹ばいのまま、ササラは慌ててスコルを叩く。

 力加減がわからなくて軽いササラの触れ方に「あるじどの、もっと強く叩いて良いんですよ」とスコルが怪しい発言をするが、ササラに構う余裕はない。


「速度を落としてください! ギンロウたちが、置いて行かれてます!」


 必死に訴えるササラのはるか後方。もはや豆粒大になった狼たちの銀の毛並みは、草原に飲み込まれそうになっていた。


 ※※※


「面目ないです。はしゃぎすぎてギンロウを置いていくなどと……」


 人の姿に戻ったスコルは、ササラの肩に乗るリィンへ謝罪する。

 すでに獣の耳も尾も無いはずのスコルに、伏せられた耳と垂れ下がった尾の幻覚を見たササラは、慌てて前方を指差した。


「でも将軍の素晴らしい脚力のおかげで、もう王都に着きましたから!」


 暴走ぎみのスコルによって、馬車であれば数日かかる道のりをその日の日暮れには走破していたのだ。


 草原を抜け、いくつもの村を瞬きの間に通り過ぎたその先に、王都を取り囲む高い塀が見えてくる。


 ここからは行商など通行人も増えるということで、スコルは人型に戻り愛馬の背にまたがることとなった。

 馬を持たないササラはギンロウの一頭に乗るつもりだったけれど、走りすぎたギンロウたちがくたびれ果てていたせいと、スコルの熱望により彼の鞍の前へ乗せられていた。


 なお、スコルの愛馬はへばるギンロウたちの後ろから、マイペースに追いついてきたためまだまだ元気だ。


 自分の力を把握して賢い子ね、と撫でるササラの手の横に、スコルが頭を差し出したことは忘れておきたい。

 そんなスコルではあるが、若くとも将軍職をつとめるだけはあって、頼り甲斐のある身体をしている。


(背中があったかくてちょっと恥ずかしい……けど、すごく安心して身体を預けられるな)


 がっしりした胸板に背中を預けたササラは、本人には言えないけれどと胸の内でつぶやいて、近づきつつある王都の門のそばで子どもたちの歓声を耳にして顔を向ける。


 都を囲む塀を支えるためだろう、なだらかな丘になった緑の傾斜で、ちいさな子どもたちが幾人か。集まってきゃあきゃあと笑い声をあげている。

 門番がすぐそばにおり、都を行き来する馬車や旅人の目が多くあるため、安全な遊び場なのだろう。


「あるじどの。ギンロウたちが門を抜けられるよう、手続きをしてきます。すこしお待ちいただけますか」

「群れの主人はスコル将軍ですし、私は王都での作法を知らないのですから、むしろこちらからお願いしないといけません。よろしくお願いします」

「では、行ってまいります。あるじどのに万一があってはいけませんから、門のそばを離れられませんよう」


 平凡な田舎娘にずいぶん過保護な心配りだな、とササラはくすりと笑った。


「大切な御身なのはスコル将軍のほうでしょう? お気をつけて、いってらっしゃいませ」


 軽い気持ちでそう告げれば、スコルは天を仰いで両手で顔を覆う。

 ぬあ、ぬおぉ、と珍妙なうめきの合間に「いってらっしゃいだと!? 新婚さんか……!」「いや、うぬぼれるな。俺はまだ飼ってももらえない野良犬だ!」「いやしかし、いやしかし……!」とつぶやく声が聞こえる気がするけれど、きれいに聞き流してササラは子どもたちのいる丘へと向かう。

 

「こんにちは。草すべり?」

「そうだよ!」


 声をかければ子どもたちがわらわらと集まってくる。

 ササラの肩に留まるガラスフクロウが珍しいのだろう。「きれー」「飾りなの?」「さわりたーい!」と口々にさわぎだした。


「ごめんね、この子は触られるのが好きじゃないから、見るだけにしてあげて」

 

 お願いと同時、彫像にように動きを止めていたリィンが首をまわして、子どもたちに目を向ける。


「わ! 動いた!」

「生きてるんだ、すごいすごい!」

 

 子どもたちの歓声を受けて、リィンは片羽根を広げてみせたり瞬きをしてみせたりと、まんざらでも無いようだ。


 相棒の楽しげな姿にくすくす笑っていたササラは、ふと子どものひとりが抱える布袋に気がついた。

 目の粗いジュートでできているのだろう、ゴワゴワした袋は子どもの胴体を覆い隠すほどの大きさで、下部がぽっこりと膨らんでいる。膨らんで見える程度になにか入っているのだろう。けれど、子どもは軽く持ち上げている。


「その袋、なあに? なにが入っているの?」

「これ? これは草すべりのそりだよ。中身はね……」


 くるりと身を翻し、丘を駆け上った子どもが布袋をそりにして滑り降りて見せる。

 でこぼこした土に着地しても痛がるそぶりもない子どもが、見せてくれた袋の中身にササラが目を丸くしたとき。


「あるじどの!」


 黄金色の髪をなびかせて、スコルが駆けてきた。馬は門に預けてきたのか、単身やってくる彼は輝く笑顔でササラだけを見つめて走ってくる。


「将軍さまだ」

「魔獣将軍だ!」


 スコルのうわさは子どもたちの耳にも届いているらしく、子どもたちはざわつきながら丘の上へと行ってしまった。

 

(もう少し話を聞きたかったのだけれど)


 残念に思いながらも、ササラは子どもたちに手を振ってスコルの元へ歩み寄る。


「お待たせしました! 門を通過する手配が整いましたので、行きましょう」


 精悍な青年の顔で言いながらも、褒めて褒めて、と訴えかけてくる視線にササラはうっかり「いい子ね」とスコルの頭をなでてしまった。


 その瞬間、スコルは地に寝転がり腹を見せようとし、けれどリィンが「させるか!」とばかりにスコルの顔を羽根ではたく。


 我に返ったスコルが「は! 衆目の前であるじどのに恥をかかせるところだった」と叫んだところでようやく、ササラの意識は事態を把握した。


「リィン、ありがとう。スコル将軍も、ごめんなさい。ついうっかり……」


(ついうっかりかわいく見えてしまうなんて。こんなに立派な男性なのに)


 謝罪を口にしながら、ササラは熱くなる頬を押さえて、気持ちを沈めようと努めるのだった。

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