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4、魔獣将軍

 微妙な空気に満ちた集団のなかで、一番に我に返ったのは金髪の美丈夫だった。

 ハッとしたようにササラの手を離した彼は、凛々しい眉を下げて謝罪を口にする。


「申し訳ない! 許しも無く女性の肌に触れるなどと……どうか、どうか愚かな俺を罰していただきたいっ」

「え、やだ」


 ササラが思わず拒絶の言葉を吐いたのも無理はない。

 彼女の手を離した美丈夫は、なぜか地面に仰向けになって転がったうえで期待の眼差しでササラを見つめているのだから。

 身体の大きな成人男性、それも立派な身なりの男が飼い犬のように腹を見せて寝転がる姿は、端的に言ってホラーだ。

 

「まあ嫌だわな」 

 

 同意しつつ、アーヴィンはかわいい妹分を変態の視線から隠すために立ちはだかった。相手が人間だとわかって一度は下ろした武器も再び構えている。

 ある意味で魔獣よりやばい奴が来た、とササラの肩でリィンも警戒を続ける。

 睨みつけるアーヴィンとリィン、そして寝転がったままササラだけを一心に見つめる不審者。

 ついでにそっと顔をそらす不審者の乗って来た馬。

 ギンロウの群れは先ほどまでのうろたえようはどこへやら。柵の端に寄って遠巻きに男を見る目には、どこか呆れがにじんでいるようだった。


 不穏なような、そうでもないよう空気を破ったのは、アーヴィンの背中から顔を出したササラだ。


「あの、起きてください」

「はい、よろこんで!」


 呼びかけひとつで男は飛び跳ねるように起き上がり、ササラの前にひざをつく。そして男は切れ長の目を期待にきらめかせ、ササラの次の言葉を待っている。


 確かに起き上がりはしたが、見せつけられた異様な身体能力と謎のササラへの懐きようで不気味さは増すばかり。ササラの肩ではリィンが羽根をすぼめ、身体を透明化させている。ガラスフクロウが恐怖や驚きを感じたときの習性だ。

 頼もしい魔獣が怯え、アーヴィンが「人を呼んで……なんとかなる話か?」とうなるのを聞き、ササラは覚悟を決めて一歩踏み出した。

 

「お名前は。ここは辺境の魔獣牧場ですけど、どういったご用件でこちらに?」

「はい! 俺は国軍の将軍職についております、スコル・マーティンと申します」

「将軍……?」


 思わぬ要職の名を告げられて呆然とするササラに、スコルが慌てて説明を付け足す。


「将軍とは言っても、魔獣からの国防を主とする部隊のまとめ役ですので、すこし品の良い荒事集団のようなものです。王都では魔獣将軍などと揶揄されているような、名ばかり立派な軍人ですから」

「おいおい、ついに将軍レベルまで魅了しはじめたよ、うちの魔獣の姫さまは」


 呆れを隠さないアーヴィンのつぶやきを聞き咎めたのはふたり。


「ちょっとアーヴィン! 将軍さま相手になんてこと言うの!」

「うちの、とはどういうことでしょう。この男とどういったご関係で?」


 気にするところはそこなの? とササラが戸惑っている間にも、アーヴィンとスコルのにらみ合いがはじまる。リィンは呆れたように半目になって、置物のように静かになった。


「どういう関係かって? そりゃあもう間に魔獣なんざ入れない親密な仲よ。こいつの家族とも親しくしてるし、幼少期からの付き合いだからちょっと恥ずかしい話やらあれこれ知ってるぜ?」


 嘘は言っていない。

 嘘は言っていないが、他意をひしひし感じるアーヴィンの物言いに、なぜかスコルは顔を険しくして食いついた。


「ほおぉぉ? 幼少期のあれこれ、か。そこのところ、詳しく」

「聞かなくていいです! というか、話がややこしくなるからアーヴィンもおとなしくしてて! それで、将軍さまが何をしにいらしたのですか。ご用件をまだ伺ってないのですが!」


 アーヴィンを押しのけることで男たちのにらみ合いを強制終了させて、ササラが問う。

 すると、アーヴィンの差を押すササラの手を憎々しげに見ていたスコルは不思議そうな顔をして首をかしげた。


「おや、まだ届いておりませんでしたか」


 スコルの金の目がササラの手元に向かい、そこに握られた未開封の封筒に気づいて彼は「ああ」と立ち上がる。


「ちょうど届いたところだったのですね。読む間も与えず軍馬で乗り込むとは、警戒させて当然だ。申し訳ない」


 急いで手紙を開けようとするササラの手をそっと押さえて、スコルは問う。


「魔獣牧場のあるじはどちらにおいでだろうか」


 ようやく真っ当な訪問者らしい振る舞いをしたスコルを前に、ササラとアーヴィンは顔を見合わせた。


「あ、私です」


 ササラがちいさく手をあげると、スコルは金の目をきらりと輝かせる。


「なんと! お若いのに、なんと立派なことか……!」

「言うほどあんたも年は変わらねえように見えるがな?」


 アーヴィンのぼやきなどなんのその、表情を改めたスコルがササラの前で膝をつく。


「国防軍より、凄腕と噂の魔獣の調教師どのに依頼します。有翼人との戦闘に耐えうる魔獣を至急、育成していただきたい」

「え。依頼? 有翼人との戦闘のために、魔獣を育成……?」


 与えられた情報の多さに混乱しながらも、ササラは真面目な顔をしたスコルに見惚れていた。

 きりっとするとますます狼っぽい、などと現実逃避気味に考えながら。

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