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1、辺境の村で

 巣穴の周りに押し出された汚れた藁を従業員のサムが片付けていく。華奢な少女ササラはその後について、手押し車で運んできた新しい藁を抱えて柵のなかへと入った。


「みんな、新しい藁だよ!」


 ササラの呼びかけに巣穴の入り口からひょこりと顔を出したのは、長い耳とつぶらな瞳が特徴的な小型の魔獣、フクロウサギだ。

 幼い兄妹五匹が次々に顔を出し、ササラの姿を見つけてぴょこぴょこと駆け寄ってくる。


「ほらほら、待って。いまあげるから、慌てなくて大丈夫だよ。待ってったら!」


 我先にササラの脚によじのぼるフクロウサギたちをなだめようと奮闘する彼女に、柵の向こうでサムが笑う。


「さすがはササラ嬢ちゃんだあ。きのう来たばっかりの魔獣の仔がこんなに懐くなんてなあ。嬢ちゃんは魔獣の調教師ってえより、魔獣の姫さまだなあ」

「サムさん! そんなこと言ってないで助けてよ! わわわ、だめだって、登ってきたら危ないんだって、わわわっ」


 群がるフクロウサギたちは、ササラが油断したすきに彼女の身体をよじのぼりはじめた。新しい巣材を得るためではない、ササラの腕に抱いてもらおうと押しかけたフクロウサギは、小さくとも魔獣だ。

 十歳になったばかりのササラは簡単に押したおされて、顔中を嘗め回される。


「ひゃああ、舐めないでぇ!」

「なーに遊んでんだ」


 呆れた声とともに伸ばされた腕が、ひょいとササラの脇をつかんで持ち上げた。

 

「アーヴィン!」


 振り向いたササラがアーヴィンと呼んだのは、彼女よりいくつか年上の少年だ。駆け出しの冒険者として辺境の村に流れついた彼は、依頼のために数ヶ月姿を見せないかと思えば、こうしてふらりと現れる。

 アーヴィンは「汚ねえ顔だな」とぶつくさ言いながら、自身の服の袖でササラの顔をぬぐってやった。


「サムも、笑って見てないでびしっと言ってやれよ」

「うんうん、そうだなあ」

「まったく、この牧場は。ガキと年寄りしか居ねえのかよ。なんか、またぼろくなったみたいだしよ……」


 ぼやくアーヴィンが見上げる先には、板材のすき間から空が見えている。

 古くなり、崩れた小屋の屋根を修復した跡だ。ササラの父親が不器用ながらもどうにかこうにか直し直し使っている小屋は、貧しい辺境の村でも群を抜いて傷みがはげしい。小屋の外壁は這い回る蔦に支えられて、どうにか形を保っているようなありさまだった。

 そうとわかっていて、ササラは困ったように笑う。


「仕方ないよ。愛玩用魔獣を王都に出荷するにも、運ぶのにお金がかかるんだって。フクロウサギは貴族に人気だけど運ぶ間のエサとかお世話も手間がかかるって父さんんが言ってたもん」

「それにしたって、魔獣を冒険者から買い取って世話して躾けるお前らがこんな暮らしじゃ、割りに合わねえだろうによ」


 不満顔を隠しもしないアーヴィンに、ササラは「そうだねえ」と笑って首をかしげた。


「ところで、アーヴィンは何しに小屋に? 魔獣の買い取りなら母さんのところに持って行かなきゃ」

 

 アーヴィンの背中の袋に目をやって言う。ふっくりと膨らんだ袋は魔獣捕獲用の丈夫な革袋だ。


「あー、あっちは今、王都から買い取り業者が来てるんだろ? なんか忙しそうだったから時間つぶしにな」

「そっか。あ、フクロウサギの藁敷き!」


 中断していた仕事を思い出したササラが柵の中をのぞくと、フクロウサギたちはそれぞれに藁を抱えてちょこまかと動き回っている。柵のそばに立つササラに気が付くと彼女の足に頭をすりつけていくけれど、フクロウサギ同士はけんかをするでもなく巣穴を整えているようだった。


「お前の手は要らなそうだな」

「だね。賢い子たちで良かった」

「他の仕事はもういいのか?」


 アーヴィンの問いにサムが答える。


「この新入り魔獣たちで終わりさあ。あとはわしが片づけておくんで、ササラ嬢ちゃんは冒険者の相手を頼みまさあ」

「ありがと、サムさん」


 手押し車を押していくサムを見送り、アーヴィンは皮袋を手に取った。


「あ、魔獣の査定? まだ私じゃ値段はつけられないんだけど」

「ちげーよ。今日連れてきたのは売りもんじゃなくてな」


 言って、アーヴィンが袋の口を緩めると、しゃらん。涼やかな音とともにちいさな頭がすき間から飛び出てくる。

 丸い瞳とちいさな嘴、透き通った羽毛をまじまじと見つめてササラが目を輝かせる。


「わあ! ガラスフクロウ!?」

「のひなだ」


 呼ばれたことがわかったわけではないだろうに、ガラスフクロウは袋から飛び出しササラの頭に飛び乗った。

 薄いガラスを幾枚も重ねたような羽毛がしゃらしゃらと音を立て、ごく薄い色を乗せた瞳がくりくりとササラを見下ろす。


「採取依頼をしてたら、草のかげに隠れてるひなを見つけてな。依頼完了してからもう一回見に行ってもまだ同じ場所にうずくまってたから、連れて帰ってきたんだ」

「そっか。家族とはぐれちゃったのかな。アーヴィンの従魔にするの?」

「いや、お前にやる」

「えっ」


 驚くササラに、アーヴィンはそっぽを向いて続けた。


「こんな弱っちいひな鳥じゃ、羽根がもろくって売り物にもならねえだろ。かと言って連れ歩いて手入れしてやれるほど俺はまめじゃねえし。なにより、お前に懐いてるじゃねえか。うまく育てれば雑魚魔獣くらい蹴散らしてくれるだろ」


 いまはまだ幼いガラスフクロウは、少年冒険者の言うとおり羽根がもろくて愛玩用としての運搬には耐えられず、素材としても強度が足りない。

 けれど透き通った体躯ゆえに発見が難しく、また美しく希少な魔獣として知られる成鳥になった暁には「欲しい」と手をあげる者が殺到するのがガラスフクロウでもある。従魔としての強さと賢さも申し分ない。

 そんな魔獣を「やる」の一言で手放すアーヴィンが、魔獣に好かれやすい年下の少女を案じていることはササラ自身わかっていた。


 けれど、ふと脳裏をよぎる記憶が彼女の気持ちにブレーキをかける。


 それはササラが今よりもっと幼いころの記憶。

 森で見つけた弱った仔犬を拾い、けれど傷が癒える前に逃げ出させてしまった苦い思い出。


 まだ幼い子どもの魔獣だった。

 犬系の魔獣だということしか判別できないほどにちいさな身体でひとり、うずくまっていたその仔犬は、ササラの差し出した手に怯えていた。けれどひどく弱った身体では身動きが取れないその仔犬を、ササラは連れ帰り自身のお気に入りのハンカチでくるんでやり、連れ帰った。

 

 両親に話さず家のそばの木のうろにかくまったのは、ひとりでお世話ができるんだと元気になった仔犬を見せたいと思った、幼い虚栄心のため。


 自身のご飯をこっそり与え、家族の目を盗んでせっせと世話をした。

 数日が経つころには仔犬も落ち着きを取り戻し、様子を見に行くたびササラの指や頬を舐めてくれるようになっていた。

 このままこの子はうちの子になるんだ。


 そんな未来を思い描いていたある日、仔犬は姿を消した。

 突然のことだった。

 空っぽのうろを前に大泣きするササラに、家族が「ハチにでも刺されたか!」と飛んできて抱きしめてくれたことを覚えている。

 ササラが泣きながら必死に訴えた言葉は支離滅裂で、家族にはお気に入りのハンカチが無くなって泣いたのだと思われたのだった。

 

 その出来事をきっかけに、ササラは魔獣の世話に力を入れるようになった。

 魔獣ごとに好むえさを探し、冒険者に話を聞いてそれぞれに合った飼い方をまとめている。

 いつか、あの仔犬のように弱った魔獣に出会ったときに、今度は助けるため。

 

(あの子、どこかで元気にしているといいけど)


 ササラは記憶のなかの仔犬の毛並みを思い出す。

 いなくなる前、怪我はずいぶん良くなっていた。出会ったときよりずっと元気になっていた仔犬ならば、生き延びている可能性はゼロではない。

 やわらかな金の毛並みは色を変えてしまっただろうか。むくむくと太い脚をしていたから、きっと大型の魔獣になっているだろう。

 もし出会えたとしても、もう仔犬のように甘えてじゃれてはくれないだろうか。

 すこしの寂しさとともに、ササラは大切な思い出を抱きしめる。

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