消極的な花咲くん
俺は元原武、17歳。趣味は読書とゲームであって、文芸部の副部長でもある。
「ねむぃー」
そしてこの消極的な人物は花咲和幸。17歳。俺の親友。趣味は・・・ ないかな。
帰宅部が本当に実在していたら、こいつは部長になる素養があると思う。
とはいえ、たまにはゲームをやるし漫画雑誌を読むこともあるらしい。
穏やかな教室の外から暖かい日差しが入ってきている
教室には俺たち二人しかいないから、いつもより広く感じる。
俺は両手を和幸の机の上に置き、目の前のうつ伏せの友人に目をやる
普段、この腰が重い存在のお陰で俺も気楽なのだが、めずらしく今日は違う。
「約束を破ったら許さないからな」
強めのセリフで静けさを崩すと、面倒くさそうに答えた。
「でもさ、タケル、暑いし、眠いし、勘弁して帰らせてくれよ!」
「行かないなら、奢ったサンドを返せ」
「あれはもう食ったんだけど」
「だ・か・ら!」
このやり取りの原因は、和幸が「校売の限定サンドを買ってくれたら一緒に本屋に行ってやる」と言ったことだ。
俺の小さな希望を叶える代償としてそのサンドを手に入れたのだが、
腰が重い抵抗は予想外、ではなかったが、これはさすがに・・・
「ジャ○プ買ってやる」
和幸の眠気がかった目が一気に見開く
「マジ?」
「やっと目を覚めたか、お前」
「うるさい」
「じゃ、いこっか」
折れた和幸はくしゃくしゃな制服も朝のままの寝癖も直さずに立ち上がり、教室を出ていく俺の背中をしぶしぶと追う。
この時刻の通学路は人通りが少ない。
背中に当たるムシムシと暑い夕日と共に、前からの涼風が頬に叩き髪を乱してくる。
どうせそろそろカットしてもらおうかと思っていた。
残暑とはいえまだ暑く、ブレザーを着ずに手に握ったまま歩く。
もう先生に見つからないほど学校から離れたので、ネクタイも外した。
「やっと付き合ってくれたな、ありがと」とちょっと気遣って機嫌を直そうとしたが、
「どういたしまして」と皮肉な即答で、会話が終わってしまった。
どうしてそんなに愛想悪そうな人と付き合いがあるのかというと、俺はあいつの優しい面を知っているからだ。
ただし、その優しさには気づきにくい。
「どうせ一緒に行くつもりだったろ。だって、俺の部活が終わるまで教室で待っていたし」
「別に」
照れ隠しのように見えると言いたいところだが、それはちょっと違うかな。より微妙な表情を浮かべている。
カッコつけているわけではなく、ただ表情に出したがらないタイプなんだろう。
***
たったの15分(和幸の体感2時間)で本屋(和幸からいうと暑熱避難場所)の自動ドアの前に着く
俺が彼の悪口を言う癖がある一方、俺自身そんなに元気な存在ではないかも。だって、俺もほんの少し疲れているし。
この時間帯は大体退勤している会社員や部活帰り、或いは塾帰りの生徒達が本屋を占拠している。
入口の辺りは外から舞ってきた秋の落葉で装飾されている
そして奥の方には、本に没頭し立ち読みしている客を照らす暖かな人工的な光が広がっている。
こいつの我慢ゲージが0にならない内に目的の本を探さなきゃ、と思ったところだが、
彼はボーっとしているみたいで、安心して俺は気遣いなく彼を置いていく。
欲しかった本が早々に見つかったので、少しの間他の本を物色してから漫画コーナーを通ってレジ前に戻る。
まだ自分の物になっていない本を抱えてレジへ向かうと、近くにいた和幸はどこかを見て、いきなり顔を背けると同時に僅かに強張る。
「え、なに?」
俺は和幸を怠け者だと思いつつも、一度も何かに関心を持っているところを見たことがない、と言ったら嘘になる。
彼が向いていた先にいる「薄い茶髪のお姉さん(カラオケ屋バイト)」はまさにその例外だ。
この偶然を言い訳にして、からかいたくなった。
「話しかけたらどう?」
「いやっ、しない」
「えー、もったいないなー。まさか死ぬまで恋愛感情を胸にしまい込むタイプだなんて」
「人の事を言うなって、バカ眼鏡」
(今日はコンタクト着けているから別の悪口にすればよかったのに・・・)
と心の中でつぶやきながら、より良いツッコミを思いつく
「てゆーか、ここは本屋だよ。どいつもこいつも眼鏡をかけている。むしろ眼鏡をかけていない人にとっての敵地だ」
返事しそうにもない和幸を後にして、レジへ行って持ったままの本を購入することにする。
少しして元の場所に戻ると、和幸の姿はどこへやらだ。
俺が混乱する間もなく、姿を現す。
曇った表情で、想定外の結果報告を力なく呟く。
「デートに誘って、断られた」
「えっ、本当に話しかけたの?こんなとこで?」
(そりゃナンパじゃん)
「だって、俺が消極的みたいなこと言ってたじゃんか」
(そんなに気にしてたのか?)
急な展開に呆気に取られて、返事を模索する
「よしよし。ほら、漫画あげるよ」
「子供扱いすんじゃねぇ」
と言いつつも、何かを要求するように手を差し出してくる。
ドヤ顔を隠し切れないままで分厚い雑誌を渡す。
数秒の沈黙のあと、和幸は小さな声でお礼の言葉を言い出す。
「ありがとな」
と言われた後、また気まずそうな沈黙が広がっていく。
張り詰めた空気を払拭するように、
「積極的な花咲くんを励ますため、ファミレス行きましょうか?」と様子を窺ってみる。
すると、拗ねている声からわざとらしく子供じみた返事がくる
「いきま~す」
最後までお読みいただきありがとうございました
Special Thanks: manate