ガイコツの涙
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こーちゃんはさ、夜の学校にいったことある?
ああ、別に忍び込むかどうかまで行かなくても大丈夫。ただ、足を運んだことあるかなあと思ってさ。
セキュリティ技術が発達して久しいし、いまや人がいなくても異状を報せる機能は珍しくない。そのぶん、忘れ物を取りに来た子供とかが夜にほいほい校舎内へ入れる環境かというと、スキがなくなっている感があるよ。
安全面を考えたら、ガードが強まっていくのは自然なこと。外側から入り込むのは簡単じゃなくなっていく。
では、内側からはどうだろう? 外部に対する強固な壁は、内部に対する強固な檻だ。
内部で息づき、あるいは育まれているもの。命無き機械に果たしてどれほど察することができるだろうか。
先に話した、僕が忘れ物を取りに夜の学校へ行った話、聞いてみないかい?
明日提出のプリントを、夕飯食べた後の自分の部屋で気づくときほど、おっくうなことはなかなかない。
シカトを決め込もうにも、親の書くものだからごまかしもきかないと来ている。自分だけで尻を拭うことになるのは、もっと先のことになる。
しぶしぶ、上着を羽織って外へ出た。いつもの通学路沿いだと、近道な代わりに明かりが乏しい。夜は明るい道を通っていくように厳命されているし、大通り沿いにやや遠回りをしながら学校へ向かった。
やがてたどり着く学校。ときどき地元のスポーツクラブがナイター照明と一緒に、グラウンドを借りていることがあるが、今日は真っ暗だ。
校門は開いていたよ。当時はまだ不審者とかへの対策が、そこまで厳にされていなかったしね。
問題は先生にこの件を話すかだ。
まだ宿直の先生がいることが多い時代だったし、先に事情を通しておけば問題はなかったろう。
しかし、それは僕が忘れ物をしたという恥を先生に知られてしまうことになる。先生の好き嫌いは僕にだってあるし、もし苦手な先生にそのことを知られたら……と思うと、面白くは思えない。
こっそり、回収してしまおう。それが僕の出した結論だった。
もちろん、校舎の通り道のいずれかに施錠などされていたら、計画はおじゃん。先生に頼らざるを得なくなる。が、うまく行けば誰にも知られることなくミッションを達成できるだろう。
僕は体育館と校舎をつなぐ渡り廊下の戸へ、手を掛ける。
もし宿直の先生が校舎の見回りをするんだったら、開けたままにしておくことが多いポイントだった。案の定、僕はそこからするりと校舎内へ入り込んだ。
幸いにも教室は2階。行き来に時間はかからない。
足音を極力殺すべく、靴ははかないで手に持っている。まわりの気配に気をつけながら、僕は先を急いだ。
首尾よく、自分の教室までやってくる。明かりのない暗がりへ沈んだ後者だけど、すでに目は慣れていた。戸の開閉以外では、机などにぶつかって大きな音を出すこともなく、自分の席へ急行する。
目当てのプリントも見つけることができた。あとは帰ってこれを親に見せ、ささっと仕上げてもらえばいい。
急く気持ちはあれど、ここで先生の誰かにぶつかっては元のもくあみ。僕は再びスニーキングを開始し、入ってきた渡り廊下からの脱出を目指したのだけど。
ふと、出口近くになって、ちらりと気になったものがある。
理科室だ。渡り廊下扉のすぐ手前は理科室になっていて、半ばドアが開いている。やたらと滑りがよくて、カギをしていないと勝手に半ばまで開いてしまうことがあるんだ。
そこにちらりと眼に入った景色が、来たときと変わっているように思えたんだよ。
違いはすぐに分かった。骨格標本の位置だ。
いつもならば理科室の奥、この角度からでは見えない位置にたたずんでいるそれが、今は窓際へ移動しているんだ。
こちらへ背を向け、窓の外を眺めているかのよう。その向きは、ちょうど校門が設置されている方角だ。
なんか、見張られているみたいでいやだなあ、と思いつつもスルーした僕は、足早にグラウンドを横断していく。
あとは校門を乗り越えて、家までいけばいいだけ……と、僕は正直、ほとんど気を抜いていた。来たときと同じように軽々と門をこえて、歩道へ着地した、はずだったのに。
――あれ?
グラウンドへ足をつけていた。つまり、学校の敷地内へだ。
目の前には先ほど出てきたばかりの校舎。自分が後戻りでもしない限り、このようなことにはならない。
そんなバカなと、門越えを繰り返すこと3回。僕は3回ともグラウンドへ着地したんだ。
門ひとつ隔てた向こう側へ、どうしてもたどり着くことができない。
冷汗はかいたけれど、よもやと考える元凶も思い当たる。例の理科室のことだ。
来た道を引き返し、理科室前まで来るとやはり骨格標本は同じところに立っていた。変わらず、校門を向きながらだ。
理科室掃除で、何度か触れたことがある骨格。僕はそうっと半開きの戸から中へ入ると、おそるおそる近づいていったんだよ。
回り込んで見た、骨格の顔面。その本来なら目玉が入るだろう眼窩部分に、きらめきが見えたんだ。
星にも思えるまたたきは、もちろん普通の状態ならば映しようがないものだ。水面のように揺らめくそこには、かすかに窓越しの校門の姿も映っていたんだよ。
誰かがこの中に水が溜まるように仕込んだのか? そう思いつつも、身体を窓から離すと光はふっと消えてしまったんだ。水面の揺らめきもなくなってしまった。
察したよ。おそらくこれで帰ることができるってね。
骨格標本をもとに戻した僕は、今度こそ校門を越えて家へまっしぐらに帰ったんだ。
でも、もし理科室で標本を見ていない、こっそり入った悪い人なら混乱しまくって、先生に気づかれていたかもしれない。
ちょっと不可解な体験だったんだ。