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訓練


 ウィリアムが正式にエリザベスの教育係に就任してから数日後。彼は王女殿下の姿を探して王宮中を練り歩いていた。


 本来であれば大学(アカデミー)で授業を受けているべき時間。しかし学年主席である彼はもはや大学で学ぶことはなかったし、卒業のための単位も足りている。

 大学としても主席であるウィリアムが王族に気に入られ、未来の宰相になればと考えて休学扱いとしたという経緯がある。


 当初、ウィリアムは研究室に行けばエリザベスがいるのだろうと軽く考えていた。あのカビ臭い建物に引きこもり、鉄鉱石を研究したり魔導具を作っているのだろうと。


 しかし、そんな彼の予想はいとも簡単に覆された。

 あるときは図書室で古文書を読み解き、あるときは庭で薔薇の手入れをし、またあるときは厨房で料理をして――と、いつもいつも予想外の場所にいるのがエリザベスという少女だったのだ。


 ウィリアムだって馬鹿ではない。きちんと前日には王女本人に明日の予定を確認している。……ただ、王女は自由気ままに予定を変更して、まだできたばかりの『家庭教師』に伝言を残す習慣がないだけで。


 ……口うるさいから別に教えなくてもいいか、と思われているわけではいない。はずだ。


 図書室。庭。厨房。いままで王女殿下を発見できた場所に顔を出すが、彼女の姿はなし。一体どこにいるのか……。


 困り果てたウィリアムの耳に、甲高い音が届いた。おそらくは近衛騎士団が訓練場で手合わせをしているのだろう。


 …………。


 暇を持て余す貴族令嬢は午前中に散歩をして、午後は訓練場から出てきて宿舎に戻る騎士様にエールを送る。と、いうのが最近の貴族令嬢らしい(・・・・・・・)一日の過ごし方であるらしい。


 まさか。

 あの王女がむさ苦しい騎士連中に黄色い声を送る場面など微塵も想像できないが、しかし他に思い当たる場所はないので騎士団の訓練場に向かうことにしたウィリアムであった。





 なんということか。

 近衛騎士団の訓練場に王女殿下はいた。

 しかし騎士の訓練を見学し、黄色い声援を送っていたわけではない。


 騎士のような麻の服を身に纏い。騎士のように髪を後ろで縛り、青年騎士相手に剣を振るっている彼女こそ――我らが誇り、我らが希望。我らが愛しき王女殿下(グロリアーナ)ではないか!


「な、な、な、なにをなさっているのですか!?」


 思わず闘技場の中に入り、王女殿下に近づこうとして――途中で一人の男が割り込んできた。


 仕方なしに立ち止まるウィリアム。

 そんな彼を見てニヤリと笑ったのは……エリザベスとの間に割り込んできた男。


 生まれ持った高身長に、鍛え上げられた肉体。

 荒事の経験があるのか顎には深い切り傷がある。

 その眼光は鋭く、僅かながらに狂気すら感じさせた。

 もしかしたら人を殺した経験があるのかもしれない。そう感じさせるほど『粗暴』な見た目の男だった。


 だが、この男はただの粗暴ではない。


 彼の名はギデオンjr.

 ギデオン・ギルバート。

 ギルバート侯爵家の嫡男にして、大学におけるウィリアムの同級生。堂々たる王国貴族である。


 騎士団長であるギルバート侯爵の元で剣の腕を磨き、わずか10歳で新大陸へと渡ったという変わり者。


 建国以来の貴族でありながら、大学では暇さえあれば平民に混じって戦闘訓練をしている。


 正直言って、剣の腕ではウィリアムなど足元にも及ばない。もちろん貴族家の当主が戦場において剣を振るうことなど時代遅れであり、現代ではまず行われることがないので『剣の腕』など必要ではない。将来は宰相を目指すウィリアムならなおのこと。彼は王城の中で大局を動かす側の人間となるのだから。


 そう。剣技など必要ないし、鍛えても意味はない。

 だが、それでもウィリアムがギデオンに『負けている』ことは確かであり。


 敵意。

 とまではいかないが、対抗意識を持っているのは確かだった。


 そしてそれはギデオンもまた同じ。

 顔が良く、学業成績優秀で、貴族なのに剣の腕を鍛えない優男。いつもいつも女性に囲まれている軟派野郎。

 ギデオンにとっては貴族とは王の危機に領軍を率いて駆けつけるべき存在であり、そんな『いざ』というときに備えて鍛練を積まないウィリアムは『貴族失格』なのである。


 内政で王を支えることこそが貴族であると考えるウィリアムと、軍事力で守ることこそが貴族であると考えるギデオン。どうあっても噛み合わない二人であった。


「……ギデオン。そこを退いてもらおうか?」


「なぜ俺が貴様の言うことを聞かなければならんのだ?」


「さっさとどけ! 王女殿下の危機だぞ!」


「ハッ、訓練を『危機』だとは、なんともお坊ちゃま(・・・・・)なお前らしい軟弱さだな」


 そんなやり取りをしているうちに、エリザベスと騎士の訓練が始まってしまう。

 王女が剣を振るうなど! しかも護身用の細剣(レイピア)ならまだしも、騎士が使うような両手剣を!


「このっ! 馬鹿っ! 殿下の顔に傷でも付いたらどうするつもりだ!?」


「向こう傷だ。王家の誇りだろう?」


「――脳みそにまで筋肉が詰まっているのか!?」


 怒りが頂点に達したウィリアムは、とうとう魔法を起動した。呼吸によって周囲の魔素を体内に集め、それを魔力に変換。手の平に風を纏わせる。


 ただの風ではない。触れるものを容赦なく切り裂く不可視の刃だ。


 代々最高の良血を重ねてきた王族のような大規模殲滅魔法(アナイ・アレイト)は望むべくもないが、それでもウィリアムだって血に血を重ねてきた侯爵家の嫡男。まだ若輩ながら、魔導師団所属の魔導師に匹敵するほどの魔法を操ることができる。


 対するギデオンは、慌てた様子もなく剣を抜く。


「おうおう、ずいぶんと大切に思っているじゃねぇか。惚れたか? 幼女趣味か?」


「――その口、一度切り裂いてやろう!」


 ウィリアムの風魔法と、ギデオンの結界防御。高位貴族同士が戦うことなど滅多にあることではなく、必然的に訓練場にいた騎士たちも期待の目を向けたりやんややんやと囃し立てたりしたのだが――


「おや、ウィル。来ていたのかい?」


 二人がぶつかり合う直前。

 その声で。

 ウィリアムも、ギデオンも、動きを止めた。

 それどころか集まっていた騎士たちも騒ぐのをやめ、彼女の一挙手一投足に注目している。


 たった一声で周囲の空気を支配してしまう。なるほど、これか。これこそが王としての風格かとウィリアムは視線を王女殿下(グロリアーナ)に向けて――絶句した。


 麻の粗末な訓練服を着たエリザベス。その小さな身に不釣り合いな両手剣を持つエリザベス。……そんな彼女の足元で、気絶をしている大人の騎士。


 まさか、倒したのか?

 殿下が?

 その両手剣で?


 いやいや、まさか、まさか。そんなはずはない。きっと攻撃魔法を使われたのだろうとウィリアムは自分に言い聞かすが、ふと気づく。王女殿下は攻撃魔法が使えないという噂ではないかと。


 噂は噂でしかなかったか?

 だが、攻撃魔法を使った痕跡もない。魔力の流れは一触即発となったウィリアムとギデオンのせいで乱れてしまい攻撃魔法が使われたかどうか読み取れないが、何らかの魔法が使われたなら演習場にそれなりのダメージが入るはずだし、騎士の身体にも何らかの跡が残っているだろう。


 それらが、まるでない。

 つまり、王女殿下は、物理で大人の騎士を倒してしまったのだろう。


 愕然とするウィリアムに対して、ギデオンは心底嬉しそうだ。


「おっ! さすがは殿下! もう倒しちまったんですか!?」


「どうやら相性が良かったみたいだね」


「ご謙遜を! その男は生半可な腕じゃ倒せないですって! ましてや相性や運でなんて!」


 ずかずかとエリザベスに近づいたギデオンは、そのまま気安くエリザベスと肩を組んでしまった。


 慌てたのはウィリアムの方だ。いくらギデオンが侯爵家嫡男とはいえ、王族、しかも女性と肩を組むなど――!


「お、お、お前には常識すらないのか!?」


「あん? なんだぁ? 新しい家庭教師様は嫉妬深いねぇ? そんなに俺と殿下の仲の良さが羨ましいのか?」


「こ、この……っ!」


 再び魔法を起動しそうになるウィリアムだが、すんでの所で思いとどまる。エリザベスと肩を組むギデオンに攻撃魔法を向けるなど、王女殿下に魔法を向けるも同じ。ギデオンはまず間違いなく不敬罪であるが、ウィリアムは反逆罪に問われてしまう。


 ……もちろん、それは『普通の』王族相手であれば、なのだが。


「おっ、興味深いね? 訓練で剣を向けられたことはあるが、さすがに攻撃魔法は経験がない。どれ、一発ぶち込んでみてくれたまえよウィル」


「……殿下ぁ……」


 あまりにもあまりなエリザベスの態度に、思わずそんな情けない声を出してしまうウィリアムであった。



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