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ディア・グロリアス ~親愛なる女王陛下の艦隊~  作者: 九條葉月


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おでかけ


 エリザベスの家庭教師になってから衝撃の日々が続いているが、それでも何とか折れずにエリザベスの元へ通い続けているウィリアムである。


 無論、今日という日までウィリアムが家庭教師らしい仕事をしたことはない。そもそも、おそらくはエリザベスの方がウィリアムより頭が良いだろうし……。


 本来、17歳の青年が9歳の少女に負けるようなことがあれば面白くないし不満も抱くだろうが、もはやそんな感情など諦観の彼方へと投げ捨てたウィリアムだ。


 そんなウィリアムが事前に教えられた予定通りに王女別宮へ向かうと、途中でギデオンとかち合った。


 いや、ギデオンは腕組みをして門柱に背中を預けていたので、もしかしたらウィリアムを待っていたのかもしれないが。


「……なんだ? ずいぶんと軽装だな?」


 ウィリアムを頭の天辺からつま先までジロジロと見てくるギデオン。そんな彼は麻のシャツにズボンという安っぽい出で立ち。鎧こそ着ていないが動きやすそうな革のブーツだし、いつもより着ぶくれしているのでチェーンメイルを服の下に着ているのかもしれない。


 そしてなにより、王城の中だというのに腰に剣を佩いているというのは……。護衛任務中の騎士ならばとにかく……。


「あぁ、お前の場合は魔法があるから剣を持っていく必要はないのか」


 なにやら一人で納得するギデオン。この数日でウィリアムとギデオンはずいぶんと親しくなり、以前のように顔を合わせればいがみ合うようなことはなくなったのだが……まだ以前のイメージが払拭し切れていないウィリアムとしては戸惑ってしまう。


「だが、室内で攻撃魔法を使えば自分や護衛対象を巻き込むかもしれないからな。おまえも剣くらい持って行った方がいいと思うぞ?」


「そ、そうだな。今後の検討課題としよう。……今日は剣が必要になるようなことが行われるのか?」


「なんだ? また殿下から何も聞いていないのか? ふん、お前の慌てふためく姿を殿下はことのほかお気に召したようだな」


「……一応私は家庭教師なのだから、からかうのは止めてもらいたいのだがな」


「無理な話だ、諦めろ。あの御方は妙に年相応なところがあるからな」


「そ、そうか」


 こんな場所で雑談していてもしょうがないので、別宮に入る。


 使用人に案内された部屋に入ると――見慣れぬ茶髪(・・)の少女が出迎えてくれた。


 いや、見覚えはある。

 あんな特徴的なビン底眼鏡をしている少女など、連合王国広といえども一人しかいないだろう。


 ただし、いつもボサボサである銀髪はボサボサの茶髪になっていたし、シワだらけの白衣は薄汚れた麻の服になっていたが。


「やぁ、ギルにウィル。どんな感じかな?」


 その場でくるりと自慢げに一回転してみせるエリザベス。どんな感じと言われても……珍妙な格好をしているな、としか……。


「良くお似合いです。さすがの変装ですね」


 あ、変装かと今さらながらに理解するウィリアム。そう言われてみれば少々裕福な商家の娘に見えないこともない。


「殿下は何を着ても似合いますね」


「ふふん、そうだろうそうだろう?」


「……そのような格好をするということは、もしや……」


「うん。ちょっと町に行こうと思ってね」


「…………」


 少し前のウィリアムなら全力で止めたことだろう。王女殿下が町に遊びに行くなど、とか。護衛はどうするのか、とか。国王陛下はご存じなのですか、とか。


 しかし、喉を突いて出ようとしたそれらの言葉をグッと飲み込んだウィリアムである。彼は知っている。こんな『常識的な』文言でエリザベスの心が動くことはないと。彼女は一度決めたらそう簡単には自分の意見を曲げないということを。


 無論、臣下としては命を賭けて主君の過ちを正さねばならぬ時があるだろう。

 だが、少なくともそれは今ではない。貴族も、王族も、子供の頃に身分を隠して町へ遊びに行くというのは一種のイベントであるからだ。


 それに、ギデオンの口ぶりやエリザベスの準備の良さからして、これが最初のお出かけというわけでもなさそうだし……。


「……暗くなる前に帰らないといけませんよ?」


「おっ、話が分かるじゃないかウィル。うんうん、可愛い臣下を困らせるつもりはないからね。夕方までには帰ると約束しようじゃないか」


「…………」


 ほんとに大丈夫かなぁと思いつつ、とりあえず様子を見ることにしたウィリアムである。ここ最近はエリザベスに振り回されすぎてスルースキルのレベルが急上昇してしまっているらしい。


 あとは単純に、危険があってもエリザベスなら転移魔法で城に戻れるだろうし……。


「ウィルは何か準備が必要かな?」


 どうやらエリザベスはウィリアムも町に連れて行く気満々らしい。臣下として嬉しいような、自然と巻き込まれて悲しいような。


「……町に行くならこの格好は少し目立ちすぎるかもしれません」


 登城しても恥ずかしくないレベルの服の裾を掴んで見せるウィリアム。よく見なくても『貴族』と丸わかりである。


「なるほど。ではちょっと着替えてきてくれ」


 エリザベスが指を鳴らすと、どこからか使用人が現れた。その手には綺麗に折りたたまれた庶民服が準備されている。


 どうやら、ウィリアムの意思は最初から考慮されていなかったらしい。





「では、さっそく町に繰り出そうじゃないか」


 王女殿下がどこで「繰り出そう」などという俗な言葉を習ってくるのか疑問に思ってしまうウィリアム。彼の場合は大学に入ってから学業成績優秀な庶民と交流する中で自然と覚えたが、王女であるエリザベスにそんな機会はないはずだし……。


 いや今回のように町に遊びに行っているうちに覚えたのかとウィリアムが納得していると、エリザベスが右手でウィリアム・左手でギデオンの手を掴んだ。


 まるで兄二人と遊ぶ妹のようだな、と少し微笑ましくなるウィリアムだったが……そのあとに起こった事態は、とても笑えるようなものではなかった。


「――我が行く道に迷いなし。我が征く道に憂いなし。地平の果てに夢を見て、今ここに奇跡の御業(みわざ)を再現せん」


 室内に風が吹き荒れる。魔法を行使するときは少量の魔力が漏れ出し、周囲に風が巻き起こることがあるものの……それはあくまで大きめの魔術を行使するときだけであり、それも自らの髪の毛を揺らす程度の微風だ。こんな、周囲の人間の髪や服を乱れさせるほどの魔力風など、それこそ魔術師数十人が集まって行使する大規模魔術式くらいしか――


「――虎よ、虎よ(ディ・スティーナ)、|千里を駆け、千里を帰れ《メインジ・ジェア》」


 エリザベスの言葉と共に、ぐわん、と。腹の中がすべてひっくり返されたかのような不快感が襲いかかってきた。


 この感覚は最近味わわされたばかりだ。


 王女別宮へと転移したときは何とか耐えたので、今回も……という単純なものではなかった。一度目は相応の覚悟をして転移の魔導具である扉を潜ったのだが、今回は何の心の準備もないまま魔法を起動させられたのだから。


「ぐ、ぐぅうぅうぅうう……」


 額に冷や汗が吹き出す。

 顔が蒼いのは自分でも分かった。

 しかし、それでも、貴族の意地として嘔吐だけは避けたウィリアムであった。


 ――地面の感覚がある。

 一気に呼吸が楽になる。

 あぁ、今回も無事に転移できたのかとウィリアムが安心していると……。


「……なんだ? この前よりも弱ってないか?」


 腹も神経も図太いのか平気な顔をしたギデオンが首をかしげ、


「あぁ、しかたないよ。あの魔導具は行き先が固定されていて、安定しているからね。こうして私が直接転移させるのとでは乗り心地(・・・・)が違うのだろう」


 エリザベスがフォロをしてくれ……いやただ単に事実を述べただけだろうか?


「ははぁ、そんなもんですか。自分はどちらもさほど変わりませんがね」


「キミは鈍――じゃなくて、日々鍛えているからね。やはり精神的にも肉体的にも頑丈なのだろう」


「ふぅむ、なるほど。やはりこいつも鍛錬させるべきですか……」


「いやいや人には役割というものがある。ギルが身体を動かす方が得意なように、ウィルは頭を働かせる方が得意なのだからね。適材適所。私に仕えるのなら得意なことをさらに伸ばすよう努力して欲しい」


「ははっ! 金言胸に刻ませていただきます!」


 なんだか少し置いて行かれた気分になりながらも、体調が回復してきたウィリアムは立ち上がり、周囲を見渡してみた。


「ここは……どこかの民家でしょうか?」


「うん。共犯者(・・・)が準備してくれている家でね。転移の直後は無防備になることが多いし、いきなり人が現れては周りの人を驚かせてしまうからね。こうして拠点に転移することにしているのさ」


「……ずいぶんと、こう、手慣れていますね?」


 町に来たのは一度や二度ではないな? という視線で見つめると、エリザベスはてへりと舌を出して誤魔化したのだった。




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