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ディア・グロリアス ~親愛なる女王陛下の艦隊~  作者: 九條葉月


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13/14

王女派閥


「――やぁ、みんな集まったみたいだね?」


 まるで頃合いを見計らったかのようにエリザベスが部屋に入ってきた。


 この部屋には中心に円卓があり、王を招いたときのためか玉座が設置されているのだが……。本来であれば王が座るべき玉座に、エリザベスがさも当然であるかのような顔をしながら腰を下ろした。


 頬杖を突いたエリザベスがイタズラっぽく頬を釣り上げる。


「さて、私の演技はどうだったかな?」


 演技とは、国王に対する年相応の少女のように振る舞っていたアレか……。


 エリザベスの問いかけに、まずは宰相が全肯定した。


「さすがの一言で御座います」


「王女殿下の機転によって主力艦の数が減らずに済みました。感謝申し上げます」


 続いて海軍大臣が深々と頭を下げ、


「自分からも感謝を。まずは海軍が敵艦を蹴散らさなければ大陸に軍を派遣することもできませんからな」


 陸軍大臣も感謝の意を表した。


「しかし、民間の大型船を買い取りですか……。また財政が圧迫されますね」


 やれやれといった感じに眼鏡のズレを直すのは財務大臣。そんな彼に対してエリザベスが労いの言葉を述べる。


「すまないね、予算が厳しいなら少し小さい船にしてもいいから……」


「……いえ、鉱石の輸入に使うなら大きい方がいいでしょう。金勘定は私の仕事。お任せください」


「うん、じゃあ任せようかな」


 まるで本物の国王(・・・・・)であるかのように大臣と会話するエリザベス。あまりにも常識外の展開を前にして、ウィリアムは隣にいたギデオンに問いかけずにはいられなかった。


(ギデオン、これは一体どういうことだ?)


(どうもこうも、『王女派閥』の会合ってところか)


(王女派閥……?)


 それではまるで、後継者争いをしているようではないか?


 現状において国王は壮健であり、しばらくは代替わりの話も持ち上がりそうもない。そんな現状においてもう『王女派閥』を形成する意味とは……?


「それだけあの王子に危機感を抱いているということだ」


 と、そんな答えを口にしたのは宰相であるリチャード。


「し、しかし父上。王女殿下はまだ9歳。王子殿下は5歳ではないですか。危機感を抱くもなにも、これからの教育次第なのでは?」


「――その教育がマズいのだ」


 つまらなそうに吐き捨てたのは陸軍大臣。


「王子殿下の母親の実家はウィリアム公爵家。あの家は次男が『教会』の枢機卿であり、教会とはずいぶんと深い仲だからな。このまま王子殿下が後継者になられては、せっかくそぎ落とした教会の権勢が回復してしまう」


「…………」


 つまりは単純な『王子vs王女』ではなく、『教会勢力vs王権』という構造になりかねないのか。それに危機感を抱いた者たちが早くから結託していると。


 しかし、王女派の顔ぶれは……宰相と、海軍大臣、陸軍大臣、そして財務大臣。これはもはや決まった(・・・・)ようなものではないか?


「王女殿下ほど国王に相応しい御方はおられぬからな」


「殿下は海軍の重要性を理解してくださっていますし」


「領土獲得のためならとにかく、くだらない教会の命令で我が部下たちを戦死させるわけにはいきませんからな」


「王女殿下は財政出動派なので財務状況は厳しくなりそうですが……国家予算を教会に流用しかねない連中よりはマシでしょう」


 口々にエリザベスを評価する大臣たち。


「いやぁ、照れるねぇ」


 そんな彼らからの評価を受け、ポリポリと頭を掻くエリザベスであった。


「とはいえ、そう簡単にはいかないと思うけどね」


「? そうなのですか?」


「うん。なにせお父様は私を後継者にしたくないみたいだから」


「あぁ……」


 あの溺愛っぷりでは、苦労も多い『国王』を継がせたくはないのだろう。それに今までも女王はいるにはいたが、あくまで王子がいなかったからこその代理王という位置づけなのだから。


 舐められたり軽視されたりするのが分かっている女王などに、愛娘をしたくはないといったところか。


 ウィリアムが納得しているとエリザベスが手のひらを叩いた。


「さて。せっかく皆が集まったのだ。今後の方針の話し合いといこうじゃないか」


 エリザベスが仕切り直しとばかりに口を開くと、財務大臣が異を唱えた。


「そこの若造も参加するのですか? 信頼できる人間ですか?」


 若造とはもちろんウィリアムのことだ。ギデオンも同い年であるはずだが、彼は何度かこの会合に出席しているらしいので除外されたのだろう。


 財務大臣からの疑問にエリザベスが即答する


「あぁ、信頼できる。それに、将来のことを考えると今から若い人材を育てないとね」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 この場にいる全員の心が一つになり「いや殿下が一番若いでしょうが」とツッコミを入れた瞬間だった。もちろん心の中で。


「ここで重要なのは精神年齢だよ」


 心の声を呼んだのか、あるいは表情から察したのか、しれっとそんなことを口にするエリザベス。9歳の彼女は10も年上のウィリアムやギデオンよりも精神年齢は上だと言いたいらしい。普通なら「ふざけるな!」となるところだが、エリザベス相手だと不思議と納得してしまう。


 微妙な心境になったウィリアムたちに気づいているのかいないのか、エリザベスがテーブルの上に地図を広げた。我が国の国土となる偉大なる島々(グローリアス)と、海を隔てて存在するイールペ大陸。


「父上は近々海軍を動かすつもりみたいだね?」


 エリザベスの疑問に海軍大臣が答える。


「はい。ヒスパニアの海軍を駆逐しなければ、大陸の領土(コンポスアゴ地方)への補給もままなりませんからね」


「しかし、ヒスパニアの海軍は強力だ。それに打ち勝つために第三次までの建艦計画を立てたのだろう? 第一次の建艦が始まったばかりの今、勝ち目はあるのかな?」


「はい。ガリアス王国海軍との合同艦隊を編成しますので。厳しい戦いとなりますが、勝ち目はあるかと」


「ふぅん……? ガリアスねぇ……?」


「しかも今回の海戦には国王陛下が御出陣なされるおつもりのようでして。陛下の大規模殲滅魔法(アナイ・アレイト)であれば敵艦隊の殲滅も夢ではないかと……」


「なるほど。国王の攻撃魔法には国王の攻撃魔法で対抗するのが常道だが、ヒスパニアの国王は引きこもりだから、わざわざ海にまで出張ってこないだろうと?」


「引きこもり……。えぇ、王族の大規模殲滅魔法(アナイ・アレイト)は強力ですが、戦場に来たがらない国王も多いようですので……。それに、万が一の時も陸は歩いて安全圏に逃げられる可能性もありますが、海は難しいですし」


「やれやれ、『国王が戦死』というのもそれなりに事例があるとはいえ……贅沢ばかりで内なる牙を失ったか。ああはなりたくないものだね」


「王女殿下は勇敢でありますれば」


「ふふ、9歳の少女に使っていい単語じゃないね」


 そうは言いながらもどこか嬉しそうな顔をするエリザベスだった。


 しかしその顔もすぐに曇ってしまう。


「ヒスパニアとの決戦かぁ……嫌な予感がするね」


「殿下の『嫌な予感』はよく当たりますからな。……しかし、我が国にとって(カレアス地方と)数少ない大陸の領土(コンポスアゴ地方)を保持するためには、安全な航路確保は必要でありますし……」


「そもそも私は大陸に領土などいらないと思っているんだよ。たしかにカレアスとコンポスアゴからの利益は莫大だが、そのために今までどれだけの血が流れてきたことか……」


「――多くの血が流れてきたからこそ、そう簡単には撤兵できないのです」


 そう意見したのは陸軍大臣。まさしく大陸で多くの血を流してきた陸軍の代表だ。


「……謝罪しよう。配慮のない発言だった」


「いえ、殿下のお言葉も理にかなっておりますれば」


 陸軍大臣が深々と頭を下げ、そんな彼を横目に財務大臣が話しに入ってきた。


「大陸の領土を手放すことができれば、あの地で浪費される莫大な戦費を本国の軍備増強に充てられますし、これ以上遺族年金や傷病者年金が増えることはなくなりますな」


 それは王女殿下に対するフォローなのか、あるいは財務大臣としてのただの本音なのか……。たぶん後者だろうなぁとしか思えないウィリアムであった。


 財務大臣のフォローであったが、エリザベスの心を晴らすまでは至らなかったようだ。


「いかんね。どうにも私には口が軽い癖がある。よく考えなくても、コンポスアゴ地方を守っているのはギデオン君の父親なのに。父君の忠誠を軽んじるような発言だったよ」


 エリザベスのお言葉にギデオンが最敬礼で応える。


「いえ、父上はそのようなことを気にする人ではありませんし、我ら軍人は命令一つで大陸でも海の果てにでも派遣されるのが宿命。なぜ王女殿下のお言葉に不満を持つことがありましょうか」


「うん、そう言ってもらえると助かるけど……いや、やはりいかん。今後は気をつけよう」


 厳しく自らを律するエリザベスはやはり9歳には見えなかった。


 しょんぼりするエリザベスにリチャードが助け船を出す。


「ヒスパニアとの決戦が不安でしたら、国王陛下に同行されるのはいかがでしょう?」


「同行?」


「はい。買い取った船の見学をお願いすれば港まで同行することはできるでしょう。あとは現地で殿下がうまいこと『ワガママ』を言ってくだされば……」


「……う~ん、そこまでやらないといけないかな?」


「殿下がおられましたら、大規模殲滅魔法(アナイ・アレイト)二発(・・)放てますし。そうなれば勝ったも同然でしょう」


 あまりにもあっさりと言うものだから聞き逃しそうになったが……。大規模殲滅魔法(アナイ・アレイト)が、二発?


 一発は国王陛下によるものだとして。もう一発は……まさか、王女殿下が?


 ウィリアムはその可能性に思い至ってしまう。


 エリザベスは攻撃魔法が使えないはず。なぜ、どうしてという仮説は複数提唱されているが、使えないというのは共通認識で合っていたはずだ。


 だが、リチャードはエリザベスが『使える』ことを前提にして話している。


 もしも使えると仮定して。どうして隠す必要があるのだろう?

 もはやこれほどまでに『女王』になることを前提に人材を集めているエリザベスだ。今さら、弟との王位継承権争いを疎んでいるわけではないだろう。

 ならば、なぜ……?


 ウィリアムが思考を重ねている間に議題は次に移ってしまう。


「順調な人口増加も問題になってきたそうだね?」


「人はいますが、働き口がありません。農繁期であれば農村に仕事がありますが、そうでないときは職を求めて都会に集まってきますし……そもそも農地が足りません」


 リチャードの発言に財務大臣も同意する。


「急激に悪化した治安に対する維持費。足りない食料は海外から輸入しなければいけませんし、それらを購入していては富が外国にばかり流れていってしまいます。民の生存に直結しますから関税を掛けるわけにもいきませんし……」


「なるほど、重商業主義というものか」


 うんうんとエリザベスが頷く。


 ――重商業主義。

 あるいは、マーカンテリズム。


 絶対王政の元での軍事費確保や官僚の給与支払い、そしてなにより王族の豪勢な生活を維持するため、貿易の黒字化や他国からの輸入を制限することによって富の流出の抑止と国内産業の保護を目指した政策だ。


 その根本となる考えは『輸入を少なく輸出を多く』となる。海外から買うものが少なければ金銀や貨幣はそれほど減らないし、逆に海外に物を買ってもらえればそれらは増える。国内に存在する金銀や貨幣の量こそが豊かさであるという考えだ。


「重商業主義をするならやはり大陸からは撤退した方がいいな。そうして浮いた資金や人材で新たな植民地を獲得した方がいい。大陸の連中は我々と同等かそれ以上の技術力・軍事力を持っているが、未開地はそうでもないからね。一方的な勝利を重ねられるだろう」


「さすがのご慧眼であります。……納得いたしました。将来の植民地拡大も見越しての大型船確保でしたか」


 財務大臣が恭しく頭を垂れる。


「うん。国の造船所が予定で埋まっているなら、民間の造船所を使わないといけないからね。――民間からの船舶買い取りだが、将来的には民間造船所に委任しての大型船建造を見越して動いて欲しい」


「ははっ、承知いたしました」


「あとは人口が増えているのなら重商業主義より重農主義に転換した方が……いやまだ早いか……」


「じゅうのう主義、ですか?」


「……あぁ、まだ生まれていない(・・・・・・・)のか。気にすることはないよ。いずれ人類はそこを通過するだろうからね」


「は、はぁ……。また例の未来予知(ディッケンズ)ですか」


 すぐに納得した財務大臣の様子からして、エリザベスが妙なことを口走るのはよくあることなのだろう。


「それと首都に流れてくる人口が増えるに従い、麻薬も多く流通しているようで」


 財務大臣が憂鬱そうにため息をつく。富が裏社会に流出することを嘆いているのか、あるいは労働力が麻薬漬けになるのを恐れているのか。


「ほぉ、麻薬が? それはアヘンか魔力増強薬(マガータ)かな?」


「いえ、ジールングから大量に入ってきているようでして」


 ジールング。ミッツの海を越えた東の果てにあるという島国だ。2000年も前から『帝』を戴き、独自の文化を築いているという。


「ジールングの麻薬……。あぁ、アレか」


 心当たりがあるのかそんな呟きをするエリザベスであった。麻薬の種類が分かる王女とは何なのだろう? ……今さらの疑問であるか。


 区切りとばかりにエリザベスが両手を打ち鳴らす。


「ともかく。喫緊の課外は人口の急激な増加と食糧不足か。しばらくは輸入して何とかするしかないが……これはやはり農業改革が必要だね。肥料の増産や農地の拡大はもちろんのこと……作業量が多くて人手が必要であり、そんな人手を全員食べさせることができて、その上販売するほどに収穫できる作物があれば完璧だね」


「そのような都合のいい作物があるのでしょうか?」


「……うん、あるんじゃないかな? 少し心当たりがあるから探してみよう」


 探す?

 王女殿下が、作物を?

 その口ぶりに唖然とするしかないウィリアムであったが、いつものことであるのか財務大臣を初めとした各大臣は何も言わないのであった。





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