階段とオカルト事務所
オカルト事務所は屋上がある六階建ての雑居ビルの三階に事務所を構えている。
外装や内装を見る限り古いビルではないように見えるが、水回りを見る限りそうでもないのだろうと思われる。エレベーターもエスカレーターもないこの建物は、だから安く借りられているらしい。
今日の三枝は珍しくきっちり定時まで事務所にいた。
いつもは営業回りと言って途中で抜けてしまうのだが、たまのたまにこういうことがある。
くありと欠伸をして、大きく伸びをする。
(よく寝た)
昼から定時まで眠り過ごしたのである。
案外、事務所のソファは自室のベッドより眠り心地がいい。所長がいるここは、家よりもプライベートが保たれていて過ごしやすいことがある。
どうにも煩わしくなったらたまにここに避難させてもらっている。
(帰るか)
身を起こして立ち上がると、片腕をぐるりと回してストレッチをした。
ちらと視線をやれば、何の書類か分からない書類に目を通していた所長がパッと顔を上げてにっこりと笑う。
「ハーイ、千夏! 今日もありがと! アスタ マニャーナ!」
「……マニャーナ」
ララに笑顔を向けられると、先ほど天気予報のサイトで明日が雨予報であることを確認したばかりなのに、もしかしたら晴れるかもと思わせられる。
それくらいの明るさがある。
そしてその効力は、数歩歩いて事務所の扉を閉めるとともにはなくなる。それくらいの明るさである。
(腹減ったな)
外に通じる階段は、ビルの中と外の非常階段の二つある。ビル内の階段は、二人の人間がぎりぎり肩をぶつけずに擦れ違える程度の幅で、登りやすく降りやすい段差だ。
たんっと一歩階段を降りた。
ガタンッバタンッ!
バタッガンがンガンがンガンがンガンがンッ!
上の階から乱雑に扉を開ける音とともに、酷く五月蠅い足音が降りてきた。自分の立てる音に無頓着な人間というのは世の中けっこう多い。雑踏の中ではうるささも紛れて気にもならないが、こういう空間では嫌というほど浮き彫りになる。
床を割らんとするほどに鳴り響く暴力ともいえる足音に、三枝は思わず笑った。
(うるせぇって思わねぇのかな、自分で)
三枝は歪ませた口元のまま、上を振り返ることなくマイペースに階段を降りた。
ガンがンガンがンガンがンッ!
音は途切れることなく、追い立てるようにどんどん上から降りてくる。
すれ違ったら顔くらい見てやろうと思いながら、ゆるゆるとスマホをいじり、たん、たん、たん、と三枝は一歩一歩階段を降りていった。
二階の踊り場に差し掛かる。
ガンがンガンがンガンがンッ!
音は降りてくる。
迫ってくるように降りてくる。
ガンがンガンがンガンがンッ!
ずっと降りてくる。
二階の踊り場を通り過ぎれば一階の階段で、出入り口からもう外が見える。
まだ日が沈みきっていない頃合いではあるが、明るくもない。
逢魔が時だと前に所長が言っていた。
三枝がゆっくりと一階の階段を降りきっても、五月蠅い足音の犯人は追い付くことがなかった。
ビルから出るその時まで、ずっと階段を降りていた。
ガンがンガンがンッ!
あんなにも五月蠅い足音なのに、苦情は一度も上がったことがないらしい。