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三枝とアパート



 オカルト事務所から家へと帰ると、三枝は友人が吸い止していった吸い殻を灰皿から拾って咥えた。

 転がっていたチャッカマンで火を点けて吸うと煙を吐き出す。部屋の中が白く濁った。家賃があってないようなおんぼろのワンルームのアパートは、恋人がいない時はよく友人たちが泊まりに来て、三枝とともに家を出る奴もいれば、三枝が家を出るときまでグウスカ寝ている奴もおり、大体は帰ってくるともぬけの殻になっていた。三枝の貴重品は財布とスマホくらいで、出掛けるときは持っていってしまう。

 鍵は一番最後のヤツがポスト裏に貼り付けておく。持ち帰ったらペナルティ。次会ったら叙々苑を奢らされる。合鍵は作るなとは言っていないが、何となくそこは律儀に一線を引いているようである。ただポスト裏にいつでも貼り付けてあるから、ただ単に合鍵を作る手間と金が惜しいだけな気もした。


 この部屋でヤらないこと。

 火の始末はすること。

 冤罪ダメ絶対。


 三枝が言い渡した決まり事はそれくらいだ。

 もう一度深く煙草を吸い込んで、煙を吐いた。雑多な部屋にヤニが溜まっていく。

 クッション、ぬいぐるみ、香水、シャンプーリンスー、鼻セレブ、駅前のポケットティッシュ、タオルに毛布、無駄に三個もあるドライヤー、買った覚えのない物がそこかしこに置きっぱなしだ。もともと別れた恋人の私物すら使える物であればそのまま適当に使い続ける性質だった。来る者拒まずである三枝の部屋は、だから混沌と化していた。使ったことのない鉄アレイや、陳列されている好きでも嫌いでもないぬいぐるみ、趣味というわけではない雑多な種類の雑誌のほとんどが他人が置いていったものである。いつの間にか置かれていたパソコンはもはや誰の物か分からず、ロックも掛かっていないため使い放題だ。ネットは無料という現代設備が無駄に備わっているおんぼろアパート様々である。

 冬になれば勝手にこたつが出ているし、夏になればこたつがどこかに消え、知らぬ内に扇風機が出されている。

 一人暮らしのはずだが、もはや誰かと住んでいるかのような有様だった。

 一日百円。一週間五百円。

 夏の暑い時期に一度電気が止められ、阿鼻叫喚となったあたりから暗黙のルールが出来ていた。それでも貯金箱などという物を誰かが用意することはなく、どれくらい増えてどれくらい使われたか一目見て分かりやすいからという理由で、インスタントコーヒーの空き瓶に無造作に小銭が投げ入れられていた。どれくらい使われたか分かりやすいと前述したように、投げ入れられるだけではないあたりが続けられている所以だろうし、コーヒーの瓶ごとなくなったことはまだないから、こうやって適当な友人を続けられていられるのだろう。月末になると誰ともなく光熱費を尋ねてきて、無頓着に答える三枝へ折半されていることもある。

(そんなにクーラー使えなかったの堪えたんだな)

 電気代が止められていたとき、三枝はしれっとオカルト事務所に避難していたので地獄のような暑さを知らずにいた。確かにあのときは「お前生活費どうなってる?!」とかつてないほど友人たちに詰められた記憶があった。

 オカルト事務所所長の有田ララは、別に給料を未払いで滞納しているわけではない。したこともない。だが、考えてみて欲しい。オカルト事務所なのだ。一切霊感のない、ただただ昔の思い出を追い掛けているだけの底抜けに陽気でポジティブな権化が運営しているオカルト事務所なのだ。実入りがいいはずもなく、むしろ、なぜ今もずっとこの事務所を続け、三枝を雇えているのか不思議なくらいだ。さりげなく実家が太いのだろうと思わせることはあったが、頼り切っているというわけでもないらしく、それ故に、三枝に支払われる月額は渋い。出勤時間も退勤時間もあってないようなもので、営業と称した外回りはサボり放題の遅刻し放題、早帰りし放題だが、先日のスポット巡り同伴への拒否権はほぼなく、しかし、移動費やら食費はすべて事務所持ちである。

 薄い給料は増えることも減ることもないが、そんな勤務形態であるからして文句も出なかった。副業はし放題であるが、複数人の光熱費を賄えるほどではないのは然もありなん。

 煙を吐き出す。

 雑然としてはいるが、薄汚れているかと言われるとそうでもない部屋は、ヤニ臭いだけで普通に人が暮らしていける程度には清潔が保たれていた。共同生活が駄目な人間には全体的にアウトだと言えようが。

 短くなった煙草を灰皿へ押し付けて、火を消した。

 肺に溜まった煙を深く大きく吐ききって、三枝はしばしのあいだ項垂れた。

「なんか食うか」 

 冷蔵庫を開けると、ビール数缶とハムとチーズ、生首の女が入っていた。ぎょろりと目が動く。

 三枝は、買ってきた新しいビールを冷蔵庫へ仕舞い、代わりに冷えたビール一缶とハムとチーズを取って扉を閉めた。テーブルに置いてあった食パンの賞味期限が三日過ぎていることを確認し、中身を改めて黴びていないと判断するとハムとチーズをのせてトースターに突っ込む。

 焼き上がった音が鳴ると皿も使わずに直に取り出し、あちあちと言いながら咀嚼していく。ビールを開けて飲む。途中で焼いたパンは食べ終わり、当然のことながら一枚では足りなかったのでまた冷蔵庫を開けに行く。

 増えも減りもしないビール数缶と三枝が使ったことにより一枚ずつ減ったハムとチーズが入っていた。

 消費期限が切れた食パンはあと二枚残っている。



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