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宿敵1

 蟹沢健司は事務所のソファーで苛立っていた。

 「おいっ、笹島のほうはどうなってるんだ!」と苛立たしく灰皿にタバコを揉消すと、デスクで電話を掛けていた若い者に怒鳴りつけた。

 「こっちに来るってことになっているんですが・・・」と蟹沢の顔色を見ながら恐る恐る言った。

 「あの糞ガキ。少し甘い顔してりゃいい気になりやがって」と吐き捨てるように言うと

 「他の処は出来てるのか?」と訊きかえした。

 「他は終わってるので、後は笹島だけです・・・」と、また怒鳴られるのではとビクつきながら言った。

 「もう一回電話してみろ」と言うと蟹沢は自分の携帯で何処かに電話を掛けながら席を立ち、事務所を出て行った。


 「あっ会長、蟹沢です。今月も何とか纏まりました。これから本部に連絡入れます。」

 蟹沢は携帯を肩と首で挟み、耳を付けたままの状態で会話をしながらタバコに火をつけた。

 「それより身体の具合はどうなんです?」「ええ、ええ、それじゃ帰りにそっちに寄りますから」と言うと電話を切った。

 「笹島に連絡ついたか!」と事務所の中に向かって大声で怒鳴りつけると、まだですという脅えた声が返ってきた。

 「食えねえガキだ」と吐き捨てた。

蟹沢はそのまま表通りに出るとタクシーを拾い、ある場所に向かった。


 

 千代田区神田和泉町にある「安田記念病院」の正面玄関で降りた蟹沢は玄関には入らずに、裏手にある新しく建て直した入院棟に向かった。 ここの最上階である19階の特別室に蟹沢が属する組織の会長が入院している。 会長の名は鶴巻天清といった。 関東の指定暴力団「東亜連合」の理事で「東新興業」の会長だった。 蟹沢は「東新興業」の会長代行で、入院中の鶴巻に代わって組の仕事の一切を取り仕切っていた。

 鶴巻は肝臓がんの末期で、入院と言っても殆ど「見取り介護」といった様相だった。 ただ、本人への告知は行われておらず、疎のうち退院できるだろうと思っていたのだった。

 

 19階は一般の人間が入れないようにセキュリティーが行き届いており、エレベーターはおろか、非常階段を使って上ってきてもカードを持たない人間は入れない仕組みになっていた。

 蟹沢はカードを取り出し、自動ドア横のカードリーダーに読み込ませ、病室のあるフロアに入った。 廊下の左右に病室が並んでいるが、このフロアの病室は全てが特別室なのだ。 ただ、一番奥の左右にある病室だけは、バス、トイレ応接セット付きの「貴賓室」だった。 蟹沢は突き当たりの左側にある貴賓室の前に来た。

 「失礼します。蟹沢です」と言ってスライドドアを開けると正面に応接セットがあり、すぐ横には46インチの大画面液晶テレビが設置されていた。

 「おう、良く来た。良く来た。」

 鶴巻はだいぶ痩せさらばえて見えたが比較的、元気なようだった。 身体を起こすとパラマウントベッドの高さを下げ、ベッドから降りた。 覚束ない足取りながらスリッパを履くと、蟹沢の前に来てソファーに座るよう指差した。

  

 「失礼します」と言ってソファーに腰を下ろすと、鶴巻は蟹沢の斜向かいに座った。

 「今月も纏まったか」

 「はい。何とか纏まり、本部には連絡を入れておきました」

鶴巻は肯くと腕組みをしながら下を向いた。

 「会長。この分で行けば、次の選挙で間違いなく常任理事へ昇格ですよ」と蟹沢が言った。

 鶴巻はまたしても肯くとそのまま下を向いたままだった。

 「どうかしたんですか?」と尋ねると、暫く下を向いて考え込んでいた鶴巻は頭を上げ、蟹沢を見ながら言った。

 「俺もこんな状態だからお前には苦労かけるなあ・・・」

 「何を言ってるんです。仲島総裁の応援もあることだし間違いなく常任理事になりますから、早く元気にならないと」と蟹沢は鶴巻を励ました。

 「実はな。俺もそろそろ歳だし、ここいらで若い者に代目を譲って隠居しようと考えてるんだ」と蟹沢に打ち明けた。

 「えっ?」と驚く蟹沢に鶴巻は

 「お前が適任だと考えているのだよ」と、にこりと笑いながら蟹沢を見て鶴巻が言った。

 「わ、私はまだ31ですよ。この歳じゃ若すぎるじゃないですか」という蟹沢に鶴巻が言う。

 「歳など関係ない。組を大きくしていくのはその人間の器量だ。それに若い者もお前を慕っている。お前ならその資格が十分だよ」と嬉しそうに蟹沢に言った。

 

 「東亜連合」の常任理事に昇格するとなれば、毎月のシノギも今以上に大変だが、それよりも今回の選挙で昇格するための根回しに億の金が必要なのだった。 その金も蟹沢は何とか目処を付けた。 ある意味、シノギの才能は誰にも負けていなかった。



 事務所に戻るため、病院の正面玄関でタクシーを呼んだ。会長との会話を思い出しながら蟹沢は思わず肩が震えた。

 「これで俺も一国一城の主だぜ」と呟くと可笑しくて仕方がなかった。 全て目論見通りだった。 大声で笑いたいところを我慢した。 だが、それは肩を震わせるという形で現された。


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