九五、妨害工作 −進軍を阻止せよ!−
九五、妨害工作 −進軍を阻止せよ!−
ケッバー達は、“タクの切符”で、ウスロ川に架かって居た橋の在った左岸側へ、転移した。
「旨く行ったな」と、ケッバーは、安堵した。かなり、足下は、暗くなっているが、昼間、自分らが目撃した地点へ、転移出来たからだ。
「どうやら、あんたの話は、本当みたいだね」と、マウス族の女盗賊が、左隣に来るなり、口にした。
「信じて貰えたかな?」と、ケッバーは、尋ねた。一応、騙す気は無いからだ。
「まあ、今のところはね」と、マウス族の女盗賊が、はぐらかした。
「まさか、こんな事になっているなんて…」と、ヤッスルが、愕然となった。
「橋を丸ごと消すなんて、とんでもない魔導師だな…」と、ボライオスも、言葉を詰まらせた。
「そ、そうですね…」と、ソドマも、相槌を打った。
「でも、橋が、かなり、建造されて居るな…」と、ケッバーが、目を見張った。昼過ぎに、完全消失した橋が、半分くらい組み合わさっているからだ。
「茶竜を動員しているから、渡るだけでも、多少、雑でも、明日の朝くらいには、仕上がるんじゃないかな?」と、ソドマが、推測を述べた。
「確かに、このまま放って置いたら、確実に、橋が出来上がっちまうだろうねぇ」と、マウス族の女盗賊も、同調した。
「不便にはなるが、叩き壊すしかねぇだろう!」と、ヤッスルが、意気込んだ。
「ヤッスル。力任せに叩いても、容易じゃないぜ」と、ボライオスが、溜め息を吐いた。
「魔導師級の魔法でも使わないと、無理だろうな」と、ケッバーも、眉根を寄せた。ちょっとやそっとじゃあ、壊せないくらいの規模だからだ。
「フェイリスさんに、付いて来て貰うべきでしたかね…」と、ソドマが、口にした。
「あれくらいだったら、落とせるかも知れないわね」と、マウス族の女盗賊が、仄めかした。
「教えて貰えないかな?」と、ケッバーは、要請した。何やら、考えが在ると察したからだ。
「う〜ん。あんたには、教えられないねぇ。一応、デヘル側の傭兵だからね」と、マウス族の女盗賊が、断った。
「確かに、今は、敵だからな。アフォーリーに、密告されて、計画が台無しになるのは、宜しくないからな」と、ケッバーは、理解を示した。自分には、密告する気は無いのだが、立場上は敵なので、教えて貰えないのにも、納得出来るからだ。
「こんなのは、どうですか?」と、ソドマが、提言した。
「何だい?」と、マウス族の女盗賊が、つっけんどんに、問うた。
「ケッバーさんを、雇うって事ですよ」と、ソドマが、にこやかに、回答した。
「おいおい。それは、ちょっと、強引過ぎるんじゃないのか?」と、ボライオスが、指摘した。
「なるほど。君の考えを、聞かせて貰おうかな?」と、ケッバーは、興味を示した。内容を聞いてからでも、遅くはないからだ。
「ケッバーさんは、傭兵だから、あの橋の破壊限定で、雇うって事ですよ」と、ソドマが、考えを述べた。
「ウルフ族の兄ちゃん。そいつは、デヘルに対する“敵対行為”だから、不味いんじゃないかい?」と、マウス族の女盗賊が、渋い顔をした。
「私は、構わんよ。金さえ貰えば、何だってやるさ。それに、デヘルにさえバレなければ、特に、不都合は無い」と、ケッバーが、力強く言った。傭兵とは、金銭で動くものだからだ。
「確かに、今は、あの橋を落とす事が、最優先だからね。後払いで構わないのなら、手伝って欲しい」と、マウス族の女盗賊が、要請した。
「良いだろう。契約しよう」と、ケッバーは、快諾した。金銭に、敵も味方も無いからだ。
「で、何か、考えでも在るのか?」と、ボライオスが、尋ねた。
「ああ」と、マウス族の女盗賊が、口元を綻ばせた。そして、「錬金術で作られた”火薬玉”ってのを使おうと思っているんだよ」と、口にした。
「火薬玉?」と、ヤッスルが、眉を顰めた。
「何ですか? それは?」と、ソドマも、好奇の眼差しで、問うた。
「火を点けると、爆発する玉かな?」と、マウス族の女盗賊は、あやふやに答えた。
「”爆炎魔法”みたいなものかな?」と、ケッバーが、口を挟んだ。それに、類似したような物のように思えるからだ。
「多分、そうだと思う。あたいも、まだ、使った事が無いからねぇ〜」と、女盗賊も、奥歯に物の挟まった物言いをした。
「そんな怪しい物で、橋を落とそう何て…」と、ボライオスが、溜め息を吐いた。
「そうだな。出直した方が、良いかもな」と、ヤッスルも、同調した。
「ここまで来て、日和ってんじゃないよ!」と、マウス族の女盗賊が、語気を荒らげた。
「でも、今回は、偵察なんだろ?」と、ボライオスが、異を唱えた。
「あたいも、橋を見るまでは、そう思って居たさ。でも、予定が変わっちまったって事さ」と、マウス族の女盗賊が、見解を述べた。
「私も、彼女に賛成だ」と、ケッバーも、口添えした。雇われた以上、最適な判断を見出さなければならないからだ。
「そうですね。少しでも、進軍を遅らせるべきでしょうね」と、ソドマも、賛同した。
「確かに、ここでビビっちゃあ、男が廃るってもんよ!」と、ボライオスが、意気込んだ。
「そうだな。おいも、気を引き締めんといかんな!」と、ヤッスルも、気合いを入れ直した。
「あんた、何か良い考えは無いかい?」と、マウス族の女盗賊が、尋ねた。
「そうだな。ここは、二手に分かれた方が、良いかも知れんな」と、ケッバーは、口にした。橋へ行く者と敵を惹き付ける者とに分かれた方が、目的を達成させ易いからだ。
「なるほど。良い考えだねぇ」と、マウス族の女盗賊が、称賛した。そして、「聞かせておくれ」と、促した。
「私の作戦では、河川敷の方で、派手に立ち回って貰い、その隙に、橋の下へ潜るという方法なんだが…」と、ケッバーは、考えを述べた。河川敷の方に、兵士やアフォーリーが居ると、考えられるからだ。
「確かに、あいつら、何だか、浮かれているみたいだねぇ」と、マウス族の女盗賊が、目を凝らしながら、告げた。
「“タクの切符”は、何枚有る?」と、ケッバーは、問うた。向こう岸へ渡るには、タクの切符頼みだからだ。
「そうだねぇ。四枚くらいかねぇ」と、マウス族の女盗賊が、回答した。
「なるほど。二手に分かれたら、各自の判断で、行動して貰う事になるな」と、ケッバーは、口にした。再集合は、難しそうだからだ。
「そうだねぇ。やる事やったら、逃げるのが、得策だろうねぇ」と、マウス族の女盗賊も、賛同した。
「なるほど。確かに、合流をするのは、厳しいだろうな」と、ボライオスも、理解を示した。
「どうせなら、ダーシモまで、切符で戻れば良いんじゃないんですか?」と、ソドマが、提案した。
「それもそうだな。使い切るくらいの数しか無いんだし、ダーシモなら、すぐに思い浮かべられるからな」と、ボライオスも、同意した。
「でも、あいつらを惹き付けるとなると、全員に取り囲まれるのなんて、あっと言う間だぞ」と、ヤッスルが、眉根を寄せた。
「確かに、援軍は当てに出来ないからな」と、ボライオスも、険しい表情をした。
「タクの切符が有るとは言え、この作戦は、どこら辺で、離脱をするかが、重要ですよね」と、ソドマも、真顔になった。
「橋で爆発が起きたら、迷わずに、切符を使えば良いんじゃないのか?」と、ケッバーは、提言した。橋を破壊する事が目的なので、囮役は、最後まで見届けなくても良いからだ。
「確かに、それならば、引き際って感じだな」と、ボライオスも、頷いた。
「音がしなくても、ヤバいと思ったら、使いな。無理は、禁物だよ」と、マウス族の女盗賊が、補足した。
「そうですね。旨く行かない時の事も、考えておくべきですね」と、ソドマも、同調した。
ケッバーは、マウス族の女盗賊を一瞥するなり、「ははは。きっと、成功するさ。幸運の女神がいるんだからね」と、にこやかに、口にした。雇われた以上は、何としても、成功させるつもりだからだ。
「へん! 煽てたって、何も出やしないよ!」と、マウス族の女盗賊が、否定した。そして、「そろそろ、行動に移るよ!」と、告げた。
「そうだな。じゃあ、俺とヤッスルとウルフ族の兄ちゃんとで、連中を惹き付けるとしよう」と、ボライオスが、申し出た。
「僕は、喧嘩は苦手なんだけど…」と、ソドマが、尻込みした。
「これは、喧嘩じゃないぜ! 無理に、全員を相手にしろって訳じゃない」と、ボライオスが、言い含めた。
「おいだって、戦いは好きじゃない。でも、出来る事は、やるつもりだ」と、ヤッスルも、口にした。
「そうですね。日和っている場合じゃないですね。僕も、付いて来た以上、善処します」と、ソドマも、聞き入れた。
「あんた、そのままで行くつもりかい?」と、マウス族の女盗賊が、ケッバーへ、問うた。そして、「流石に、顔出しは、不味いだろう」と、言葉を続けた。
「そうだな。これから、君達に協力するのだから、立場上、このままでは、不味いな」と、ケッバーも、応じた。
「この手拭いでも、巻いときな」と、マウス族の女盗賊は、小物入れから、豆絞り柄の手拭いを取り出すなり、差し出した。そして、「ダーシモ商工組合の粗品だけど、身元を隠すのに、使えるだろ?」と、補足した。
「すまんな」と、ケッバーが、受け取った。そして、頬っ被りをした。
「じゃあ、俺らから、河川敷の方へ行くとしようか!」と、ボライオスが、意気込んだ。
「おう!」と、ヤッスルとソドマも、即答した。そして、ボライオスの背中へ、右手を置いた。
「じゃあ、行って来るぜ!」と、ボライオスが、告げた。
その直後、「ちょっと待ちな!」と、マウス族の女盗賊が、呼び止めた。そして、「忘れ物だよ!」と、右手で、“タクの切符”を、二枚差し出した。
「へへへ…」ボライオスが、苦笑しながら受け取った。そして、「じゃあ、お先に!」と、一枚を二つに千切った。
次の瞬間、三人が消えた。
「じゃあ、あたいらも、行くとしようかね」と、マウス族の女盗賊も、告げるのだった。




