九三、下衆魔犬軍団の猛威
九三、下衆魔犬軍団の猛威
ドファリーム大陸北東部を領地とするローヴェナ公国の最北端に位置する貿易の街“ドレッド”が、“下衆魔犬”と呼ばれる魔犬の襲撃に晒されていた。
警備兵達は、真っ先に、エ・グリン侯爵邸の護りを固めて、下衆魔犬の襲撃を防いで居た。
見捨てられた街の者達は、次々に、下衆魔犬の餌食となって、肉片と化していった。そして、ティーサの酒場には、ティーサとウルフ族の戦士ゲラーナと鱗鎧の傭兵と蜥蜴族の戦士が、辛うじて、下衆魔犬を撃退して居た。
「くそっ! いったい、何処から、こんな魔犬が、湧いて来たんだろうさねぇ」と、ティーサは、不快感を露わにした。全く、魔犬の噂など、聞いた事が無いからだ。
「ぼやいたって、しょうがないでしょう。俺達を食べるまでは、帰る気無いみたいだしな」と、鱗鎧の傭兵が、皮肉った。
「ったく! こういう時の警備兵だろうにっ!」と、ティーサは、語気を荒らげた。街の警備兵が、一人も来る気配も無いからだ。
「まあ、大方、エ・グリンの邸でも、守って居るんだろうぜ」と、蜥蜴族の戦士が、吐き捨てるように言った。
「こう、数で来られちゃあ、あんたらが、いくら強くても、いずれは、殺られちまうさねぇ」と、ティーサは、弱音を吐いた。援軍が当てにならない以上、逃げる事も考えておかないといけないからだ。
「そうだな。都合良く、助けが来るとは、考えない方が良いな」と、ゲラーナも、同調した。
「団長達が居れば、潤滑に、逃げられるんだけどな」と、鱗鎧の傭兵が、ぼやいた。
「そうだな。キーちゃんが居るからな」と、蜥蜴族の戦士も、同調した。
「何だ? そのキーちゃんって?」と、ゲラーナが、興味津々に、問うた。
「黄龍だよ」と、蜥蜴族の戦士が、しれっと言った。
「へぇ〜。あんたらの傭兵団って、黄龍まで居るんだねぇ」と、ティーサは、感心した。まさか、黄龍を保有しているとは、思いもしなかったからだ。そして、「そりゃあ、黄龍が居れば、楽さね」と、納得した。
「でも、今は、黄龍が居ないんだから、どうにかして、逃げる事を考えんとな」と、ゲラーナが、指摘した。
「ティーサさん。抜け道は、無いか?」と、鱗鎧の傭兵が、尋ねた。
「う〜ん。全員は無理だけど、あんたらなら、抜け出せるよ」と、ティーサは、示唆した。腰を痛めているので、足手纏いになるだけだからだ。
「まさか、ティーサさんだけ残る気かい?」と、鱗鎧の傭兵が、素っ頓狂な声を発した。
「そうなるねぇ」と、ティーサは、落ち着き払って返答した。もう、覚悟は出来ているからだ。
「まさか、独りで突っ込もうって気じゃないよな?」と、ゲラーナが、恐る恐る尋ねた。
「ははは。あたいが飛び込んだところで、時間稼ぎにもなりゃしないよ!」と、ティーサは、一笑に付した。魔犬達に食い尽くされるのに、それ程、時間は掛からないだろうからだ。そして、「ここには、数日分の食べ物が有るから、奴らの餌になるのは、その後さねぇ」と、淡々と語った。立て籠もれば、魔犬達に来られても、持ち堪えてられるだろうからだ。
「ティーサさん。援軍を公爵様の所から、連れて来るよ!」と、ゲラーナが、申し出た。
「そうだな。旨く抜け出す事が、前提だけどな」と、鱗鎧の傭兵も、口添えした。
「ティーサさんを残して、タケ・バル団の団員としての名折れだ!」と、蜥蜴族の戦士も、奮い立った。
「あんたら、何か、勘違いしているんじゃないのかい?」と、ティーサは、指摘した。自分が、生き残る事を諦めているような物言いに聞こえたからだ。
「へ?」と、鱗鎧の傭兵と蜥蜴族の戦士が、顔を見合わせた。
「あたいは、あんたらが、応援を連れて来る方に、賭けようと思ったんさね」と、ティーサは、溜め息を吐いた。そして、「だから、数日以内に戻って来いって、言っているんさねぇ〜」と、語った。どうやら、戻って来そうもない雰囲気だからだ。
「確かに、腰を痛めているティーサさんじゃあ、一緒に脱出というのは、難しいかもな」と、鱗鎧の傭兵が、意図を理解した。
「お恥ずかしい…」と、蜥蜴族の戦士も、苦笑した。
「数日となると、この街を出てから戻るのに、早くても、三日は掛かるだろうな」と、ゲラーナが、表情を曇らせた。
「三日か…」と、ティーサは、眉間に皺を寄せた。外の魔犬が、大人しくしてくれるかどうか、判らないからだ。
「誰かは、残るべきじゃないのか?」と、鱗鎧の傭兵が、提言した。
「あんた、食料が無くなったら、酒しかないんだよ。すぐに酔い潰れちまう奴に居られても、あたいの計算が、狂っちまうさね」と、ティーサは、難色を示した。あまり、食い扶持は、増やしたくないからだ。
「ティーサさんの言う通り、余計な事は、しない方が良いだろう。残る人数が増えると、猶予期間が、短くなるからな」と、蜥蜴族の戦士が、補足した。
「た、確かに…」と、鱗鎧の傭兵が、理解を示した。
「俺達は、一刻も早く、街を抜け出す事を優先するとしよう」と、ゲラーナが、口にした。
「しかし、こちらも、相当な傷を受けないといけないだろうな」と、鱗鎧の傭兵が、深刻な顔をした。
「そうだな。食い付かれたら、最後だからな」と、蜥蜴族の戦士も、同調した。
「奴らの盲点となる所を見付けるしかないだろうな」と、ゲラーナも、険しい表情で、腕を組んだ。
「あの犬っころ共は、屋根の上には、来て居ないみたいさねぇ」と、ティーサは、見解を述べた。周囲を彷徨いて居るだけで、屋根の上から物音を聞いていないからだ。
「屋根伝いに移動出来れば、奴らの裏を突けるって事だな」と、鱗鎧の傭兵が、口元を綻ばせた。
「なるほど。そいつは、気が付かなかったぜ」と、ゲラーナも、苦笑した。
「確かに、魔犬共には無い盲点かも知れませんね」と、蜥蜴族の戦士も、理解を示した。
「しかし、臭いで、気付かれちまうんじゃないのか?」と、ゲラーナが、冴えない表情となった。
「確かに。連中、鼻が良さそうだからな」と、鱗鎧の傭兵も、顔を顰めた。
「確かに、臭いでバレちゃあ、意味が無いな」と、蜥蜴族の戦士も、溜め息を吐いた。
「ふふふ」と、ティーサは、含み笑いをした。嗅覚が優れた魔物ならば、取って置きの策が在るからだ。
「ティーサさん。何かしらのお考えが、有りそうですね?」と、ゲラーナが、察した。
「話して下さいよぉ~」と、鱗鎧の傭兵も、興味を示した。
「そうさねぇ。これを持って行きな!」と、ティーサは、背後の棚から、八本の黄色い瓶を両手の指の間に挟みながら、仕切り台の上へ並べた。そして、「これは、花黄岩を、東洋の酒に浸して、醸造した酒なんだよ。気付かれて、やばくなったら、鼻っ面へ、ぶち撒けてやるさね!」と、したり顔で、告げた。この店の中で、一番、刺激臭の有る酒だからだ。
「確かに、外に居る連中には、有効だろうな」と、ゲラーナが、含み笑いをした。
「まあ、見付からない事に越した事はないだろう」と、蜥蜴族の戦士が、口にした。
「確かに」と、鱗鎧の傭兵とゲラーナが、同調した。
「まあ、使いどころを考えるさね。多分、邪魔にはならないだろうさね」と、ティーサは、淡々と言った。使い方一つで、有利にも、不利にもなるからだ。
「俺が、ちょっと、上から見て回ろう」と、蜥蜴族の戦士が、申し出た。
「そうだな。お前か、ポットンが、よく、偵察して居たもんな」と、鱗鎧の傭兵も、同意した。
「あの東の国のバニ族の姫さんと居たラット族の奴も、屋根の上から探りを入れて居たな」と、ゲラーナが、補足した。
「あたしゃあ、あいつの敵になるのは、ごめんだね」と、ティーサは、頭を振った。全盛期の時でも、勝てそうにないからだ。
「確かに。俺も、あいつだけは、別格だな」と、ゲラーナも、すんなりと頷いた。
「俺は、暗くなる前に、下見に行って来るぜ」と、蜥蜴族の戦士が、店の奥へ移動するのだった。




