八、痕跡
八、痕跡
王都の南の森から、火の手が上がっているとの一報を受け、ケッバーと火消し要員の魔術師見習いの茶髪のバニ族の娘のウェドネスとラット族で、生臭坊主のポットンが、黄竜の背に乗って、急行して居た。
「ケッバーさんよ、幾らで、この任務を受けたんだよ?」と、ポットンが、尋ねた。
「そうそう。デヘルの連中って、どうも、あたいらを下にしか見て居ないから、いけ好かないんだよね〜」と、ウェドネスも、口添えした。
「そうぼやくな。戦とは、博打のようなものだ。それに、我らは、新参者であり、吹っ掛けられる立場じゃない」と、ケッバーは、淡々と言った。そして、「信用を失ったら、やって行けなくなるからな」と、補足した。信用第一だからだ。
「でも、森の火災なんて、森の民に消させておけば、良いんじゃないのさ」と、ウェドネスが、ぼやいた。
「そうそう。案外、ドナ国の罠かも知れないよ」と、ポットンも、同調した。
「夜襲の為のものかも知れんから、我々が、偵察に向かっている訳だ。それに、デヘルと長々と組む気は無い」と、ケッバーは、口にした。頃合いを見計らって、縁を切ろうと思って居るからだ。
「あたい、賛成! 今にでも、縁を切ってやりたいくらいだわ!」と、ウェドネスが、同調した。
「おいおい。今、縁を切っちまうと、違約金を請求されちまうぜ!」と、ポットンが、語気を荒らげた。
「早とちりするなよ。長々付き合う気が無いだけで、今すぐに、縁を切ろうって訳じゃないんだからよ」と、ケッバーは、考えを述べた。今の段階では、縁を切る必要は無いからだ。
「ウェドネス、短気は、損気だぜ」と、ポットンが、冷やかした。
「うっさいわね! 別に、短気を起こした訳じゃないし!」と、ウェドネスが、言い返した。
「二人共、お喋りは、それくらいにしろ。そろそろ、現場だぞ」と、ケッバーは、窘めた。火災現場を視界に捉えたからだ。そして、「俺は、先に行って居る。何処か、適当な場所を見付けたら、現場で、合流しよう」と、立ち上がった。
「あいよ!」と、ウェドネスが、即答した。
「ウェドネス、着陸は、丁寧にやって下さいよ」と、ポットンが、要求した。
「文句が有るんだったら、団長と一緒に降りたらどう?」と、ウェドネスが、にこやかに促した。
「そ、それは、ちょっと…」と、ポットンが、口籠った。
「後でな!」と、ケッバーは、飛び下りた。少しして、勢いそのままに、滑空した。間も無く、両手で、進行上の枝を持つなり、半回転して、放した。その直後、上方へ向かって行った。そして、頂点で、体勢を整えて、先刻掴んだ枝へ飛び乗った。そこから、現場の方を見やり、「どうやら、集落のようだな」と、見解を述べた。その後、すぐさま、幹を伝って、地面に下り立つなり、集落へ歩を進めた。しばらくして、集落の入口へ辿り着いた。そこで、住民やチャブリンの遺体が、転がっているのを、目の当たりにした。だが、傭兵稼業をしている手前、珍しくなかった。よく目にする光景だからだ。
そこへ、「おい! これは、お前が、やったのか?」と、背後から、ね野太い男の声がした。
ケッバーは、振り返り、「俺も、今、ここへ着いたばかりだ」と、返答した。その直後、視線の先に、毛皮の胴着に、マサカリを背負った巨漢のブヒヒ族が居た。そして、「俺は、デヘルに雇われている傭兵で、ケッバーだ」と、名乗った。
「デヘルの傭兵?」と、巨漢のブヒヒ族が、睨みを利かせた。そして、「面白半分に、ここまで来たのか?」と、詰問した。
「う〜ん。一応、火消しに来たのだがな…」と、ケッバーは、落ち着き払って、事情を述べた。隠す必要も無いからだ。
「嘘つけ! 王都を襲撃したのも、デヘルなんだろ!」と、巨漢のブヒヒ族が、怒鳴った。そして、「こんな集落までも…」と、言葉を詰まらせた。
「この件は、別物だと思うぞ」と、ケッバーは、異を唱えた。デヘルの依頼で、来ているからだ。そして、「デヘルは、チャブリンを使役していないからな」と、語った。自分の知り得る限りでは、今回の作戦に、チャブリンの部隊の投入を確認して居ないからだ。
「どうだかな」と、巨漢のブヒヒ族が、ぶっきらぼうに言った。
「疑がいたければ、疑うがいい。俺が着く前から、燃えていたんだからな」と、ケッバーは、毅然とした態度で告げた。疾しいところなど、一つも無いからだ。
「ふん。嘘かどうかは、中を見て回りゃあ、判る事だ」と、巨漢のブヒヒ族が、つっけんどんに言った。
「そうだな。俺も、やっていない事で、怨まれるのは、嫌だからな」と、ケッバーも、口にした。納得して貰うしかないからだ。
「面白ぇ。目の前で、証拠を突き付けてやる!」と、巨漢のブヒヒ族が、息巻いた。
「気の済むようにやれば良いさ」と、ケッバーは、溜め息を吐いた。本人に、納得して貰わない限り、解決はしないからだ。
「付いて来い!」と、巨漢のブヒヒ族が、先立って、進入した。
少し後れて、ケッバーも、続いた。
二人は、板塀に沿って、右回りに、外周を調べ始めた。しばらくして、中央の広場へ行き着いた。そこには、頭部を射抜かれて、胸を貫かれたム・チャブリンの遺骸が、転がって居た。
「どうやら、おいの早とちりのようだな」と、巨漢のブヒヒ族が、見解を述べた。そして、「疑って、悪かった」と、陳謝した。
「へ、分かってくれりゃあ、それで良い」と、ケッバーも、聞き入れた。誤解さえ解ければ良いからだ。
「ム・チャブリンめ! 大それた事をしやがって!」と、巨漢のブヒヒ族が、右足で、屍を蹴り上げた。
ム・チャブリンの骸が、高々と放物線を描きながら、前方の炎上する家屋の屋根を突き破って行った。そして、煙が、上がった。
「おいが、もう少し、早く帰って居れば…」と、巨漢のブヒヒ族が、悔やんだ。
「しかし、ム・チャブリンを倒したのは、いったい、誰なんだろうな」と、ケッバーは、指摘した。ム・チャブリンのこめかみを的確に射抜いて居たからだ。そして、「かなりの使い手なんだろうな」と、言葉を続けた。
「だとすると、あいつしか居ないな」と、巨漢のブヒヒ族が、仄めかした。
「心当たりでも有るのか?」と、ケッバーは、興味を示した。何者なのか、会ってみたいからだ。
「ブーヤンという男勝りの女だ」と、巨漢のブヒヒ族が、目を細めた。そして、「あいつ、大丈夫なんだろうか?」と、身を案じた。
「遺体が無いのなら、一応、生きて居るんじゃないのか?」と、ケッバーは、見解を述べた。弓使いらしき者の骸は、目にして居ないからだ。
「そりゃあ、あいつは、チャブリンなんぞには、そう易々と殺られたりはしない筈だ…。しかし、怪我をして、何処かに隠れて居るかも…」と、巨漢のブヒヒ族が、言葉を詰まらせた。
「独りだと、その可能性も、有り得るな」と、ケッバーも、頷いた。数で来られると、無傷では済まないだろうからだ。そして、「彼女が、身を寄せそうな場所は無いのか?」と、尋ねた。隠れ家のような場所が、在るような気がするからだ。
巨漢のブヒヒ族が、はっとなり、「確か、森の奥に、ズニ様の庵が在ったな」と、告げた。
「ここを真っ直ぐ奥へ行けば、裏口だったな」と、ケッバーは、口にした。そして、「ズニ様の所へは、どれくらい掛かる?」と、問うた。成り行き次第では、同行する事になるかも知れないからだ。
「今からだと、真夜中は過ぎるかもな」と、巨漢のブヒヒ族が、回答した。そして、「まあ、ブーヤンが、向かって居たらの話だけどな…」と、補足した。
「確かに」と、ケッバーも、相槌を打った。推測でしかないからだ。
そこへ、「団長、遅くなりました!」と、ウェドネスの声が、後方からして来た。
ケッバーは、すかさず、その方を見やった。程無くして、ウェドネスとポットンが、近付いて来ているのを確認した。そして、「そんなに、待ってないぞ」と、返答した。
「あの二人は、あんたの仲間か?」と、巨漢のブヒヒ族が、尋ねた。
ケッバーは、向き直り、「ああ。大切な仲間だ」と、応じた。信頼しているからだ。
「そうか」と、巨漢のブヒヒ族が、理解を示した。
間も無く、二人も、合流した。
「団長、この大きなブヒヒ族は?」と、ウェドネスが、興味津々に、問い掛けた。
ケッバーは、これまでの経緯を説明した。
しばらくして、「ふ〜ん。この火事って、魔物の仕業って事なのね」と、ウェドネスが、状況を把握した。
「ここのチャブリンは、火を恐れないのですかねぇ〜」と、ポットンが、怪訝な顔をした。
「厶・チャブリンの指示で、火を点けて回ったんだと思うぜ」と、巨漢のブヒヒ族が、口を挟んだ。
「なるほど。しかし、厶・チャブリンの姿がありませんが…」と、ポットンが、訝しがった。
「おいが、さっき、蹴飛ばしたからよ!」と、巨漢のブヒヒ族が、得意顔で、正面奥の家屋を、右手で指した。
その瞬間、「ほ、本当ですかっ!?」と、ポットンが、両目を見開いて、驚嘆した。
「本当だ」と、ケッバーは、肯定した。一部始終を見て居たからだ。
「まあ、団長が、そう仰られるのでしたら、間違い無いんでしょうね」と、ポットンが、納得した。そして、「生存者は、居られるのですか?」と、問うた。
「残念ながら、居ないよ」と、ケッバーは、頭を振った。チャブリン以外の死骸は、原形を留めて居なかったからだ。
「はぁ〜。無駄足でしたか…」と、ポットンが、溜め息を吐いた。
「そうとも言えんぞ」と、ケッバーは、否定した。そして、お前には、別行動を取って貰う事になるがな」と、示唆した。巨漢のブヒヒ族の言葉が、気になって居るからだ。
「そりゃあ、どういう意味です?」と、ポットンが、小首を傾いだ。
「ブヒヒ族の方とお仲間の捜索に行って貰おうかと思ってな」と、ケッバーは、考えを述べた。もしもの場合に備えて、ポットンを同行させておいた方が良いからだ。
「あんたの仲間を貸してくれるのかい?」と、巨漢のブヒヒ族が、信じられない面持ちで、尋ねた。
「ああ」と、ケッバーは、力強く頷いた。
「ありがてぇ!」と、巨漢のブヒヒ族が、礼を述べた。
「早く追うと良い。大事になる前にな」と、ケッバーは、促した。容体が判らない以上、一刻も早く向かわせた方が良いからだ。
間も無く、二人が、正面奥の路地へ消えた。
「団長、あたいらも、火を消しましょう!」と、ウェドネスが、進言した。
「そうだな」と、ケッバーも、同意するのだった。