八六、黄刃剣の行方
八六、黄刃剣の行方
覇偈は、剣士の若者と子供の女戦士と共に、王都の西側の森へ、駆け込んだ。そして、すぐさま、正面奥の繁みへ、飛び込んだ。
間も無く、数名のデヘル兵が、林道に現れた。
「奴ら、この辺りに来た筈だ!」と、鉄の胸当てをした兵士が、告げた。
「隊長。あんまり、深追いは、しない方が良いかと…」と、鎖帷子の兵士が、意見した。
「貴様! 賊を逃がすと、俺が、アフォーリー様に怒られるんだぞ!」と、鉄の胸当ての兵士が、怒鳴った。
「まあ、本陣まで、滅茶苦茶にされたんですから、怒られるのは、確定ですね…」と、鎖帷子の兵士も、同調した。
「アフォーリー様が戻られる前に、賊を見付けなければ、俺らが、ヤバいんだぞ!」と、鉄の胸当ての兵士が、喚いた。
「しかし、我々の任務は、占領地の防衛ですよ。賊捜しに、兵を回して、残党に攻め込まれたら、多分、守り切れませんよ」と、鎖帷子の兵士が、苦言を呈した。
「それも、そうだな。ひょっとすると、俺らを分散させて、攻め込む気満々なんだろうな」と、鉄の胸当ての兵士が、落ち着きを取り戻した。
「そうかも知れませんね。わざと暴れて、攪乱させるのが、目的だったのかも知れませんよ。茶竜隊のほとんどが、アフォーリー様達の川を渡れるように、支援へ向かっちゃいましたからね」と、鎖帷子の兵士が、語った。
「くっ! 茶竜隊が戻って来るまでは、守りを固めておくしかないな…」と、鉄の胸当ての兵士が、悔しがった。
「まあ、賊に逃げられても、奪還させなければ良いんですよ」と、鎖帷子の兵士が、あっけらかんと言った。
「そうだな」と、鉄の胸当ての兵士も、同意した。そして、「皆の者。戻って、守備を固めるぞ!」と、告げた。
「おーっ!!」と、残りのデヘル兵達も、呼応した。
程無くして、デヘルの一団が、引き揚げた。
しばらくして、「な、何とか、助かったみたいだな」と、剣士の若者が、胸を撫で下ろした。
「ふん! あれぐらいの数など、わしが伸してやったのに!」と、子供の女戦士が、語気を荒らげた。
「確かに、そなたらの実力ならば、退けられたであろう」と、覇偈も、頷いた。茶竜を倒せる実力者ならば、造作も無い事だろうからだ。そして、「今は、その力を、温存して欲しいでござる」と、告げた。二人の力を、無益な戦いに使うべきではないからだ。
「ほう。温存と申すからには、何か、考えが在るようじゃのう」と、子供の女戦士が、指摘した。
「うむ。拙者の主に会って貰いたいでござる」と、覇偈は、真意を述べた。一刻も早く、ルセフに会わせたいからだ。
「あんた、正気か? 得体の知れない俺達を、主人に会わせるなんてよ!」と、剣士の若者が、怪訝な顔をした。
「茶竜を倒されたお手並みを拝見した手前、どうしても、お連れしたいと…」と、覇偈は、口にした。若者の茶竜を倒した腕前に、惚れ込んだからだ。
「お主、日和って居るのか?」と、子供の女戦士が、冷やかした。
「う〜ん」と、剣士の若者が、押し黙った。
「拙者も、頼めた義理ではない。無理ならば、ここで別れるとしよう」と、覇偈は、提言した。剣士の若者の気持ちも、尊重しなければ、ならないからだ。
「わしは、お前に付いて行くぞ。さっきの連中を伸せなかったので、些か、消化不良だからのう」と、子供の女戦士が、意思を表明した。
「いや。協力するのが、嫌じゃないんだ…」と、剣士の若者が、口にした。そして、「盗まれた黄刃剣の行方が、気になってね…」と、理由を述べた。
「それは、何でござるか?」と、覇偈は、問うた。想像が付かないからだ。
「黄色い刀身の剣なんだ。盗賊に掏られちゃってね…」と、剣士の若者が、語った。
「そうでござるか。それは、災難でござったな」と、覇偈は、眉根を寄せた。他に、言葉が、思い付かないからだ。
その直後、「きゃははは! 何とも、間抜けな話じゃろ! 財布ならまだしも、剣を掏られるのじゃからな!」と、子供の女戦士が、笑い転げた。
「確かにな…」と、覇偈も、同調した。剣を掏られる者なんて、そうそう居るものではないからだ。
「わ、笑うな!」と、剣士の若者が、怒鳴った。
「その者は、只者ではなさそうでござるな」と、覇偈は、口にした。そして、「心当たりは、無いでござるか?」と、尋ねた。興味が唆られるからだ。
「う〜ん」と、剣士の若者が、腕組みをした。
「本当に、盗賊かのう〜?」と、子供の女戦士が、疑った。
「拙者も、盗賊が単独で剣を掏るのは、難しいと思うな」と、覇偈も、眉根を寄せた。何人かでないと、剣を掏る事は、出来ないと考えられるからだ。
「そう言えば、柄の悪い連中に絡まれて居ったかのう」と、子供の女戦士が、口を挟んだ。
「そう言えば、この街へ来る手前の峠で、茶色い法衣の司教と茶色い長衣の魔法使いに、絡まれたな」と、剣士の若者が、淡々と語った。
「茶色い司教と魔法使い…?」と、覇偈は、眉を顰めた。そして、「まさかな…」と、呟いた。ぢゃぢゃ丸が、関係しているかも知れないからだ。
「お主。何か知って居るんじゃあ、あるまいな?」と、子供の女戦士が、睨み付けた。
「黄刃剣の事は知らんが、一人だけ、疑わしい奴が居る」と、覇偈は、回答した。最近、金に困って居た感じだったからだ。
「そいつに、会わせて貰えるか?」と、剣士の若者が、問うた。
「うむ。茶竜から助けて貰った恩が在るので、会わせるござる」と、覇偈は、約束した。ぢゃぢゃ丸の疑いを晴らさなければならないからだ。
そこへ、繁みの奥から、無数の黄色い触手を持った茶色いうねうねした怪物が、現れた。
「黄色い触手の茶色い陸巾着!!」と、剣士の若者が、身構えた。
「ふん。丁度、暴れたいと思ってたところなんじゃ!」と、子供の女戦士が、剣を抜くなり、斬り掛かった。
「ワケキューレ、止めろっ!」と、剣士の若者が、叫んだ。
「もう、遅いわっ!」と、ワケキューレが、勢いそのままに、突っ掛かった。
間も無く、茶色い陸巾着が、無数の触手を軟化させて、受け止めた。そして、刀身へ絡めるなり、動きを封じた。
「うぬぬ…!」と、ワケキューレが、引き戻そうと躍起になった。
「あの物怪の退治法は、在るでござるかな?」と、覇偈は、尋ねた。指を咥えて、見て居る訳にもいかないからだ。
「本体へ、攻撃が通れば良いんだけど、斬撃だと、触手に阻まれて、通らないんだ」と、剣士の若者が、溜め息を吐いた。
「確かに、あの触手は、厄介でござるな」と、覇偈も、頷いた。そして、「他に、方法は?」と、質問した。このままでは茶色い陸巾着の餌食になるのも、時間の問題だからだ。
「多分、あいつは、火に弱い筈だ…」と、剣士の若者が、自信無さげに言った。
「ワケキューレ殿が、剣を手放さない限り、火は使えんでござるな」と、覇偈は、眉根を寄せた。火の術を使えば、ワケキューレを巻き添えにするかも知れないからだ。
「そうだな」と、剣士の若者も、生返事をした。そして、「黄刃剣が在れば…」と、ぼやいた。
「無い物を言ってても、仕方が無いでござる」と、覇偈は、指摘した。そして、「先刻、ワケキューレ殿が、火の術を使って居たような」と、口にした。
「いや。もう、使えないよ」と、剣士の若者が、頭を振った。
「どうしてでござる?」と、覇偈は、眉を顰めた。解せないからだ。
「ワケキューレは、一日一回しか、魔法が使えないんだよ」と、剣士の若者が、冴えない表情で、理由を述べた。
そこへ、デヘ顔のぷるんとした魔物が、通りがかった。
その瞬間、「こいつの脂なら、何とかなるかも知れないな」と、剣士の若者が、口元を綻ばせた。
「確か、“デヘイム”とか申す魔物でござったな…」と、覇偈は、眉根を寄せた。脂でぎとぎとしていて、あまり、好ましくないからだ。
「まあ、見ててくれ」と、剣士の若者が、デヘイムへ、距離を詰めた。そして、「やあっ!」と、数歩踏み込んで、一刀両断した。
「脂塗れでござるな…」と、覇偈は、表情を曇らせた。デヘイムの脂で、刀身が、ぎとぎとしているからだ。
その直後、「ワケキューレ、離れろ!」と、剣士の若者が、指示した。
「ふんっ!」と、ワケキューレが、すんなりと手放して、跳び退った。
「あんた、火種のような物は?」と、剣士の若者が、尋ねた。
「今日は、持ち合わせてないでござる…」と、覇偈は、返答した。見張りが主だったので、最小限の物しか持って居ないからだ。
「ちっ! 火花でも起こせりゃあ、いいんだが…」と、剣士の若者が、ぼやいた。
「火花くらいなら、起こせるでござる!」と、覇偈は、力強く言った。理由は、判らないが、火打ち石が無くても、火花を出す術は、存じているからだ。
「そうか。だったら、この剣を、わざと奴の触手に絡ませるから、ワケキューレの剣へ、硬い物を当ててくれ」と、剣士の若者が、要請した。
「承知」と、覇偈は、快諾した。剣士の若者の指示に従うだけだからだ。
その直後、剣士の若者が、速やかに、茶色い陸巾着の傍まで、歩み寄った。そして、右手で、剣を差し向けるなり、「おい! こっちだ!」と、挑発した。
程無くして、茶色い陸巾着が、反応するなり、刀身へ、触手を伸ばした。そして、見る見る内に、無数の触手で、刀身を覆った。
剣士の若者が、あっさりと手放すなり、後退って、距離を取った。そして、ある程度離れた所で、「今だ!」と、声を発した。
その瞬間、「承知!」と、覇偈は、八方手裏剣を、ワケキューレの剣の柄へ目掛けて、打った。間も無く、柄尻の部分へ、命中させた。そして、火花が生じた。
その刹那、剣士の若者の剣が、激しく燃え上がった。
「どうだ? デヘイムの脂は?」と、剣士の若者が、口にした。
「火花で、こんなに燃えるとは…」と、覇偈は、目を見開いた。火花で、こんなに燃え上がるとは、思いもしなかったからだ。
「デヘイムの脂って、着火剤として、有名なんだぜ。錬金術で、火器系の物に、よく使われているぜ」と、剣士の若者が、得意気に語った。
「そ、そうでござるか…」と、覇偈は、冴えない表情で、聞き入れた。初耳だからだ。
「何も、わしの剣まで燃やす事もないじゃろう!」と、ワケキューレが、憤慨した。
「いや、その…」と、剣士の若者が、気圧された。
その間に、茶色い陸巾着が、消し炭となった。
「ワケキューレ殿。拙者が、あの物怪を仕留める術を持ち合わせて居らなかったので、すまないでござる…」と、覇偈も、神妙な態度で、詫びを入れた。自分も、共犯だからだ。
「お主は、悪くない! そこの埴猪口の指示に、従ったまでじゃからのう」と、ワケキューレが、頭を振った。そして、「あれは、父から授かった大事な一振りじゃからな」と、口にした。
「父上の形見でござったか…」と、覇偈は、言葉を詰まらせた。大事な剣を燃やしてしまったからだ。
「いや。封印された奴らの討伐の為に、父が、力を込めた“神剣”じゃ」と、ワケキューレが、したり顔で、語った。
「“真剣”でござるか…」と、覇偈は、表情を曇らせた。唯一無二の物を、駄目にしてしまったからだ。
「仕方無いだろ! 君が、何も考えないで、突っ掛かって行ったんだからさ」と、剣士の若者が、指摘した。
「んだと!」と、ワケキューレも、すかさず、睨み返した。
「ちょっと待つでござる!!」と、覇偈は、慌てて、仲裁に入った。二人が争うのは、不利益でしかないからだ。そして、「取り敢えず、消し炭の中からでも、取り出してみては、どうでござるか?」と、提案した。残骸くらいなら、在るかも知れないからだ。
「そうじゃな。燃え尽きて居ったなら、諦めも付くからのう」と、ワケキューレも、顰めっ面で、聞き入れた。
「代わりの物とはいかないまでも、俺が弁償するよ」と、剣士の若者が、告げた。
「では、拙者が、掘り起こしてみるでござる」と、覇偈は、苦無を逆手に持ちながら、消し炭になった茶色い陸巾着の遺骸へ、歩を進めた。そして、ワケキューレの剣が埋まって居ると思う場所を掘り始めた。少しして、金属の感触が、苦無の先から伝わった。その瞬間、「ひょっとして…」と、掘り返した。間も無く、曇りの無い炭の付着した金属が、視界に入った。その刹那、ニヤリとした。ワケキューレの剣に違い無いと確信したからだ。
その間に、剣士の若者も、来て居り、「あれだけの炎で、溶けた形跡も無いようだね」と、安堵した。
「ふん。唯一無二の“神剣”じゃからのう」と、ワケキューレが、意気揚々と口にした。
「確かに、良い業物でござるな」と、覇偈も、同調した。一部ではあるが、熱による劣化は、見られないからだ。
「ついでに、俺の剣も、掘ってくれないか?」と、剣士の若者が、要請した。
「承知」と、覇偈は、承諾した。ついでだからだ。しばらくして、硬い物に当たる手応えが有った。そして、その場所を掘った。程無くして、黒ずんだ細長い棒のような物を掘り当てた。その瞬間、「残念ながら、使い物にならんようでござるな」と、見解を述べた。ワケキューレの剣と違って、先刻の炎の熱により、刀身のほとんどが、熱劣化で、ボロボロになっていたからだ。
「まあ、そうなるわな」と、剣士の若者が、あっけらかんと言った。
「すまぬでござる…」と、覇偈は、詫びた。結果的に、若者の剣を駄目にしてしまったからだ。
「いや、気にしないでくれ。黄刃剣を見付けるまでの繋ぎ剣だったんだからさ」と、剣士の若者が、取りなした。
「しかし…」と、覇偈は、俯いた。剣士の若者が構わなくても、このままという訳にはいかないからだ。
「埴猪口の剣が、駄目になる度に、気にして居ちゃあ、身が持たんぞ」と、ワケキューレが、口を挟んだ。
「そうでござるな」と、覇偈も、相槌を打った。このような戦い方は、効率が悪いからだ。
「俺だって、こんな戦い方は、したくねえよ! そもそも、黄刃剣を掏った奴が悪いんだからよ!」と、剣士の若者も、ぶっきらぼうに、言い返した。
「剣士殿。もう一度、尋ねるでござるが、茶色い司教と魔術師以外に、誰か見なかったでござるか?」と、覇偈は、問い質した。ぢゃぢゃ丸の疑いを晴らせるかも知れないからだ。
「ああ。その二人だけだ。奴らと別れた後で、腰に無い事に気が付いたんだ」と、剣士の若者が、眉間に皺を寄せた。
「ワケキューレ殿は、その場に居たでござるか?」と、覇偈は、尋ねた。ワケキューレが、知っているかも知れないからだ。
「いや。わしは、埴猪口が、丸腰で、岩猪に追われているところへ、出食わしたものでな」と、ワケキューレが、回答した。
「剣士殿。ひょっとすると、“催眠術”を掛けられていたのかも知れないでござるぞ」と、覇偈は、告げた。催眠術のようなものでも掛けられて居たのなら、堂々と掏られていても、おかしくないからだ。
「つまり、司教か魔術師のどちらかに、魔術を掛けられて居たって事かっ!」と、剣士の若者が、悔しがった。
「ふ〜む。一見、間抜けな話に聞こえるが、魔術に掛かって居ったのならば、性質が悪いのう」と、ワケキューレも、理解を示した。
「拙者としては、その方が、合点が行くでござるが…」と、覇偈は、考えを述べた。盗賊ならば、掏る物の価値を見定めてから、行動すると考えられるからだ。そして、「盗賊に掏られたと思い込まされて居たのかも知れないでござるな」と、補足した。盗賊の所為に見せ掛けて、真犯人は、逃げる時間を稼ぎたかったのかも知れないからだ。
「わしも、気を付けんといかんのう」と、ワケキューレも、気を引き締めた。
「安心しろよ。君の剣は、黄刃剣よりも、価値は無いだろうから、そんなに用心しなくても良いと思うよ」と、剣士の若者が、上から目線で言った。
「何をっ!」と、ワケキューレが、激昂した。そして、「この場で、叩き斬ってやるわっ!」と、剣を掘り出した。
「ちょっと、待つでござる!」と、覇偈は、再び、割り込んだ。そして、「剣士殿。少々、言葉が過ぎるでござるぞ」と、窘めた。自分の持ち物を貶されるのは、ワケキューレでなくとも、頂けないからだ。
「そ、そうだな…」と、剣士の若者が、素直に認めた。そして、「俺が、図に乗っていたよ…。すまん…」と、詫びた。
「ワケキューレ殿。今回は、剣を収めて頂けないでござろうか?」と、覇偈は、要請した。くだらない喧嘩で、戦力を減らすのは、勿体無いからだ。
「ふん!」と、ワケキューレが、不満顔で、剣を収めた。そして、「次に舐めた事を抜かすと、容赦無く叩き斬るからのう」と、仏頂面で、告げた。
「わ、分かったよ…」と、剣士が、表情を強張らせた。
「剣士殿。そなたは、丸腰の状態でござるから、口を慎むでござる」と、覇偈は、忠告した。ルセフの下へ着くまでは、波風立てられたくないからだ。
「そ、そうだな…」と、剣士の若者が、苦笑した。
「二人共、拙者に付いて来るでござる。一刻も早く、王子に引き会わせたいので…」と、告げた。のんびりして居られないからだ。
間も無く、三人は、森の奥へと進むのだった。




