八二、覇偈、動く
八二、覇偈、動く
覇偈は、ぢゃぢゃ丸が、びっこを引きながら、小道の繁みの中へ入るのを見届けた。そして、「あいつ、着地に失敗したけど、大丈夫か?」と、眉根を寄せた。着地の際に、足を挫いたのを視認したからだ。
その直後、茶竜達が、次々に、上昇を始めた。そして、南の方へ旋回して、飛び去った。
「あいつ、中々出て来ないが、大丈夫か?」と、覇偈は、心配した。このままだと、尾行に支障が生じるかも知れないからだ。
しばらくして、ぢゃぢゃ丸の入った繁みから、猛々しい速度で、手押し車が、飛び出した。そして、勢いそのままに、小道を左へ曲がるなり、運動場へ向かって行った。
「おいおい。これじゃあ、尾行にならないじゃないか…」と、覇偈は、表情を曇らせた。敵に、存在を誇示するようなものだからだ。そして、「おいおい…」と、顔を顰めた。天幕の在る運動場へ、乱入する事となったからだ。
しばらくして、手押し車が、天幕へ突進した。
「あいつ、何がしたいんだ?」と、覇偈は、眉間に皺を寄せた。乱心でもしたのかと思ったからだ。
瞬く間に、天幕の中へ、手押し車が、正面口から突っ込んだ。しかし、すぐに、反転して出て来た。
程無くして、天幕が、ぺしゃんことなり、火の手が上がり始めた。
「やるな!」と、覇偈は、称賛した。本陣を荒らしておけば、指揮系統を混乱させられるからだ。そして、「あいつ、尾行と称して、あのような事まで企んで居たとは…」と、感心した。本陣の攪乱までは、想定していなかったからだ。
その間に、手押し車が、小道へ進入するなり、運動場を後にした。
「茶竜と本陣の混乱している今が、好機かも知れんな」と、覇偈は、口元を綻ばせた。デヘルから、王都を奪回するには、最良の頃合いだからだ。そして、すぐさま、行動に移った。程無くして、地下牢入口の屋根へ、着地した。
その直後、地下牢入口の前へ、三人の男女が、転移した。
「ルーマ・ヤーマ。この奥に、二人が入ったのね?」と、真ん中のお下げ髪の年増の女が、尋ねた。
「ああ。途中までだが、俺の素目補が、尾行していたのは、間違い無い」と、右側の魔導師が、力強く言った。
「ダ・マーハ様とネデ・リムシー様は、この奥で、何を?」と、ボサボサ頭の司祭が、好奇心を剥き出して居た。
覇偈は、気配を消して、聞き耳を立てた。動向が、気になるからだ。
「さあな。私にも、さっぱりだ…」と、ルーマ・ヤーマが、力無く答えた。
「どうせ、聞いたって、教えてくれないでしょう。あたし達で、直に見た方が、手っ取り早いわよ」と、お下げ髪の女が、意気込んだ。
「そうだな。結界の張られている所まで行くのも、良いかも知れんな」と、ボサボサ頭の司祭も、同調した。
「しかし、二人が、中に居たら…」と、ルーマ・ヤーマが、躊躇った。
「その時は、その時よ! 何を企んでいるのか、把握しておきたいからね」と、お下げ髪の女が、あっけらかんと口にした。
「そうだな。助けられた恩は有るにせよ、隠し事をされるのは、頂けんからな」と、ルーマ・ヤーマも、同意した。
「まあ、この先、何が待ち受けて居ようとも、我々三人ならば、何とかなるだろう」と、ボサボサ頭の司祭も、意気揚々に告げた。
間も無く、三人組が、地下牢へ向かって下った。
「奴らは、いったい、何者なんだ?」と、覇偈は、小首を傾いだ。デヘルとは、別の連中だからだ。そして、「ルセフ様に、この事も、伝えなければならんな」と、眉間に皺を寄せた。三人組の尾行よりも、デヘルの本陣が、混乱している事を伝えるのが、最優先だからだ。
そこへ、「そこの曲者!」と、上空から、声がして来た。
覇偈は、咄嗟に見上げた。その直後、弩弓を構えた茶竜乗りが、視界に入った。そして、「少々、油断をしてしまったな」と、ぼやいた。三人組に、気を取られ過ぎたからだ。
その直後、茶竜乗りが、射掛けて来た。
覇偈は、屋根から飛び下りるなり、城壁沿いに、城門へ駆け出した。ルセフの居場所を知られる訳にはいかないからだ。
その間にも、茶竜乗りが、矢を放った。
しばらくして、城門へ差し掛かった。そして、左の通りへ駆け出した。路地裏へでも駆け込めば、狙いが定め辛いと思ったからだ。少しして、右手の細い路地へ進入した。
その直後、茶竜乗りの攻撃が、止んだ。
覇偈は、庇の長い家屋を選びながら、郊外を目指した。茶竜乗りを撒いて、ルセフの下へ着く事を、最優先にしたいからだ。そして、気が付けば、背後に姿が無かった。次第に、速度を落として、歩を進めた。しばらくして、西側の郊外の外壁へ辿り着いた。
その途端、茶竜乗りが、上から姿を現した。そして、「茶炎!」と、叫んだ。
次の瞬間、茶竜が、茶色い炎を吹き掛けた。
覇偈は、咄嗟に、左へ跳んで、僅かの差で、回避した。そして、「後少しの所で…」と、歯嚙みした。出るに出られないからだ。
突然、「直角斬り!」と、若者の声が、茶竜の方から聞こえた。
少し後れて、「アチチ!!」と、女の子の声がした。
その直後、「グワァー!!」と、茶竜の悲鳴が、轟いた。
程無くして、「ギャアアア!!」と、茶竜乗りの断末魔の声もした。
間も無く、地響きが、起こった。
覇偈は、恐る恐る茶竜乗りの方を見やった。その瞬間、目を見張った。首を切り落とされた茶竜と背中の半焼け死体の手前に、軽装で、剣を左側に差した若者と装備の整っている子供の女戦士が、並んで立って居るからだ。そして、二人の所へ、歩み寄った。敵では無さそうだからだ。
二人も、覇偈の存在に気付くなり、近付いて来た。
「お主らは、何者でござる?」と、覇偈は、問うた。敵の敵であって、味方とは限らないからだ。
「何じゃ? お前の方こそ名乗らないで、わしらに質問するとは、生意気じゃのう!」と、子供の女戦士が、語気を荒らげた。
「まあまあ…」と、左側の剣士の若者が、宥めた。
「それは、失礼した。拙者は、この国の王家に仕えている“覇偈”と申す」と、覇偈は、名乗った。そして、「助かったでござる」と、礼を述べた。手に余る相手だったからだ。
「ふむふむ。苦しゅうないぞ」と、子供の女戦士が、得意満面で、応えた。
「手柄を独り占めにしないで欲しいな」と、剣士の若者が、ぼやいた。
「んだと!」と、子供の女戦士が、凄んだ。
「あくまで、俺も、貢献しているんだからさ…」と、剣士の若者が、宥めた。
「お主らは、仲が悪いのか…?」と、覇偈は、尋ねた。茶竜を倒した時のような連帯感がしないからだ。
「いやぁ〜。性格の不一致と言うか、何と言うか…」と、剣士の若者が、奥歯に物の挟まった返答をした。
「わしは、この埴猪口が、好かんだけじゃ!」と、子供の女戦士が、断言した。
「どこが、埴猪口なんだ?」と、覇偈は、小首を傾いだ。茶竜と戦える者が、弱者には見えないからだ。
「ちょ、ちょっとね…」と、剣士の若者が、言葉を濁した。
「う〜む。話すと長くなるからのう」と、子供の女戦士も、同調した。
「そうか。拙者も、ちょっと、急ぎで、行かねばならんので、ゆっくりして居る訳にもいかないんだよ」と、覇偈も、眉根を寄せた。呑気に、ここで、立ち話をしている訳にもいかないからだ。
「デヘルと戦うのなら、俺達も、連れて行ってくれないかな?」と、剣士の若者が、申し出た。
「わしも、今回のデヘルの蛮行には、少々、ムカついて居るのでな」と、子供の女戦士も、口にした。
「承知したでござる。拙者が、ルセフ様に、口を利いてみよう」と、覇偈は、承諾した。茶竜から救われた恩に報いなければならないからだ。
そこへ、「居たぞ! 反逆者共が!」と、デヘル兵が、大通り側から叫んだ。
「二人共。ここは、外へ出るとしよう!」と、覇偈は、提案した。捕まる訳にはいかないからだ。
その直後、三人は、外壁へ向かって、駆け出すのだった。




