七、ム・チャブリンの襲撃
七、ム・チャブリンの襲撃
ゴルトとバートンは、ブーヤンに付いて行くのに、茂みの中を進んで居た。
「こんな所を、よく歩けるもんだな」と、バートンが、ぼやいた。
「確かに」と、ゴルトも、同調した。草や低木の枝葉が邪魔で、思うように進めないからだ。そして、少し先の方が、明るいのを視認した。
「どうやら、集落が近いようだぜ」と、バートンが、口元を綻ばせた。
「そうだな」と、ゴルトも、頷いた。一先ず、休める場所へ、到着だからだ。
突然、ブーヤンが、立ち止まるなり、「様子がおかしい!」と、右腕を差し向けて、制した。
間も無く、二人も、歩を止めた。
「様子がおかしいって、どういう事だ?」と、バートンが、問うた。
「篝火程度では、ここまで明るくはない」と、ブーヤンが、背を向けたままで、回答した。そして、「家屋が、燃やされているかも知れないね」と、補足した。
「まさか、デヘルの連中が、ここまで来たとか…」と、ゴルトは、口にした。避難民を追って、その連中の蛮行とも考えられるからだ。
「いや、デヘルじゃない」と、ブーヤンが、否定した。そして、「恐らく、チャブリンの集団が、集落へ押し掛けて居るのかも知れない」と、推測を述べた。
「でも、さっきの火の矢で、逃げちまったじゃないかよ」と、バートンが、指摘した。
「確かに、さっきの連中だったら、有り得んだろう。けれど、チャブリンの上位種のム・チャブリンは、別だ。あいつは、逆に、火を怖れない。むしろ、点け火を好むくらいだ」と、ブーヤンが、語った。そして、「今日は、興奮状態だから、襲撃に踏み切ったのだろう」と、言葉を続けた。
「このままじゃあ、全滅だぜ!」と、ゴルトは、語気を荒らげた。まだ、生き残りが、居るかも知れないからだ。
「そうかも知れないな…」と、ブーヤンが、淡々と返答した。
「俺らじゃ頼り無いって言うのか?」と、バートンが、不機嫌に、問うた。
「そうだな。チャブリンで、びびって居たんじゃあ、ちょっとな…」と、ブーヤンが、言葉を濁した。
「ははは…」と、ゴルトは、苦笑いを浮かべた。返す言葉が無いからだ。
「相手が判ってりゃあ、それなりに、俺達だって、立ち回れたと思うけどな」と、バートンが、食って掛かった。
「分かった、分かった」と、ブーヤンが、宥めた。そして、「ム・チャブリンは、悪知恵の働く奴だ。なので、そいつさえ仕留めれば、解散するだろう」と、考えを述べた。
「しかし、俺は、ム・チャブリンなんて、一度も見た事無いぜ」と、ゴルトは、眉根を寄せた。ム・チャブリンの事など、全然知らないからだ。
「俺も、チャブリンと出遭ったのは初めてだぜ」と、バートンも、口添えした。
「そうか。まあ、簡単に言えば、チャブリンよりも、大柄なところかな」と、ブーヤンが、回答した。
「子供の中に、大人が、混ざって居ると言ったところか…」と、ゴルトは、想像を口にした。先刻、出遭った集団の中に、大柄のチャブリンが居るのだと考えられるからだ。
「まあ、そんなもんだな」と、ブーヤンが、即答した。そして、「まともに、やり合おうとするなよ」と、忠告した。
「どういう意味だ?」と、ゴルトは、尋ねた。早急に、仕留めた方が、方が付くからだ。
「ゴルト、子分を従えて居る奴が、すんなりと敵を近付けさせると思うか?」と、バートンが、質問した。
ゴルトは、はっとなり、「確かに、子分が、周囲を固めて居るな」と、同調した。言われてみれば、安易に、近寄らせてくれるほど、お人好しではないだろうからだ。
「様子見に、近くまで行こう」と、ブーヤンが、提言した。
「そうだな。見てからでも、遅くはないかもな」と、ゴルトも、同意した。様子を把握してからでも、遅くはないからだ。
「へ、妙な正義感なんか出すんじゃねぇぞ」と、バートンが、注意した。
「ああ…」と、ゴルトは、頷いた。そして、「ブーヤン、あんたに、状況の判断は、任せるよ」と、委ねた。経験不足は、否めないからだ。
「分かった」と、ブーヤンも、了承した。そして、「行くよ」と、先立って、飛び出した。
少し後れて、二人も、小走りに続いた。
しばらくして、三人は、集落の板塀の裏へ身を隠した。そして、内部の様子を窺った。その直後、方々の家屋が炎上しており、地面には、無数の骨と夥しい肉片が、散乱していた。
「マジかよ…」と、ゴルトは、愕然となった。信じられないくらいの悍ましい光景だからだ。
「こりゃあ、悪夢だぜ」と、バートンも、顔を顰めた。
「ゆ、許さん!」と、ブーヤンが、怒りを露わにした。そして、集落の中へ駆け込んだ。
「おい! 完全に、ブチ切れて居るぜ!」と、バートンが、語気を荒らげた。
「そ、そうだな。完全に、自分を見失って居るな」と、ゴルトも、同調した。逆上した状態を、放って置く訳にはいかないからだ。そして、「追うぞ!」と、踏み入った。
「結局、こうなるのね…」と、バートンが、ぼやいた。
少しして、広場のような開けた場所で、チャブリン達が、騒いで居るところに出くわした。
ゴルトは、集団の中央で、孤軍奮闘するブーヤンを視認した。そして、更に、その奥には、チャブリンよりも大柄なチャブリンの存在を確認するなり、「奴が、ム・チャブリンか…」と、口にした。ブーヤンの言ってた通りだからだ。
「ブーヤンが、あんなんだから、俺らじゃ、あいつの所へ行くのなんて、無理だぜ…」と、バートンが、弱音を吐いた。
「確かに、そうだけど…。何か、手が有る筈だ…」と、ゴルトは、周囲を見回した。ブーヤンを見殺しには出来ないからだ。
「ゴルト、チャブリン達に、無視されて居ないか?」と、バートンが、耳打ちした。
「そう言えば…」と、ゴルトは、はっとなった。チャブリン達に襲われて居ない事に、気が付いたからだ。そして、「連中は、ブーヤンに気を取られて居るって事だな」と、状況を把握した。
「この好機を逃す手は無いぜ」と、バートンが、含み笑いをした。
「だな」と、ゴルトも、賛同した。自分達の存在に気付かれて居ないとなると、ム・チャブリンの傍へ近付くには、今しかないからだ。
「どうなる事かと思ったが、逆周りに行こう」と、バートンが、ブーヤンの暴れて居る場所から反対方向へ移動を始めた。
少し後れて、ゴルトも、付いて行った。
しばらくして、二人は、ム・チャブリンの背後の直線上の位置で、立ち止まった。
「ゴルト、一撃で仕留めないと、俺らは、全滅だ」と、バートンが、厳かに告げた。
「そうだな」と、ゴルトも、表情を引き締めた。一撃で仕留められなければ、チャブリン達の餌食になるだけだからだ。
「俺の見立てでは、ム・チャブリンの背後を護って居る奴らは、居そうも無い。つまり、ガラ空き状態だ」と、バートンが、説明した。そして、「急所へ、一撃で決めれりゃあ良いんだが、念の為、頭部へも、見舞ってやれ」と、助言した。
「確かに、俺も、一撃じゃあ仕留められそうもないな…」と、ゴルトも、眉根を寄せた。タコイムのように、一撃で倒せるとは思って居ないからだ。
「まあ、俺が言える事は、それだけだ」と、バートンが、左手で、ゴルトの背中を、軽く叩いた。
「よしっ!」と、ゴルトは、気合いを入れた。早くも、生死を懸けた大一番だからだ。そして、切っ先を、ム・チャブリンへ向けるなり、突進を始めた。間も無く、勢いそのままに、ム・チャブリンの背中へ、突き立てた。次の瞬間、刀身が、背中から胸を貫いた。
その直後、ム・チャブリンが、振り向いた。
ゴルトは、二撃目を与えようと、剣を引っ張った。しかし、抜く事が出来なかった。
その間に、「ムッチャアー!!」と、ム・チャブリンが、背を向けたままで、右の肘打ちを繰り出した。
「わっ!」と、ゴルトは、咄嗟に、身を屈めて、間一髪の差で避けた。そして、勢い余って、尻餅を突いた。
程無くして、ム・チャブリンが、振り返るなり、憤怒の形相で、迫って来た。
「駄目だったか…」と、ゴルトは、穏やかな表情となった。やれる事は、やったからだ。そして、その場で、胡座をかいた。
ム・チャブリンが、覚束ない足取りで、寸前まで近付いた。
突然、一本の屋が、ム・チャブリンの左のこめかみを射抜いて、右の頬へ先端が、突き出た。
その直後、ム・チャブリンが、その場で、崩折れた。
ゴルトは、その様を見るなり、仰天した。九死に一生を得たからだ。
間も無く、ブーヤンが、歩み寄って来た。そして、頭に血が上って、すまない…」と、詫びた。
「全くだ…」と、ゴルトは、返答した。一時は、どうなるかと思ったからだ。
少し後れて、バートンも、やって来た。そして、「ゴルト、やばかったな…」と、あっけらかんと言った。
「ははは…」と、ゴルトは、苦笑した。そして、「思い通りに旨くは行かないものだな」と、口にした。やはり、一撃で仕留める事は、適わなかったからだ。
「まあ、結果オーライで、良いんじゃないのか?」と、バートンが、提言した。
「そうだな」と、ゴルトも、聞き入れた。結果的に、ム・チャブリンを倒せたからだ。
「私も、異論は無い」と、ブーヤンも、同意した。そして、「お前達が居なかったら、奴らに殺られて居たかも知れないな」と、感想を述べた。
「俺の方こそ、ブーヤンのお陰で、命拾いをしたよ。ありがとう」と、ゴルトは、礼を述べた。ブーヤンの一撃が、決定打だからだ。
「いや。お前の一撃が、チャブリン達を追い払うきっかけになっただけだ。救われたのは、私の方だ」と、ブーヤンが、経緯を語った。
「まあ、お互い様って事で、良いんじゃないか?」と、バートンが、口を挟んだ。
「それも、そうだな」と、ゴルトは、賛同した。やるべき事をやった結果が、こうなっただけだからだ。
「確かにな」と、ブーヤンも、同調した。そして、「立てるか?」と、右手を差し伸べた。
ゴルトは、その手を両手で摑んで、立ち上がった。厚意を無下に断る必要も無いからだ。
「せっかくだから、集落を見てまわるか?」と、バートンが、提案した。
「まあ、無駄かも知れんが、一応、そうしよう」と、ブーヤンも、冴えない表情で、頷いた。
「万が一って事も有るしな」と、ゴルトも、眉根を寄せながら、口にした。確認するまでは、判断出来ないからだ。
「そうだな。私も、このまま去るのは、偲びないからな」と、ブーヤンも、同意した。
「じゃあ、早いとこ、見て回ろうぜ。あんまり長居してると、また、連中が、戻って来るかも知れないしな」と、バートンが、促した。
ゴルトとブーヤンは、小さく頷いた。
間も無く、三人は、三方向へ分かれた。
ゴルトは、集落の家屋を見回り、バートンとブーヤンは、外周を板塀に沿って、見て回った。
しばらくして、三人は、ム・チャブリンの骸の所へ戻った。
「二人共、どうだった?」と、ゴルトは、沈痛な面持ちで、尋ねた。チャブリンと住民の引き裂かれた屍以外、目にして居なかったからだ。
「生きて居る奴には、会えなかったぜ」と、バートンが、冴えない表情で、返答した。
「私の方も、集落の外へ逃げた者は、居なかったよ。誰一人として、逃げ出した痕跡が、見当たらなかったからな」と、ブーヤンも、顰めっ面で、報告した。
「ム・チャブリンの集団に、あっと言う間に、殺られちまったんだろうな…」と、ゴルトは、険しい表情をした。住民の遺体は、原形を留めて居なかったからだ。
「そうなると、これ以上の長居は、無用だな」と、ブーヤンが、口にした。
「何処か、他に当てでも在るのか?」と、バートンが、問うた。
「一人だけ、居る」と、ブーヤンが、返答した。そして、「隠者のズニ様だ」と、告げた。
「聞かない名前だなぁ」と、バートンが、訝しがった。
「ズニ様は、人間嫌いだから、お前達を受け容れてくれるかどうか…」と、ブーヤンが、懸念した。
「そんな、頭ごなしに言われてもなぁ〜」と、バートンが、ぼやいた。
「駄目だったら、そこで、考えれば良いさ」と、ゴルトは、溜め息を吐いた。当たって砕けるしかないからだ。
「確かに、私が決める事じゃない。ズニ様が、お前達に会ってから、決める事だからな」と、ブーヤンが、淡々と言った。そして、「付いて来い!」と、集落の奥へ、歩き始めた。
少し後れて、二人も、付いて行くのだった。