七〇、ダーシモ商工組合
七〇、ダーシモ商工組合
フェイリス達は、ダーシモの町の中で、一番大きな建物の前に立ち止まった。
「私達は、この建物の中へ入るから、三人は、上流の方の見張りを、お願いするわね」と、フェイリスは、告げた。恐らく、お偉方を説得するのに、時間が掛かりそうだからだ。
「へ、分かってらあ!」と、パレサが、自信満々で、返答した。
「パレサ、あくまで、見張りだからね。足止めしようなんて、考えない事だよ」と、ソドマが、忠告した。
「俺様も、一緒だし、ヤバくなったら、早々に、退散するさ」と、ヤスタンが、したり顔で、言った。
「エシェナ。二人が、暴走しそうになったら、魔法を使ってでも、連れて帰ってくれよ」と、ソドマが、要請した。
「ええ。そのつもりよ」と、エシェナが、頷いた。そして、「いくら、お二人が強くても、数には敵いませんからね」と、言葉を続けた。
「ははは…」と、パレサが、苦笑した。「確かにな…」と、ヤスタンも、渋い顔をした。
「これ以上、説教は、たくさんだからな。二人共、行こうぜ」と、パレサが、出発を促した。
「そ、そうだな」と、ヤスタンも、同調した。
「動きが有りましたら、すぐに引き返しますので、お二方も、心配しないで、やるべき事に、集中して下さい」と、エシェナが、気遣った。
「そうだね。僕らも、気を引き締めないといけないね」と、ソドマも、頷いた。
間も無く、パレサ達が、北側へ向かって、歩き始めた。
少し後れて、「私達も、行きましょう」と、フェイリスも、声を掛けた。話し合いを、一刻も早く、始めなければならないからだ。
「ええ」と、ソドマも、真顔で、頷いた。
少しして、フェイリス達も、建物へ、歩を進めた。そして、屋内へ進入した。
その直後、受付の手前で、数名の男女が、深刻な顔をしている場に、行き当たった。
「フェイリスさん。何だか、重苦しい雰囲気ですよ」と、ソドマが、耳打ちした。
「そうね。何か起きているのは、間違い無いわね」と、フェイリスも、頷いた。厄介事が、生じていると直感したからだ。そして、「あのぉ。何か有ったのですか?」と、入口寄りの体格の良い半魚族の男へ、問い掛けた。
半魚族の男が、振り向くなり、「他所者は、ご遠慮して貰えないかな?」と、素っ気無く返答した。
「ひょっとして、上流の方から、何かが流れて来たんじゃないかしら?」と、フェイリスは、示唆した。何が流れて来たかは、ある程度、想像出来るからだ。
その瞬間、数名の男女が、面食らった。
間も無く、「どうして、それを…」と、体格の良い半魚族の男が、言葉を詰まらせた。
「あんた。上流で起こっているのを、知って居るんじゃないのか?」と、威厳の在る顔をしたブヒヒ族の男性が、尋ねた。
「ええ、まあ…」と、フェイリスは、頷いた。そして、「上流に、デヘルの軍勢が、迫って居ます」と、告げた。一応、事実だからだ。
「ははは。笑えない冗談だねぇ」と、ラット族よりも小柄なマウス族の女盗賊が、一笑に付した。
「う〜む。チャブリンやビ・チャブリンに襲われたとしても、数が多過ぎる」と、威厳の在る顔をしたブヒヒ族の男が、口にした。
「ここまで、多くの死体が流れているんだから、昨日、上流で、何か有ったのは、間違い無いだろうぜ」と、体格の良い半魚族の男が、推測を述べた。
「私の言う事が信じられるのでしたら、上流での事を話させて頂きますけど…」と、フェイリスは、条件を提示した。信じて貰えないのなら、話しても、無意味だからだ。
「ちょっと、待ってくれ」と、威厳の在る顔をしたブヒヒ族の男が、右手を出して、“待った”を掛けた。
その直後、数名の男女が、話を始めた。
「フェイリスさんの言う事を信じてくれますかねぇ〜?」と、ソドマが、心配した。
「どうかしら? まあ、信じて貰えないのなら、私は、一度、魔術師組合へ戻って、組合長を連れて来るつもりだけどね」と、フェイリスは、次の手を口にした。組合長を連れ出してでも、デヘルの侵攻を止めなければならないからだ。
「確かに、組合長さんに出張って貰えると、心強いですね」と、ソドマも、賛同した。
二人は、注視した。
しばらくして、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、大きく息を吐いた。そして、「真偽の程は、判らないが、用心するするに、越した事は無いという結論に達した」と、回答した。
「で、デヘルの連中は、どれくらいの規模で、どの辺りまで来ているの?」と、マウス族の女盗賊が、つっけんどんに、尋ねた。
「規模は、判らないけど、順調に進軍していれば、明日の早朝辺りから、攻め込んで来るかと思います」と、フェイリスは、予測を述べた。そして、「兵力は、岩人形と骸骨が、主力と考えられます。人間の兵士は、把握していませんので、ちょっと…」と、補足した。
「何!? 骸骨と岩人形だと!」と、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、素っ頓狂な声を発した。
「デヘルは、いつから、骸骨や岩人形を用意したんだよ!」と、体格の良い半魚族の男が、日和った。
「あたしゃあ、別に驚かないけどね。デヘルは、戦争の為なら、何だって、用意するからねぇ」と、マウス族の女盗賊が、しれっと口にした。
「ははは。まあ、あんたは、胆が据わっているからな」と、体格の良い半魚族の男が、苦笑した。
「てめえ! シメてやろうか?」と、マウス族の女盗賊が、凄んだ。
「そういきり立つな」と、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、宥めた。そして、「岩人形と骸骨が、主体となると、ほとんど、休憩無しで、来るんじゃないのか?」と、指摘した。
「確かに、疲れる事は無いでしょうから、私の予測と誤差が有るでしょうね」と、フェイリスは、肯定した。そして、「進軍速度としては、歩兵と騎馬の中間ってところかしら?」と、考えを述べた。休み無しで来るとしたら、それくらいの補正が、妥当だからだ。
「しかし、我々には、魔術を使える者が居らん」と、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、険しい顔をした。
「魔法が使えなくても、対抗出来る手段なら、有りますわよ」と、フェイリスは、回答した。そして、「“タコイム・デヘの脂”は、在りますか?」と、問うた。魔法と相反する錬金術の初歩的な術を伝授すれば、岩人形と骸骨の軍勢など、恐るるに足りないからだ。
「あのギトギトして、ちょっとした火花で引火する危険な物ですか?」と、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、訝しがった。
「ええ。確かに、すぐに引火するのは、厄介ですけど、武器に脂を塗り付けると、魔法の付与と同等の効果が、得られるのよ」と、フェイリスが、語った。魔力を持たない部族が、タコイム・デヘの脂を塗った武器に火を点けて、魔法の装備で固めた軍勢を打ち破ったという話を、“月読の塔”の書庫で、読んだ記憶が在ったからだ。
「僕も、その話は、先日、塔で読みましたねぇ」と、ソドマも、同調した。そして、「確か、“ヤマヤマキ族の逆転”とかいう話でしたね」と、言葉を続けた。
「あの話の裏には、タコイム・デヘの脂が、使われていたという訳か…」と、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、口にした。
「ええ。それしか、考えられません!」と、フェイリスは、力強く言った。魔力を相殺出来るのは、錬金術だけだからだ。
「でも、ヤマヤマキ族が、タコイム・デヘの脂を活用したのには、些か、疑問ね」と、マウス族の女盗賊が、異を唱えた。
「確かに。俺らだって、あんたが、教えてくれなかったら、ただの危険物にしか思って居なかったんだからよ」と、体格の良い半魚族の男も、口添えした。
「仮に、フェイリスさんのように、脂の使い方を、教えられる方が居たとしたら?」と、ソドマが、口を挟んだ。
「も、もしや…!」と、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、目を見開いた。
「ひょっとして…」と、マウス族の女盗賊も、口元を綻ばせた。
「何だよ、二人して…」と、体格の良い半魚族の男が、眉間に皺を寄せた。
「ソドマさん、答えてあげて」と、フェイリスは、促した。答え合わせをしている時間など無いからだ。
「はい」と、ソドマが、応じた。そして、「ヤマヤマキ族へ、脂の使い方を伝授されたのは…」と、告げようとした。
そこへ、「わしが、言うとしよう」と、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、遮った。
その直後、「商会長、狡い!」と、マウス族の女盗賊が、語気を荒らげた。
「つまり、あんたらが、読んだ本の作者が、ヤマヤマキ族へ、伝授したって事なんだろ?」と、体格の良い半魚族の男が、解答した。
「ええ、そうよ」と、フェイリスは、頷いた。タコイム・デヘの脂の使い方を知っている者は、本の作者だと導き出されるからだ。
「つまり、今回の戦いで、ヤマヤマキ族の使った手を、やれって事だな?」と、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、確認をした。
「ええ。魔法付与よりも、早いから、機先を制する事も、出来るかも知れないわよ」と、フェイリスは、可能性を述べた。呪文を唱える時間が、短縮されるからだ。
「でも、相手だって、魔法付与しているんじゃないかしら?」と、マウス族の女盗賊が、指摘した。
「そうね。互角の条件だと、デヘルに押し切られるかも知れないわね」と、フェイリスも、頷いた。力押しで勝てるほど、戦は、甘いものではないからだ。
「わしらは、戦争屋じゃない。商人や漁師しか居らんからな。場合によっては、投降も、考えておかなければならんだろうな」と、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、表情を強張らせた。
「商会長。戦う前から、弱音を吐かないでくれる?」と、マウス族の女盗賊が、つっけんどんに言った。
「そうですよ。デヘルに、町を渡したら、お終いですよ!」と、体格の良い半魚族の男も、口添えした。
「そ、そうだな…」と、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、気を取り直した。
「ここは、地の利を活かして戦うのは、どうですか?」と、ソドマが、提案した。
「地の利?」と、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、小首を傾いだ。
「つまり、予め、デヘル軍が通りそうな場所へ、罠を仕掛けておこうって言うのですよ」と、ソドマが、考えを述べた。
「なるほど。連中にとって、土地勘の在るわしらが、有利な所で、嫌がらせをしようって事だな」と、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、含み笑いをした。
「ええ。まあ、そうですね」と、ソドマが、同調した。
「嫌がらせだったら、盗賊の出番ね!」と、マウス族の女盗賊が、意気込んだ。
「どうせなら、川の方へも、回してくれないか? 水の在る場所なら、俺達でも、何とか戦えるからよ!」と、体格の良い半魚族の男も、申し出た。
「場所を決めましょう。数的不利は、否めませんのでね」と、ソドマが、淡々と言った。
「そうだな。少しでも、離れた場所で、戦いたいものだな」と、威厳の在る顔のブヒヒ族の男が、口にした。
「俺としては、少し上流の方が良いと思うな」と、体格の良い半魚族の男が、提案した。
「確かに、あそこは、川幅も在るし、土手が狭いから、大軍では、攻められないな」と、威厳の在るブヒヒ族の男も、賛同した。
「確かに、距離的にも離れてないから、今から準備に取り掛かっても、十分、間に合うわね」と、マウス族の女盗賊も、同意した。
間も無く、一同は、二階の会議室へ、打ち合わせに向かうのだった。




