六、森のブーヤン
六、森のブーヤン
ゴルト達は、小休止の後、街道を南下した。そして、“惑わしの森”の入口へ、夕刻前に、辿り着いた。
「ここを抜ければ、ダーシモの港町だぜ」と、バートンが、しれっと口にした。
「まさか、こんな時間から、森に入ろうってんじゃないだろうな?」と、ゴルトは、渋った。流石に、夜の森を抜けるのは、些か、危険かと思ったからだ。
「俺は、結構、この森を行き来しているけど、特に、何も無かったぜ」と、バートンが、何食わぬ顔で、言ってのけた。
「でも、今日は、いつもと違う。何か、タコイムの奴らも、気が立って居たと言うか、何と言うか…」と、ゴルトは、見解を述べた。今日は、デヘルの襲撃から始まり、それに触発されるかのように、タコイム達が、好戦的な気がするからだ。
「大丈夫だって。経験者の俺様が言って居るんだ。普通に歩いてりゃあ、連中も、通してくれるって」と、バートンが、あっけらかんと言った。
「分かった。信じよう」と、ゴルトは、冴えない表情で、聞き入れた。刺激するような事さえしなければ、何事も無く通れると思うからだ。
間も無く、二人は、街道沿いに、進入した。しばらく進んだところで、茂みから、子供の集団が、現れた。
「バートン。あの子達、道に迷ったのかな?」と、ゴルトは、尋ねた。避難して、迷い込んだのかと思ったからだ。
「ちょっと待て!」と、バートンが、右手で、制した。そして、「血生臭いぜ」と、厳しい口調で、言った。
「怪我でもして居るんじゃないのか?」と、ゴルトは、異を唱えた。逃げて居る際に、何処かを怪我したものだと考えられるからだ。
「いや。子供にしては、妙に、落ち着いて居やがる」と、バートンが、警戒した。
「確かに、怪我をして居れば、ぐずって居るもんな」と、ゴルトも、頷いた。痛さのあまりに、何かしらの動きが有るものだからだ。
「噂に聞く、チャブリンかも知れないな」と、バートンが、告げた。
「チャブリン?」と、ゴルトは、小首を傾いだ。王都の周辺では聞かない生物の名だからだ。
「子供くらいの背で、こんな時間帯に、集団で現れるって聞いた事が有るな」と、バートンが、回答した。
「それって…」と、ゴルトは、表情を強張らせた。背恰好から、時間帯まで、当て嵌まっているからだ。
「恐らくだが、森に迷い込んだ奴を、片っ端から、殺って居るかもよ」と、バートンが、推察を述べた。
「俺も、そう思う」と、ゴルトも、同調した。森の中へ入った者を殺って居ても、おかしくないと思ったからだ。
「短剣でも有れば、何とかなるんだがな…」と、バートンが、ぼやいた。
「準備万端で、来られる状態じゃなかったんだ。無理に、相手をするなよ」と、ゴルトは、気遣った。怪物と素手で戦えと、言う訳にもいかないからだ。
「お前こそ、タコイムのようにはいかないんだぜ。時には、逃げる事も、“アリ”だぜ」と、バートンも、助言した。
「確かに、言えてるな」と、ゴルトも、頷いた。気は進まないが、今の力量で、チャブリン達を倒せそうにも無いからだ。
「しかし、どうやって、切り抜けようかな…」と、バートンが、言葉を詰らせた。
「そうだな」と、ゴルトも、相槌を打った。数的に、正面を突破するのは、不可能だからだ。
「どうやら、帰り道も、塞がれちまったようだぜ」と、バートンが、左手で、親指を立てながら、指した。
少し後れて、ゴルトも、一瞥した。確かに、背後も、別のチャブリンの一団が、迫って居るのを視認したからだ。そして、「戦うしかないのか…」と、溜め息を吐いた。突破するには、一戦交える他無さそうだからだ。
「俺も、覚悟を決めたぜ!」と、バートンが、宣言した。
突然、ゴルト達とチャブリンの一団の間へ、火矢が、飛来した。そして、地面に刺さりながら、燃え盛った。
その直後、チャブリンの一団が、恐慌となり、茂みの奥へと走り去った。間も無く、気配が消えた。
「た、助かった…」と、バートンが、左手で、胸を撫でおろした。
「確かに…」と、ゴルトも、素直に、頷いた。絶体絶命だったからだ。
そこへ、「おい、お前ら。王都で、何が起きている?」と、左側の小高い木の上から、女性の声がして来た。
ゴルトは、その方を見上げた。少しして、豚の鼻以外、容姿端麗な左手に弓を持ったブヒヒ族の女性を視界に捉えた。そして、「王都は、デヘルの奇襲により、陥落したよ」と、表情を曇らせた。
「何だと!」と、弓を持ったブヒヒ族の女性が、信じられない面持ちになった。そして、「だから、森が騒がしいのか…」と、理解を示した。
「俺ら、行く宛てが無いんだけど、何処か、一晩、休める場所は、無いかな?」と、バートンが、口を挟んだ。
「私の集落ならば、一晩くらいなら、構わないぞ」と、弓を持ったブヒヒ族女性が、返答した。
「ありがてぇ!」と、バートンが、嬉々とした。
「まあ、これ以上、チャブリンの餌食になる者を増やしたくないだけだからな」と、弓を持ったブヒヒ族の女性が、淡々と言った。
「ははは…」と、ゴルトは、苦笑した。確かに、餌食に成り掛けて居たからだ。そして、「俺は、ゴルト・ファディレーヌだ」と、名乗った。
「俺は、バートンだ」と、バートンも、どや顔をした。
「私は、ブーヤンだ。集落で、守り人をやっている」と、ブーヤンが、無愛想に、名乗り返した。そして、「集落が、気になる。付いて来い!」と、急かした。
「ああ」と、ゴルトは、応じた。森の異変に、気が気でないのだろうと察したからだ。
「確かに、今日の様子だと、心配だな」と、バートンも、理解を示した。
その間に、ブーヤンが、地面に下り立つなり、「早足で移動するから、離れないように付いて来てくれよ」と、告げた。そして、踵を返すなり、歩き始めた。
「おい、置いて行かれちまうぜ!」と、バートンが、慌てた。
「そ、そうだな」と、ゴルトも、頷いた。歩く速度ではないからだ。
程無くして、二人も、見失わないように、駆け出すのだった。