六〇、反撃のタネ
六〇、反撃のタネ
デヘル帝国のドナ国王都奇襲の襲撃から、難を逃れて居たルセフ王子率いる親衛騎士隊が、王都の北の森へ陣取って居た。
「まさか、王都を陥落されるとはな…」と、黄銅製の鎧を纏った端正な顔立ちの若者は、南方に在る王都の方角を見やりながら、憎々しげに、ぼやいた。不意討ちで、攻め込まれた事が、腹立たしいからだ。
そこへ、無骨な風貌の金棒を腰の左側に携えた騎士が、現れた。そして、「ルセフ様。デヘルのほとんどの兵が、南進を始めました」と、告げた。
「なるほど。連中は、我が軍が、全滅したと思っているのかも知れないな」と、ルセフは、口元を綻ばせた。軍が、王都を離れてくれたのが、好都合だからだ。
「なめやがってぇ!」と、無骨な風貌の騎士が、憤慨した。
「で、軍が動き出したのは、いつ頃だ?」と、ルセフは、尋ねた。経過時間によっては、攻め時かも知れないからだ。
「先刻、盗賊組合の者が伝えに来るなり、準備に手間取ったらしく、日がかなり高くなってから、動き始めたとの事です」と、無骨な風貌の騎士が、語った。
「なるほど。そうなると、かなりの手薄になりそうだな」と、ルセフは、笑みを浮かべた。王都から、デヘルの兵を叩き出せるかも知れないからだ。
「ルセフ様、軍が居なくても、茶竜の舞台が、守りを固めて居ます。デヘルが、強気で軍を動かせるのは、茶竜の部隊が居るからでしょうねぇ」と、無骨な風貌の騎士が、険しい表情で、口にした。
「くっ…!」と、ルセフは、歯嚙みした。現状では、茶竜に対して、対抗策が無いからだ。
「茶竜が動くような事態でも起きてくれれば、かなり、楽なんですけどねぇ」と、無骨な風貌の騎士が、冴えない表情で、ぼやいた。
「確かに…」と、ルセフも、相槌を打った。現在の兵力で、茶竜に挑むのは、自殺行為だからだ。
「地上へ下りて来りゃあ、何とかなるんだけどな」と、無骨な風貌の騎士が、不満を口にした。
「そうだな。我々の届かない所に居る以上、話にならんな」と、ルセフも、眉間に皺を寄せた。空を舞う相手には、為す術が無いからだ。
「我が国に、茶竜に対抗出来る飛行部隊が居たら…」と、無骨な風貌の騎士が、悔やんだ。
「残念ながら、我が国には、茶竜や保毛天馬のような飛翔出来る動物は居らん。だが、錬金術でも、最近では、空を自在に動き回れる物の研究を始めたそうだな」と、ルセフは、告げた。茶竜や保毛天馬の事よりも、以前から、錬金術には、関心が有ったからだ。
「ルセフ様。あのようなインチキな学術を、信じて居られるのですか!?」と、無骨な風貌の騎士が、素っ頓狂な声を発した。
「インチキか、どうかは判らんが、魔法の使えん者にとっては、凄い学術だと思うのだがな」と、ルセフは、何食わぬ顔で、答えた。自分からすれば、意のままに使える魔術の方が、如何わしいからだ。
「ルセフ様、魔術には、タネも仕掛けも無く、術者の思い通りに出来ますが、錬金術の場合、タネも仕掛けも在るのに、それを偽って、魔術師の真似事をしているじゃないですか。そういうところが、気に入らないのですよ!」と、無骨な風貌の騎士が、語気を荒らげた。
「まあ、タネや仕掛けを見せると、簡単に、真似をされてしまうから、術者が誤魔化しているだけなんだろう」と、ルセフは、考えを述べた。容易に、手の内を見せると、術者の存在価値が下がるからだ。
「自分からしましたら、承服しかねます」と、無骨な風貌の騎士が、口を尖らせた。
「ラオス。つまり、私達が、これからやろうとする事は、錬金術の術者と同じという事さ」と、ルセフは、示唆した。デヘルに、手の内を知られて、反撃の機を逸したくないからだ。
「それは、どういう意味ですか?」と、ラオスが、小首を傾いだ。
「つまり、作戦を成功させるには、“タネ”も“仕掛け”も、必要って事さ」と、ルセフは、勿体振った。魔術のように、意のままにやれるのだったら、とっくに、王都を奪還しているからだ。
「では、ルセフ様に、お考えでも?」と、ラオスが、質問した。
「いいや」と、ルセフは、頭を振るだけだった。




