五六、鉱脈問題
五六、鉱脈問題
ソリム国とレーア国の国境沿いに、希少銀の鉱脈が、跨って居た。表向きでは、国境で、取り分を決めているのだが、地下の坑道内では、度々、揉めているのだった。
今回は、名誉騎士ネイルへ贈与する剣に必要な採掘量が、発端となっていた。その為、問題解決の為に、ソリム国側から、金髪で、端正な顔立ちに、銀色の甲冑姿の若い騎士ディールが、派遣された。経緯を説明出来る適任者だからだ。
レーア国からも、精悍な風貌で、深緑色の重鎧を装着したブヒヒ族の騎士団長のトンマスが、出張った。
双方の代表は、国境沿いに在る鉱山の詰め所で、話し合いを始めるのだった。
しばらくして、トンマスが、険しい表情で、頭を振り、「年間の採掘量を、遥かに超えているぞ!」と、指摘した。
「確かに、そうですけど、先刻も話した通り、ネイル殿に国を救われたのは、事実なのです! 今回ばかりは、融通して頂けませんか!」と、ディールも、引き下がらなかった。国家事業に匹敵するくらいの案件だからだ。
「あんたの言い分も分かるが、我が国も、逆賊の謀反で、国の復興や民への補償などをしなくちゃあならんのだよ。その資金調達の為にも、希少銀は、必要なんだよ」と、トンマスも、渋い表情で、事情を語った。
「でも、今回の採掘量では、足りないんでしょう?」と、ディールは、問うた。この先、何年かは、掛かると考えられるからだ。
「そうだ」と、トンマスが、すんなりと答えた。そして、「一日でも早く、元の暮らしが出来るようにしてあげたいんだよ」と、言葉を続けた。
「う〜ん。気持ちは、分かる。しかし、名誉騎士が、いつまでも、丸腰ってのもな」と、ディールは、眉根を寄せた。トンマスの言う事にも、一理有るからだ。
「俺も、国が荒れていなかったら、あんたの言い値で、手を打っているのだがな」と、トンマスも、溜め息を吐いた。
「妙案は、無いものかな…」と、ディールは、ぼやいた。こちらの意見が通るまでは、帰ってくるなと、ハリア王に、命じられているからだ。
「確かに」と、トンマスも、同調した。
しばらく、二人は、黙した。
突然、ディールは、はっとするなり、「これは、どうだろうか?」と、口にした。手の形で、勝敗を決める方法を、思い付いたからだ。
「ほう? 聞かせて貰おうか?」と、トンマスも、興味を示した。
ディールは、意気揚々と説明した。これが、最善の手だからだ。
しばらくして、「確かに、そのやり方は、あらゆる決め事に用いられるから、最適かも知れんな」と、トンマスも、頷いた。
「勝っても負けても、恨みっこ無しだぜ」と、ディールは、意気込んだ。まさか、このような形で、落としどころを見出すとは、思いもしなかったからだ。
「俺も、応じた以上、二言は無い」と、トンマスも、同意した。
「じゃあ、一回勝負で…」と、ディールは、提言した。
「ああ!」と、トンマスが、力強く応じた。
間も無く、二人は、互いの右手を、勢い良く差し出した。その直後、明暗が分かれた。
「手を開いているから、私の勝ちですね…」と、ディールは、安堵した。正直、この手の勝負には弱かったからだ。
「くっ…! 強気が、裏目に出ちまったな…」と、トンマスが、右手を握り締めながら、悔やんだ。そして、「こりゃあ、城代に怒られそうだな…」と、溜め息を吐いた。
「まあ、今回は、私に、運が有っただけだ。あんたが応じてくれなければ、どうなって居た事か…」と、ディールも、冴えない表情で、気遣った。負けて居れば、同じ気持ちかも知れないからだ。
「結果は、結果だ。今回は、そちらの条件を聞き入れるとしよう」と、トンマスが、承諾した。
「すまない。この件の礼は、させて貰うように、ハリア王へ伝えておくよ」と、ディールは、返答した。一振りの剣の為に、レーア国の復興を後らせる事になるからだ。
「あまり当てにはしないが、そうなる事を期待するさ」と、トンマスが、淡々と口にした。
「今回は、色々と事情が重なって、こういう事になったのが、心苦しいな」と、ディールは、表情を曇らせた。希少銀の要事態が、不運にも重なってしまったからだ。
「全くだ」と、トンマスも、頷いた。そして、「お互い、大変だな」と、口元を綻ばせた。
「ですね」と、ディールも、相槌を打った。
少しして、二人は、席を立って、握手を交わすのだった。




