五三、長老の考え
五三、長老の考え
ゴルト達は、豹紋族の娘の案内で、集落の奥に在る苔むした巨木の前に行き着いた。
豹紋族の娘が、振り返り、「長老、この上に居る」と、告げた。
「この上って…」と、ゴルトは、見上げながら、言葉を詰まらせた。枝葉が、生い茂って居り、先を見通せないからだ。
「わいは、ここで、待たせて貰おうかなぁ〜」と、ポットンが、露骨に、嫌な顔をした。
「俺だって、木登りは苦手だから、ここに残るぜ」と、ゴルトも、口にした。そもそも、高い所は、苦手だからだ。
「それは、困った。あっち、長老の言い付け、守れなくなる…」と、豹紋族の娘が、表情を曇らせた。
「わしらが、押し掛けて来て居るんじゃし、わがままを言って、娘さんを困らせてものう…」と、ズニが、苦言を呈した。
「む…」と、ゴルトは、顔を顰めた。ズニの言う事にも、一理有るからだ。そして、ズニ様は、飛べるから良いとしても、俺達はなぁ〜」と、ポットンを見やった。
「わいは、別に、木登りは、苦にしてまへんよ。単に、上るのが、面倒臭いだけでっせ」と、ポットンが、あっけらかんと言った。
「何だよ、それ!」と、ゴルトは、口を尖らせた。上れないのが、自分だけだと発覚したからだ。
「あっちが、一緒に行ってやるから、安心しろ!」と、豹紋族の娘が、胸を張った。
「あ、ああ…」と、ゴルトは、生返事をした。一緒だと、尚更上りにくいからだ。
「じゃあ、先に行くぞ!」と、ズニが、羽ばたき出した。そして、上昇を始めた。
少し後れて、「じゃあ、わいも、お先に!」と、ポットンも、軽快に、幹を上り始めた。
間も無く、二人が、枝葉の奥へ消えた。
「それじゃあ、あっちの後に付いて来い」と、豹紋族の娘が、先立って、幹へ組み付くなり、よじ登り出した。そして、「あっちの手と足の掛かっている所を伝って来い」と、意気揚々に、助言した。
「わ、分かった…」と、ゴルトは、すんなり聞き入れた。豹紋族の娘の言う通りならば、間違い無いだろうからだ。少しして、豹紋族の娘の動きをなぞるように、上り始めた。
しばらくして、二人は、枝葉を抜けた。そして、小屋のような建物の手前へ出た。
「長老様は、鳥人なのかい?」と、ゴルトは、質問した。ズニのような者が、思い浮かんだからだ。
「羽根は有るけど、鳥じゃないよ」と、豹紋族の娘が、あっけらかんと回答した。
「羽根が有るけど鳥じゃないって…」と、ゴルトは、眉間に皺を寄せた。他に、思い付かないからだ。
「う〜ん。どう言えば良いか…」と、豹紋族の娘が、腕を組んだ。
そこへ、「ゴルトはん。長老様が、お待ちかねでっせ」と、小屋の方から、ポットンの声がした。
「お、俺待ちか…!」と、ゴルトは、はっとなった。そして、「とにかく、案内してくれ」と、要請した。何処を通れば良いのか、さっぱりだからだ。
「うん。付いて来い」と、豹紋族の娘が、小屋の方へ、歩き始めた。
ゴルトも、豹紋族の娘の足跡を踏みながら、続いた。
しばらくして、二人は、小屋の入口に辿り着いた。
「ホッホッホ。ようやく来たのう」と、ズニが、冷やかした。
「早く入って来るミン」と、長老と思われる者が、促した。
「はい、長老様」と、豹紋族の娘が、応えた。
間も無く、二人は、小屋へ進入した。
程無くして、「あっ!」と、ゴルトは、目を見張った。まさかの大きな杖を突いた蝉が居るとは、思わなかったからだ。
「ホッホッホ。やはり、お主も、びっくりしたようじゃな」と、ズニが、目を細めた。
「俺もって、どう言う意味ですか?」と、ゴルトは、問い返した。自分だけじゃない物言いだからだ。
「わいもでっせ」と、ポットンが、口を挟んだ。
「ホッホッホ。わしもじゃよ」と、ズニも、補足した。
「長老様の何がおかしいの?」と、豹紋族の娘が、小首を傾いだ。
「お前の連れて来た客人には、わしのようなミンミン族の長老なんぞ居らんと言う事じゃよ」と、ミンミン族の長老が、語った。
「そうなんだぁ〜。あっちからすれば、三人の方が、珍しいくらいだけどねぇ〜」と、豹紋族の娘が、屈託の無い笑顔で言った。
「確かに。そなたの申す事も、一理有るのう」と、ズニが、理解を示した。
「確かに、わいらの知らん事は、世の中に、仰山在るっちゅう事だな」と、ポットンも、同調した。
「言われてみれば、そうだな。俺が知らないだけで、勝手に驚いて居るだけなんだもんな」と、ゴルトも、頷いた。単に、無知なだけだからだ。
「まあ、このような僻地へ、足を踏み入れる物好きなど、まず、居ないミン」と、ミンミン族の長老が、何食わぬ顔で、言った。
「確かに、余程の用事でも無い限り、このような場所までは、来んじゃろうのう」と、ズニも、肯定した。
「わいらは、成り行きで、来た訳やからなぁ〜」と、ポットンが、溜め息を吐いた。
「早く密林を抜けて、ウスロ川へ戻りたいんだけどな」と、ゴルトは、口にした。バートン達が、気になるからだ。
「ここからじゃと、ウスロ川へ戻るのは、難しいミン」と、ミンミン族の長老が、回答した。
「くっ…」と、ゴルトは、歯嚙みした。思って居た以上に、合流は、出来そうもないからだ。
「客人よ。どうせ、海の方へ出るのじゃないのかミン?」と、ミンミン族の長老が、問うた。
「ああ、そうだ」と、ゴルトは、即答した。海へ出るのは、間違い無いからだ。
「まさか、滝を下りろって訳じゃないだろうな?」と、ゴルトは、表情を強張らせた。川を下れば、確かに、海には出られるからだ。
「手段を選んでおる場合じゃないぞ」と、ズニが、口にした。
「そうでっせ。長老はんに、何か、考えが在りそうでっせ」と、ポットンも、補足した。
「お聞かせ願えますか?」と、ゴルトは、要請した。話を聞いてからでも、遅くはないからだ。
「デヘゴンに、川を下って貰うミン」と、ミンミン族の長老が、回答した。
「デヘゴン、滝より先、行かない。難しい」と、豹紋族の娘が、頭を振った。
「デヘゴンは、危険な場所は行かんミン。それに、滝以外に、川を下る場所を知って居るミン。デヘゴンを信じるミン」と、ミンミン族の長老が、安全性を口にした。
「なるほど。デヘゴンとならば、安全に移動出来そうじゃな」と、ズニが、目を細めた。
「確かに、下手に動き回るよりかは、マシかも知れやせんねぇ」と、ポットンも、理解を示した。
「まさか、俺達だけ乗せられて、デヘゴンに委ねようって訳じゃないだろうな?」と、ゴルトは、眉間に皺を寄せた。デヘゴンが、自分達の指示を聞いてくれるかどうか、不安だからだ。
「あっちも、デヘゴンに乗るから、大丈夫だ!」と、豹紋族の娘が、力強く言った。
「そ、そうか…」と、ゴルトは、安堵した。豹紋族の娘が、付いて来てくれるのなら、一安心だからだ。
「客人よ。今日のところは、我が集落で休むと良いだろう」と、ミンミン族の長老が、提言した。
「そうじゃのう。御言葉に甘えておくとしよう」と、ズニが、賛同した。
「じゃあ、石頭魚を釣りに行かなきゃね」と、豹紋族の娘が、張り切った。
「なんじゃと? 石頭魚が、釣れるのか!?」と、ズニが、素っ頓狂な声を発した。
「石頭魚?」と、ゴルトは、小首を傾いだ。あまり聞かない名だからだ。
「あまり、出回らない宮廷食材じゃからのう」と、ズニが、目を細めた。
「わいも、ライランスの港町で、一度だけ、食べた事が有りまっせ」と、ポットンも、口にした。
「あっちらも、お客や祭り以外では、食べられない魚」と、豹紋族の娘も、舌なめずりをした。
「う〜ん。俺は、魚をあんまり食べないからなぁ〜」と、ゴルトは、眉間に皺を寄せた。生臭さと骨を除ながら食べるのが、煩わしいからだ。
「ホーッホッホ。勿体無いのう。あれは、魚を超越した別物じゃ。お前さん年齢で、石頭魚を食べられるのは、幸運な事じゃぞ」と、ズニが、語った。
「そもそも、俺は、石頭魚なんて魚を、一度も見た事が無い。現物を見るまでは、何とも…」と、ゴルトは、冴えない表情で言った。初めて耳にする名前の魚なので、想像がつかないからだ。
「わいも、刺身くらいやからなぁ〜。偽物やったかも知れんけどな」と、ポットンも、表情を曇らせた。
「ミンミン。この近辺では、よく泳いで居るミン。だから、安心して食べられるミン」と、ミンミン族の長老が、目を細めた。
「石頭魚、黄色い石が好き。デヘゴンの背中の上、よく釣れる」と、豹紋族の娘が、自信満々で、言った。
「黄色い石?」と、ゴルトは、怪訝な顔をした。黄色い石の何が好きなのか、さっぱりだからだ。
「恐らく、花黄岩みたいな物かのう?」と、ズニが、口を挟んだ。
「う〜ん。よく分からないけど、ちょっと、刺激の強い臭いのする石だよ」と、豹紋族の娘が、あっけらかんと言った。
「まあ、実物を見てみるしかないのう」と、ズニが、目を細めた。
「確かに、この目で見るしかないな」と、ゴルトも、頷いた。自分の目で見るのが、確実だからだ。
「こりゃあ、面白くなりそうでっせ」と、ポットンも、口元を綻ばせた。
「暗くならんうちに、帰るんだミン。デヘゴンが居ても、物騒だミン」と、ミンミン族の長老が、忠告した。
「分かってる! 夜は、あいつらが出て来るからね」と、豹紋族の娘が、応じた。
「あいつらって、チャブリンみたいな連中かな?」と、ゴルトは、表情を曇らせた。何処にでも、危険な魔物は居るのだと思ったからだ。
「何だか知らんが、ちゃちゃっ行こうぜ」と、ポットンが、急かした。
「夜まで時間が無い! 急ぐ!」と、豹紋族の娘が、踵を返すのだった。




