五一、亡国の王子
五一、亡国の王子
色褪せた革の外套を纏った若者と紺色の服とスカートを着たバニ族の娘と初老の燕尾服を着こなしている執事風のバニ族の男性が、ローナの大通りを歩いて居た。
「ネイル様。大分、元の状態に戻って来ましたね」と、紺色の服のバニ族の娘が、目を細めた。あの騒動の時は、何もかもが、滅茶苦茶でしたけど、皆が、一致団結しているので、復旧が、思いのほか、早いのだと思いますよ」と、ネイルは、見解を述べた。民が、一致団結して居るので、街の復旧が、日々、早まっているのだと思ったからだ。
「御二人共、まだ、道半ばですぞ。喜ばれるのは、全てが、完了してからじゃ」と、執事風のバニ族の男性が、口を挟んだ。
「そうですね」と、ネイルは、聞き入れた。まだ、主要な通りと商店くらいしか、直っていないからだ。
「ターカル。言われなくても、それくらい判りますわ」と、紺色の服のバニ族の娘が、口を尖らせた。
「不肖、ターカル・ハンダース。一応、王より、御目付役を承って居ますので、不躾ながら、意見を述べさせて頂いたまでです」と、ターカルが、毅然として言った。
「ターカルさん。今は、お忍びという名目で、来て居るのですから、あんまり、声を大にして言われては…」と、ネイルは、苦笑いをした。一応、身分を隠して来ているからだ。
ターカルが、はっとなり、「わ、わしとした事が…」と、顔を真っ赤にした。
「ターカル。ここは、お城じゃないんですよ」と、紺色の服のバニ族の娘が、窘めた。
「面目次第も、ございません…」と、ターカルが、陳謝した。
「まあ、ディールよりかは、マシだと思うよ」と、ネイルは、取りなした。ディールの方が、堅物だからだ。
「ひ、いや、御嬢様の身を護る事が、わしらの務めですので、いつもの癖で…」と、ターカルが、恐縮した。
「ジェリア様。これ以上、苛めてやるなよ」と、ネイルは、口を挟んだ。真面目さが、逆に、自分の首を絞めているように見えたからだ。
「まあ、ターカルに、芝居を求めるのは、無理って事なのよね…」と、ジェリアが、溜め息を吐いた。
「ははは…」と、ターカルが、力無く笑った。
「まあ、面が割れているし、お忍びになって居ないけどね」と、ネイルは、淡々と言った。名誉騎士の式典で、有名になって居るからだ。
「そうですね」と、ジェリアも、相槌を打った。
「しかし、誰も言い寄って来ないではありませんか」と、ターカルが、したり顔で言った。
「いや。周りの者達が、気付かない振りをしてくれて居るだけですよ」と、ネイルは、真相を告げた。敢えて、寄り付かないように、気遣っているのだと察したからだ。
「そうよね。民達の方が、気付かない芝居をしてくれて居るのかも知れませんわね」と、ジェリアも、補足した。
「確かに…」と、ターカルが、表情を強張らせた。
「こういうやりとりが出来るのは、大分、落ち着いて来たって事ですかねぇ」と、ネイルは、目を細めた。先日の騒動が、嘘のように、穏やかな時間が流れているからだ。
突然、「ネイルじゃない?」と、溌剌とした女性の呼ぶ声がした。
ネイルは、咄嗟に、周囲を見回した。間も無く、少し離れた所から、茶色い髪で、襟首に青い襟巻きを巻いたバニ族の娘が、右手を振って居るのを視認した。その瞬間、「あっ!」と、両目を見開いた。同郷の者であるフリデンだからだ。
「ネイル様、お知り合いですか?」と、ジェリアが、警戒した。
「ああ」と、ネイルは、頷いた。そして、「まさか、王都を彷徨いて居るとは、思いもしなかったよ」と、口にした。思いも掛けて居なかったからだ。
「あたしも、お連れが居るなんて、思わなかったわ」と、フリデンも、歩み寄りながら、返答した。
「仕事か、何かか?」と、ネイルは、問うた。復興中の街を観光するような物好きではないからだ。
フリデンが、数歩手前で立ち止まり、「ちょっと、護衛を任されているのよね」と、奥歯に物の挟まった物言いをした。
「訳有りのようだな」と、ネイルは、察した。素性を知られたくない様子だからだ。
「我が国なら、身の安全を保障しますわよ」と、ジェリアが、口を挟んだ。
「まさか、後で、警護代を請求して来るんじゃないでしょうねぇ?」と、フリデンが、訝しがった。
「何を言うかっ! ジェリア様が、そんな事を申す訳無いじゃろうっ!」と、ターカルが、語気を荒げた。
「気持ちは、ありがたいんだけど、あたしの護衛している方は、高貴な方なんですよねぇ〜」と、フリデンが、仄めかした。
「ターカルさん、話しても良いかな?」と、ネイルは、許可を求めた。ジェリア達の身分を伝えた方が、手っ取り早いと思ったからだ。
「そうじゃのう。些か、勘違いをされて居るようじゃしのう」と、ターカルも、同意した。
「何を勿体振って居るの? どうせ、この国で、一、二を競う大富豪か何かって事じゃないの?」と、フリデンが、半笑いで言った。
「フリデン、腰を抜かすなよ」と、ネイルは、含み笑いをした。ジェリア達の正体を知った後の反応が、想像出来るからだ。そして、二人の事を語り始めた。
しばらくして、フリデンが、平伏すなり、「ま、まさか、この国を統治されて居る王族の方々とは、思いもしませんでしたっ!」と、陳謝した。
「おいおい。ここでの土下座は、止してくれ!」と、ネイルは、眉根を寄せた。目立ち過ぎて、みっともないからだ。
「フリデン殿。いったい、何をやらかしたのですか?」と、黄土色の外套を纏ったイナ族の吟遊詩人が、フリデンの真後ろに現れた。
その直後、フリデンが、振り返り、「こ、これは、その…」と、狼狽した。
イナ族の吟遊詩人が、進み出るなり、「連れの者が、何かをやらかしたようで、申し訳ない」と、頭を下げた。
「いや。やらかしたと言うか、何と言うか…」と、ネイルは、渋い顔をした。あまり、ジェリア達の身分を言いたくないからだ。
「まあ、少々、失礼な態度ではあったがのう」と、ターカルが、口を挟んだ。
「ターカル。私達は、特に問題なんて、無かったわよねぇ?」と、ジェリアが、笑顔で威圧した。
「は、はい…」と、ターカルが、神妙な態度で同調した。
「そういう事だ」と、ネイルは、誤魔化した。事を荒立てる気など無いからだ。
「フリデン殿、許して頂けるみたいだぞ」と、イナ族の吟遊詩人が、安堵した。
フリデンが、向き直り、「ジェリア様、恩に着るわぁ〜」と、両手を合わせながら、感謝した。
「ところで、あなた様は、何処かで、見掛けたような…」と、ターカルが、眉間に皺を寄せながら、口にした。
「ははは。私は、何処にでも居る吟遊詩人ですよ」と、イナ族の吟遊詩人が、言葉を濁した。
「先刻、そこのバニ族の娘が、護衛をしていると申して居ったのう」と、ターカルが、フリデンを一瞥した。
「確かに、一介の吟遊詩人に、護衛というのは、少々、不自然かな?」と、ネイルも、口添えした。それと、フリデンとの上下関係が仕上がっているのも、引っ掛かるからだ。
「どうやら、下手に隠しても、仕方が無いですね」と、イナ族の吟遊詩人が、観念した。
「あなた様は、王族の方ですよね」と、ターカルが、恐る恐る尋ねた。
「ええ」と、イナ族の吟遊詩人が、頷いた。そして、「元王族とでも、申しましょうか…」と、補足した。
「元?」と、ターカルが、小首を傾いだ。
「はい。レーア国の王子だった者ですよ」と、イナ族の吟遊詩人が、自嘲した。
「そりゃあ、どういう意味だい?」と、ネイルは、眉を顰めた。まるで、国を追われたような物言いだからだ。
「三人の臣下に謀られて、国を見捨てた王族の恥晒しですよ!」と、イナ族の吟遊詩人が、感情的に、語った。
フリデンが、振り返り、「王様と妃様は、あなた様に、国の未来を託されたのですよ! ラックス様!」と、熱っぽく言った。
「しかし、今の私は、この様だ。仇を討とうにも、兵を集める事さえも敵わない…」と、ラックスが、嘆いた。
「しかし、先日、レーア国の三人の臣下を、牢屋へ入れたって話を聞いたような気がするんじゃがのう」と、ターカルが、口にした。
その瞬間、「そ、それは、本当か!?」と、ラックスが、血相を変えた。
「そ、そうなの?」と、フリデンも、目を瞬かせた。
「ターカル、情報の出所は、ちゃんとしているのでしょうね?」と、ジェリアが、問い質した。
「一応、ちゃんとした新聞社ですよ」と、ターカルが、真顔で回答した。
「一度、その新聞社へ、行った方が良いかも知れませんねぇ」と、ネイルは、眉を顰めた。確かめてみる価値が有るからだ。
「ラックス様を誘き寄せる為の罠かも知れませんけどね」と、フリデンが、冴えない顔をした。
「ターカル殿。そこへ、案内してくれ」と、ラックスが、要請した。
「承知しました」と、ターカルが、快諾した。
間も無く、一同は、裏通りへ向かうのだった。




