四、ケッバーの来訪
四、ケッバーの来訪
ゴルトとバートンが去ってから、しばらく後。手長ウキキ族の傭兵が、牢屋の通用口へ現れた。
「これは、これは。ウキキ族の方が、何用でしょうか?」と、右側の兵士が、問い掛けた。
「先刻、ここへ放り込まれた若造に、会いに来たんだがな」と、手長ウキキ族の傭兵は、用件を告げた。牢屋に入れて、デヘルの奴隷にするくらいなら、傭兵団へ入れた方が、若造本人の為にもなるからだ。
「う〜ん」と、右側の兵士が、眉根を寄せた。
「何だ? 都合でも悪いのか?」と、手長ウキキ族の傭兵は、問い掛けた。何か有ると察したからだ。
「俺達の独断では、会わせられないんだよ」と、左側の兵士が、口を挟んだ。
「つまり、上司の許可が要るって事か?」と、手長ウキキ族の傭兵は、毅然とした態度で、尋ねた。何かを隠しているような気がするからだ。そして、「責任は、俺が取るから、そこを通らせて貰えないかな?」と、提言した。何故か、気になるからだ。
「う〜ん。駄目だな」と、右側の兵士が、頭を振った。そして、「勝手な事は出来ん!」と、拒んだ。
「俺らも、一応、仕事なんだから、それなりの手続きを踏んでくれないかな?」と、左側の兵士も、口添えした。
「確かに、お前らの言う通りだな」と、手長ウキキ族の傭兵も、頷いた。正規の軍に属して居るのだから、言って居る事も、もっともだからだ。そして、「でも、お前ら、何か、誤魔化して居るんじゃないのか?」と、指摘した。
「い、いや…。べ、別に…」と、左側の兵士が、苦笑しながら、狼狽えた。
「別に、あんたに隠し事をしても、何の得も無いんだけどな」と、右側の兵士も、取り繕った。
「そりゃあそうだが。お前ら、腰にぶら下げている物は、どうした?」と、手長ウキキ族の傭兵は、問うた。右側の兵士の剣の柄が、上方へ、僅かに歪んで居るのと、左側の兵士の鞘に、中身が無いのを視認したからだ。
「こ、これは、その…」と、右側の兵士が、口籠った。
「ちょっと…」と、左側の兵士も、言葉を濁した。
「見張りにしちゃあ、武器を粗末にし過ぎなんじゃないのか?」と、手長ウキキ族の傭兵は、睨みを利かせた。そして、「弛んで居るんじゃないのか?」と、凄んだ。
「あれぇ? どうしちゃったのかなぁ〜」と、右側の兵士が、白々しく惚けた。
「俺らは、別に、粗末に扱っているつもりは…」と、左側の兵士も、否定した。
「じゃあ、これは、何なんだ!」と、手長ウキキ族の傭兵は、右手を伸ばして、右側の兵士の剣を抜き取った。その瞬間、「おい! これは、ただ事じゃないぞ!」と、語気を荒らげた。剣の状態を見て、尋常ではないと察したからだ。そして、「正直に言え! 何かを隠して居るんじゃないのか?」と、問い質した。
「いや、急な進軍だったんで、剣を落として、折っちまったんだよ」と、右側の兵士が、理由を述べた。
「そうそう。俺も、慌てて居たもんで、忘れて来ちまったんだよ」と、左側の兵士も、口添えした。
「じゃあ、懲罰ものだな」と、手長ウキキ族の傭兵は、しれっと言った。敵国へ乗り込むのに、まともな装備無しで来るなど、もっての外だからだ。そして、「上司を呼んでも良いんだな?」と、尋ねた。これを見たら、罰を免れられなくなるからだ。
「やれやれ。ここまでか…」と、右側の兵士が、溜め息を吐いて、観念した。
「そうだな」と。左側の兵士も、冴えない表情で、同調した。
「で、本当のところは、どうなんだよ?」と、手長ウキキ族の傭兵は、問い掛けた。ここで、何か有ったのか、興味がそそられるからだ。
「実は…」と、右側の兵士が、神妙な態度で、語り始めた。
しばらくして、「なるほど。そういう訳か…」と、手長ウキキ族の傭兵は、口元を綻ばせた。自分ならば、二人を殺って居るからだ。
「で、あんたは、俺らの事を、上司に告げるのか?」と、右側の兵士が、表情を曇らせた。
「俺は、傭兵だし、この件を上司へ告げる義務は無い」と、手長ウキキ族は、回答した。部外者なので、報告したところで、厄介事に巻き込まれるだけだからだ。
「ははは…」と、右側の兵士が、力無く笑った。
「た、助かるぜ…」と、左側の兵士も、安堵した。
「ならば、ここには、用は無いな」と、手長ウキキ族の傭兵は、口にした。目当ての若造が居ないのなら、用件は、終了だからだ。そして、「お前達、私が来た事を口外するなよ」と、口止めした。内通者と疑われるのも、何かと面倒だからだ。
「は、はい!」と、右側の兵士が、即答した。
少し後れて、「俺は、何も見てません!」と、左側の兵士も、告げた。
「このケッバーを、楽しませてくれそうだな」と、ケッバーは、踵を返すのだった。




