四〇、三人娘と占い師
四〇、三人娘と占い師
茶色い髪の端を短く切り揃えた華奢な体型で、腰に、細い剣している猫耳族の娘と、その右隣に、木箱を机代わりにして、占い師の真似事をする長い金髪で、品格の在る風貌のバニ族の娘が、裏通りに居た。
「ラーサ。こんな人気の無い所で、お店を構えても、商売にならないでしょ?」と、華奢な猫耳族の娘は、壁に寄り掛かりながら、意見した。退屈で、仕方が無いからだ。
「アルカーナさんも、眠たそうですね〜。フィレンさんみたいに、出歩いて下さっても構いませんよぉ〜」と、ラーサが、にこやかに言った。
「そうしたいけど、あんた独りじゃあ、物騒でしょ? 気になって、ここを離れられないわよ」と、アルカーナは、理由を述べた。こんな人気の無い所に、ラーサだけを置いて出歩くのは、心配だからだ。
「用心棒代だったら、大丈夫ですよ。きちんとお支払いしますので…」と、ラーサが、告げた。
「へっへっへぇ〜。そこのお二人さん。ちょっと、お話良いですか?」と、表の通りの方から、男の声が、割り込んだ。
二人は、その方を見やった。
その直後、厳つい顔の色黒の男が、数名の柄の悪い男達を引き連れて居るのを視認した。
アルカーナは、咄嗟に、右手を柄へ回した。いつでも、抜けるようにしておきたいからだ。そして、「場所代でも払えと?」と、つっけんどんに問うた。
「う〜ん。惜しいな」と、厳つい顔の色黒の男が、勿体振った。そして、「別の支払いをして欲しいんだよなぁ〜」と、告げた。
「別の支払い?」と、アルカーナは、小首を傾いだ。他に、思い付かないからだ。
「メギネ族の姉ちゃんが、ここへ来れば、肩代わりしてくれるって、言ったもんでね」と、厳つい顔の色黒の男が、理由を述べた。
その瞬間、「あいつぅ〜」と、アルカーナは、ようやく、合点が行った。フィレンの仕業だと察したからだ。
「で、あんたらが、払ってくれるのかい?」と、厳つい顔の色黒の男が、問うた。
アルカーナは、ラーサを見やり、「ラーサ、心苦しいんだけど…」と、口ごもった。金銭の話となると、ラーサを頼らざるを得ないからだ。
「気にしないで下さい。いつもの事ですから」と、ラーサが、口にした。そして、「お幾らですか?」と、尋ねた。
「混合酒と軽食で、一リマ銀貨だ」と、厳つい顔の色黒の男が、歯の欠けた隙間だらけの口の中を見せながら、満面の笑みを浮かべた。そして、すかさず、左の手の平を上にしながら、差し出した。
間も無く、ラーサが、手提げ鞄から、財布を取り出すなり、一リマ銀貨を渡した。
「毎度ありっ!」と、厳つい顔の色黒の男が、嬉々とした。
程無くして、男達が、去って行った。
「あいつ、ラーサが払ってくれる事を見越して、食べ歩いて居るのね!」と、アルカーナは、憤慨した。ラーサにばかり、支払いを押し付けている事が、腹立たしいからだ。
「アルカーナさん。そんなに怒らないで下さい。私が、好きでやっている事なのですから」と、ラーサが、宥めた。
そこへ、「もう、支払いは済んだみたいね」と、聞き覚えの有る娘の声が、裏通りの方から聞こえた。
その刹那、アルカーナは、その方を見やった。その直後、背中まで在る茶色い髪に、橙色の少々胸元の露出多めの腰から足下まで、両端に切れ込みの入ったドレスで、狐耳が特徴のメギネ族の娘を視認した。そして、「フィレン、あんたねぇ〜」と、怒りを露わにした。金銭絡みの厄介事しか持って来ないからだ。
「アルカーナ、何をそんなに怒っているのかしら?」と、フィレンが、白々しく惚けた。そして、「一リマ銅貨も出さないあなたに、とやかく言われる筋合いは無いわよ」と、しれっと言った。
「くっ…!」と、アルカーナは、歯嚙みした。確かに、一リマ銅貨も、出していないのだから、文句は言えないからだ。
「文句を言うのだったら、お金を出してから言いなさい!」と、フィレンが、威張った。
「何で、あんたが、そんなに偉そうなのよ!」と、アルカーナは、顰めっ面で、指摘した。納得出来ないからだ。
「あなたとあたしとでは、親密度が違うって事よ!」と、フィレンが、得意満面に、返答した。
「私は、どちらも、大切な方だと思っていますわよ」と、ラーサが、微笑んだ。
「どうやら、あたしと同等のようねぇ〜」と、アルカーナは、口元を綻ばせた。ラーサの中では、上下無く思われていたからだ。
「ふん! 社交辞令に決まっているでしょ!」と、フィレンが、吐き捨てるように言った。
「はいはい」と、アルカーナは、半笑いで、生返事をした。これ以上の言い争いは、無意味だからだ。
「腹立つぅ〜!」と、フィレンが、憤慨した。
「困りましたねぇ〜」と、表情を曇らせた。
そこへ、「あのぉ〜。占って頂けませんか?」と、女性の声が、割って入った。
「は、はい…。あっ…!」と、ラーサが、面食らった顔をしながら、口をパクパクさせた。
少し後れて、アルカーナも、視線を向けた。その直後、小柄な身の丈で、濃紺の長衣と天辺の先端が歪んだ尖り帽子を被り、庇の部分から、茶色い猫耳の突き出た怪しい雰囲気の女性を視認した。そして、「ラーサ、知り合い?」と、尋ねた。反応からして、そのような感じだからだ。
ラーサが、小さく頷いた。
「久し振りね。ラーサ」と、猫耳族の女性が、目を細めた。
間も無く、ラーサも、我に帰り、「は、はい!」と、力強く返事をした。そして、「沙魅亜先生も、御無沙汰して居ます」と、恐縮した。
「まだ、占いを続けて居たのね!」と、沙魅亜が、我が事のように喜んだ。
「え、ええ…」と、ラーサが、頬を赤らめながら、俯いた。
「ラーサ。まだ、人見知りの癖は、抜け切れていないみたいね」と、沙魅亜が、やんわりと指摘した。
「は、はい…」と、ラーサが、ぎこちなく応えた。
「あのぅ〜。ちょっと、良いですかぁ〜」と、アルカーナは、口を挟んだ。二人の間柄が、気になって仕方が無いからだ。
「アルカーナ。感動の再会に割り込むのは、野暮ってもんよ!」と、フィレンが、つっけんどんに言った。
「私は、構いませんよ」と、ラーサが、しれっと許可をした。
「あなた方、ラーサのお友達かしら?」と、沙魅亜が、興味を示した。
「ええ! 大親友よ!」と、フィレンが、誇示した。
「金蔓としか思っていない癖に…」と、アルカーナは、口を尖らせた。そして、「どの口から、そのような言葉がでるのやら」と、呆れ顔で、溜め息を吐いた。金銭でしか繋がっていない関係だからだ。
「はいはい。あなたみたいに、表面でしか見ていない人に、そう言われても、痛くも痒くもないわよ」と、フィレンが、平然と振る舞った。
「ラーサは、どう思っているの?」と、アルカーナは、尋ねた。フィレンじゃ話にならないからだ。
「う〜ん…」と、ラーサが、眉間に皺を寄せた。
「あなた、今、ここで言わせる事かしら?」と、フィレンが、強気に言った。
「はいはい。言い争いは、そこまでにしましょうね!」と、沙魅亜が、打ち切った。そして、「まあ、ラーサが、友達だと思っている訳だし、答えを詰めるのも、酷ってもんじゃないかしら?」と、見解を述べた。
「そうね。ラーサが、決める事だもんね」と、フィレンが、他人事のように、あっけらかんと言った。
「…」と、アルカーナは、押し黙った。少々、納得出来ないからだ。
「まあ、旨い事、やって行けてるみたいだし、昔よりは、前向きになったんじゃないかしら?」と、沙魅亜が、目を細めた。
その刹那、「わ、判りません!」と、ラーサが、いつになく、剥きになった。
「ごめんなさい。ただ、以前のあなただったら、引き籠もって、出て来なかっただろうって、思ったのよね」と、沙魅亜が、口にした。そして、「あなたに、占いの基礎を教えて良かったわ」と、にんまりした。
「じゃあ、ラーサの占いの師匠的な方なの!」と、アルカーナは、素っ頓狂な声を発した。そして、「ラーサの事を、もっと教えて貰えないかしら?」と、要請した。興味が唆られるからだ。
「あんまり踏み込まないの。ラーサにとっては、繊細な話だからね」と、沙魅亜が、断った。
「そうよ。今ので、間違い無く、ラーサに嫌われちゃったかもねぇ〜」と、フィレンが、半笑いで、補足した。
「うっ…」と、アルカーナは、顔を顰めた。しまったと思ったからだ。そして、「ラーサ、ごめん!」と、すぐさま詫びた。
「ごめんで済んだら、役人は要らないわよ」と、フィレンが、冷ややかに言った。そして、「ラーサ、慰謝料は請求しなさいよ」と、助言した。
「あんたねぇ〜!」と、アルカーナは、フィレンを睨み付けた。図に乗り過ぎだからだ。
「アルカーナさん。私は、嫌いになって居ませんよ」と、ラーサが、否定した。そして、「話せる時になったら、お話します…」と、回答した。
「わ、分かったわ」と、アルカーナは、右手で、胸を撫で下ろした。嫌われていなかったからだ。
「ふん!」と、フィレンが、不快感を露わにした。
「ラーサ、二人に慕われているようね」と、沙魅亜が、見解を述べた。
その瞬間、ラーサが、顔を上げるなり、「はい!」と、力強く返事をした。そして、「沙魅亜先生が来られたのは、何処かで、災いのような事でも?」と、尋ねた。
「ええ。災いと言っても、人災のようなものよ」と、沙魅亜が、しれっと答えた。そして、「昨日から、それは起こっているの」と、言葉を続けた。
「人災って、この近辺の国々の紛争みたいな事かしら?」と、アルカーナは、怪訝な顔で、口にした。ライランスで、紛争の話は、聞いて居ないからだ。
「いいえ。海の向こう側よ」と、沙魅亜が、淡々と言った。
その瞬間、「ひょっとして、ドファリームの方かしら?」と、フィレンが、真顔で、口を挟んだ。
「ええ」と、沙魅亜が、頷いた。
「どうせ、あいつらでしょうね!」と、フィレンが、怒りを露わにした。
「フィレン、どうしちゃったのよ?」と、アルカーナは、問うた。ただならぬ怒気を感じたからだ。
「沙魅亜先生。迷える方々を、御導きになられに向かわれるのですね」と、ラーサが、意図を察した。
「ええ、そうよ。活きる道を示すのも、私の役目だと思って居ますからね」と、沙魅亜が、考えを述べた。そして、「あなたのお父様の力を借りようと思っているのよ」と、補足した。
「昨日は、いつも通り営業して居ましたので、ドファリームの事は知らないかと思いますけど…。先生の言葉なら、信じてくれるでしょうね」と、ラーサが、語った。
そこへ、「ラーサ。やっぱり、ここだったか!」と、商人風のウルフ族の若者が、大通りから、声を掛けて来た。
「兄様!」と、ラーサが、驚きの声を発した。
「ヴォルス様、お久しぶりですね」と、沙魅亜も、挨拶をした。
少し間を置いて、「え〜と。誰でしたかねぇ?」と、ヴォルスが、眉間に皺を寄せた。
「かなり昔でしたから、お忘れかも知れませんね。占い師の沙魅亜ですよ」と、沙魅亜が、名乗った。
「沙魅亜さん…?」と、ヴォルスが、腕組みをした。そして、「ああっ!」と、はっとなった。
「思い出して頂けましたかしら?」と、沙魅亜が、満面の笑みを浮かべた。
「はいはい」と、ヴォルスが、頷いた。そして、「何年振りかなぁ〜?」と、懐かしんだ。
「ラーサが、まだ、小さい頃でしたから、七、八年くらい前かと…」と、沙魅亜が、回答した。
「もう、それくらいになるのか…」と、ヴォルスが、口にした。そして、「勿論、うちへ寄ってくれるんだろ?」と、問うた。
「ええ。そのつもりよ」と、沙魅亜が、即答した。そして、「あなた達の父上に、御助力をお願いしたいと思っているのよ」と、言葉を続けた。
「まさか、ドファリームへ?」と、ヴォルスが、顔を顰めた。
「ええ、そのまさかよ」と、沙魅亜が、しれっと言った。
「今は、難しいと思うぜ」と、ヴォルスが、冴えない表情で、示唆した。
「そうね。私も、すぐにとは、思って居ないわ」と、沙魅亜が、返答した。そして、「ドファリームへ渡れる時に、乗せて貰えれば良いのよ」と、考えを述べた。
「まあ、落ち着くのを待つしかないだろうな」と、ヴォルスが、溜め息を吐いた。
「フィレン。ああ言ってるけど、あんたは、どうするのよ?」と、アルカーナは、質問した。先刻の口振りだと、今すぐにでも行きたそうな様子だったからだ。
「あんた、あたしに、泳いで渡れって言うの!」と、フィレンが、突っ掛かった。
「別に、そんな事なんて、言ってないじゃない! 目の敵にしないでよ!」と、アルカーナも、語気を荒らげた。フィレンの考えを知りたかったのに、敵視されるのは、心外だからだ。
「はいはい。喧嘩は、そこまで!」と、沙魅亜が、仲裁した。
「で、兄様。私に、何か、御用でも?」と、ラーサが、問うた。
「父上が、急遽、店へ顔を出せって、言うんだよ」と、ヴォルスが、冴えない顔で、回答した。
「そうですか。かなり、大事なお話かも知れませんわね」と、ラーサも、表情を引き締めた。
「この頃合いだと…」と、アルカーナは、呟いた。ドファリームとデヘル絡みのような気がするからだ。
「俺達に、揃って店へ来いってんだから、大事なのは、間違い無いだろうな」と、ヴォルスも、真顔になった。
「ラーサは、早く帰りなさい。後片付けは、あたし達が、やっておくから」と、アルカーナは、促した。その方が、良さそうだからだ。
「はい…」と、ラーサが、応じた。
程無くして、ラーサとヴォルスが、表通りへでた。
アルカーナ達は、後片付けを始めるのだった。




