三、脱走
三、脱走
ゴルトは、城門の内側を城壁沿いに、右へ移動した突き当たりに在る地下牢へ、後ろ手に捕縛された状態で、押し込まれた。そして、「ここまでか…」と、口にした。助けが来る見込みは無いからだ。
「ゴルト、湿気た面してんじゃねぇよ」と、奥から、陽気な聞き覚えの有る声がした。
「バートン、何処だ?」と、ゴルトは、両目を見開いた。まさか、バートンが、同じ牢屋に居るとは思いもしなかったからだ。
「お前の正面だ…」と、バートンが、返答した。
ゴルトは、目を凝らして、奥を見やった。その直後、「あ…」と、言葉を失った。朧げながらも、バートンの腫れ上がった顔を、視界に捉えたからだ。
「へ、少し前に、デヘルの野郎が、“気に食わねえ”って、殴られたんだ。ったく、男前が、台無しだぜ…」と、バートンが、ぼやいた。
「え!? もう、デヘルを奴らが、彷徨いて居るのかっ!」と、ゴルトは、素っ頓狂な声を発した。あまりにも、行動が早過ぎるからだ。
「何だ? お前も、デヘルの奴にやられたんじゃないのか?」と、バートンが、問い返した。
「いや…」と、ゴルトは、頭を振り、別れてからの経緯を語った。
しばらくして、「デヘルじゃなく、雇われた傭兵にやられたって訳か…」と、バートンが、納得した。そして、「まさか、ここで、お前に再会出来るとは、思ってなかったな」と、口にした。
「何か、考えが有りそうだな」と、ゴルトは、察した。そして、「きかせろよ」と、促した。ここで、じっとして居ても、処刑されるか、奴隷として、強制労働をさせられるかの未来しか無いからだ。
「連中を伸して、脱走しようって事さ」と、バートンが、囁いた。
「なるほど」と、ゴルトは、頷いた。だが、すぐに、表情を曇らせた。再び、ケッバーと対峙した時に、逆戻りする事になるかも知れないからだ。そして、「今の俺では、ケッバーに勝てない…」と、弱音を吐いた。次は、殺られるかも知れないからだ。
「そうか…。でも、お前が負けたのは、デヘルに雇われた傭兵だから、デヘルの兵士じゃない。それに、俺の知っているゴルトは、ヘタレじゃなかったぜ」と、バートンが、皮肉った。
「確かに、傭兵だったら、いつまでも、デヘルと組んで居るとは限らないな」と、ゴルトは、気を取り直した。関係を解消しているとも、考えられるからだ。
「どうする?」と、バートンが、尋ねた。
「そうだな。ここに居ても、デヘルに飼い殺しにされるだけだからな。お前の策に乗ってやるよ」と、ゴルトは、応じた。動かなければ、仕返しも出来ないからだ。そして、「しかし、縛られている以上、何も出来ないんだが…」と、ぼやいた。縄を解く事が、先決だからだ。
「俺様は、いつでも動けるぜ」と、バートンが、どや顔をした。
「ははは…。そうだったな…」と、ゴルトは、苦笑した。バートンの職業が、盗賊だという事を思い出したからだ。そして、「俺のを解いてくれよ」と、要求した。今の内に、牢を出た方が良さそうだからだ。
「へいへい」と、バートンが、口元を綻ばせた。そして、自らの縄を解くなり、後ろへ回り込まれた。
間も無く、ゴルトは、解放された。そして、「先ずは、武器を手に入れようぜ」と、提案した。素手で、相手を倒せる自信が無いからだ。
「そうだな。手先の器用な俺でも、連中を倒すのは、無理だからな」と、バートンも、おどけた。
「よく言うぜ。前に、モリータとか言う不良に絡まれた時、あいつの腰から剣を抜き取って、追っ払った事が有ったじゃないかよ!」と、ゴルトは、指摘した。丸腰のバートンが、相手から奪い取る様を覚えているからだ。
「あの時は、あいつの態度に、イラッと来たんで、盗賊をなめんなって意味で、抜き取ってやったんだよ」と、バートンが、心境を述べた。そして、「それに、隙だらけだったから、旨く行っただけの事さ」と、補足した。
「確かに、上から目線だったな」と、ゴルトも、頷いた。完全に、なめ腐った態度だったからだ。そして、「最近、全然見ないんだけどな」と、口にした。便利屋の周りを彷徨くのを見掛けないからだ。
「さあな。あんな負け方をしたから、恥ずかしくて、居られなくなったんじゃねぇのか?」と、バートンが、嘲笑した。
「確かに、丸腰の相手に、丸腰にされちゃあ、格好付かないもんな」と、ゴルトも、同調した。抜く前に、盗られては、世話は無いからだ。
「さあ、お喋りは、終いだ。さっさと出ようぜ」と、バートンが、提言した。
「ああ」と、ゴルトも、同意した。長居は、無用だからだ。
間も無く、二人は、牢を出た。そして、左へ向かった。
「バートン。出口に、見張りが、二人程居たぜ」と、ゴルトは、告げた。デヘルの兵士達が、すでに立って居るのを確認して居たからだ。
「う〜ん。このままじゃあ、間違い無く、戦う事になるな」と、バートンが、足を止めた。
少し後れて、ゴルトも、立ち止まった。そして、「抜け道でも在るのか?」と、尋ねた。戦いを回避するのも手だからだ。
「実は、知らないんだ…」と、バートンが、回答した。
「おい…」と、ゴルトは、溜め息を吐いた。避けられそうもないからだ。
「どんな奴なのか、教えてくれねぇか?」と、バートンが、質問した。
「二人共、中肉中背ってところだったかな…」と、ゴルトは、淡々と述べた。一般的なデヘル兵に見えたからだ。
「なるほど。モリータが、二匹居るって考えた方が、良さそうだな。その方が、戦意が上がるってもんだぜ」と、バートンが、意気込んだ。
「そうだな。どの程度の強さかは判らないが、モリータだと思えば、案外、恐れる事は無いかもな」と、ゴルトも、賛同した。実力が判らないのなら、モリータだと思って、対峙すれば良いと思ったからだ。
二人は、足音を忍ばせながら、先を進んだ。しばらくして、通用口の裏へ辿り着いた。そして、両側に、デヘルの兵が、背を向けたままで、立って居るのを視認するなり、様子を窺った。
「まさか、急な進軍を聞かされた時には、正直、焦ったぜ」と、右側の兵士が、口にした。
「そうだな。でも、着いた頃には、ほとんど壊滅して居たし、騎士団や親衛隊の姿も無かったから、楽勝だったぜ」と、左側の兵士も、にこやかに言った。
「とんだ、腰抜け共だったな。民を見捨てて、王族共が、先に、逃げ出して居やがるんだからよ」と、右側の兵士が、嘲った。
「まあ、空から、岩人形や骸骨が降って来りゃあ、誰だって、逃げ出しちまうって!」と、左側の兵士が、補足した。
「ちげぇねぇ!」と、右側の兵士も、相槌を打った。
「くっ…!」と、ゴルトは、憤怒の顔をした。言いたい放題言われて居るのが、悔しいからだ。
「落ち着け。こういう時こそ、熱くなるなよ」と、バートンが、宥めた。そして、「連中は、俺らの存在に気付いて居ないみたいだぜ」と、口元を綻ばせた。
その瞬間、ゴルトは、落ち着きを取り戻した。そして、「それも、そうだな」と、頷いた。自分達の存在に、気付いて居る風は無いからだ。
「で、どっちをやる?」と、バートンが、質問した。
「この位置だと、左の奴かな」と、ゴルトは、見解を述べた。対角線上で、勢い良く飛び掛かれそうだからだ。
「じゃあ、俺は、右の野郎だな」と、バートンも、目標を定めた。
次の瞬間、二人は、各々の相手目掛けて突撃した。
ゴルトは、低い姿勢で、横っ腹へ組み付いた。
その直後、「わっ! 何だ!」と、左側の兵士が、驚きの声を発した。
少し後れて、「てめえ! さっき、牢屋へぶち込んだ小僧だったな!」と、右側の兵士が、語気を荒らげた。
「へ、先刻のお礼参りに来てやったぜ!」と、バートンも、すかさず言い返した。
「お礼参りだと? 返り討ちにしてやるぜ!」と、右側の兵士が、自信満々で、告げた。
「それは、どうかな?」と、バートンが、落ち着き払って、返答した。
その間、ゴルトは、組み付いた状態のままで、左側の兵士と格闘中だった。
「しつこい! さっさと離れやがれっ!」と、左側の兵士が、暴れ回って、振り解こうとして居た。
「そうは行くかっ!」と、ゴルトは、倒そうと、放さなかった。このまま放せば、形成が不利になるからだ。
「男とじゃれ合う趣味は無いんだよ!」と、左側の兵士が、怒鳴った。
「俺も、お前のようなデヘル野郎とは、抱き合いたくないよ!」と、ゴルトも、冷ややかに言った。デヘルの連中に、でかい面をさせたくないからだ。
「おりゃあ!」と、左側の兵士が、予想外の動きをした。
その瞬間、ゴルトは、両腕を放してしまった。そして、尻餅を突いた。
「へっへっへぇ〜」と、左側の兵士が、右手を、剣の柄へ持って行きながら、振り向いた。
そこへ、「ゴルト、これを使え!」と、バートンが、告げた。
少し後れて、右側へ、抜き身の剣が、転がって来た。
「させるかあ!」と、左側の兵士が、剣を抜くなり、振り下ろした。
「殺られて堪るかっ!」と、ゴルトは、剣の方へ転がった。そして、回転しながら、拾い上げた。その直後、勢いそのままに、距離を取った。
「くっ!」と、左側の兵士が、悔しがった。
「残念だったな」と、ゴルトは、立ち上がって、中段に構えた。これで、何とか、五分五分になったからだ。
「ゴルト。こっちは、何とかなるから、そっちは任せたぜ」と、バートンが、一任した。
「ああ! 任せろ!」と、ゴルトも、見据えながら、頷いた。勇気付けられた気がするからだ。そして、「さあ! 来い!」と、気合いを入れた。
「なめやがって!」と、左側の兵士が、激昂した。その直後、「その剣ごと叩き折ってやるっ!」と、大上段に構えながら、突っ掛かって来た。
「そんな大振りで、倒せるとでも思って居るのか?」と、ゴルトは、呆れ顔となった。余程の怪力でもない限り、一撃必殺など、現実的ではないからだ。
その間に、左側の兵士が、迫って来た。そして、両方の握る手に、力が込められた。
ゴルトは、それを視認するなり、振り下ろす寸前で、右へ避けた。その一瞬後、斬撃が、左側を通り過ぎた。
左側の兵士が、勢いそのままに、地面を叩いた。次の瞬間、刀身の切っ先から半分が折れた。そして、前のめりに、体勢を崩した。
そこへ、ゴルトは、突きを繰り出した。そして、喉元の手前で、寸止めした。生かすも殺すも、返答次第だからだ。
「くっ…! 情けを掛けているつもりか?」と、左側の兵士が、歯噛みした。
「別に、そんなつもりは無いけどね」と、ゴルトは、仏頂面で、返答した。一応、話の出来そうな相手なので、話し合いで何とかなると思ったからだ。
「けっ! 最後までなめ腐った小僧だぜ…」と、左側の兵士が、溜め息を吐いた。そして、「で、どうしたいんだ? 殺るのなら、さっさとやりな!」と、胡座をかきながら、腕組みをした。
「殺るのは簡単だけど、後始末が大変だからな」と、ゴルトは、苦笑した。そして、「協力してくれるんだったら、別に、無駄な殺生はしなくて済むんだけどね」と、含み笑いをしながら、持ち掛けた。この方が、多分、旨く行くだろうからだ。
「分かった。どうせ、断れば、ぶっすりと殺るんだろ?」と、左側の兵士が、憮然とした表情で、応じた。
「そうだね」と、ゴルトは、即答した。協力しないのなら、そのつもりだったからだ。
「じゃあ、聞かせろよ」と、左側の兵士が、促した。
「その前に、バートンとやり合って居る奴にも、止めるように、言って貰えないかな?」と、左手の親指を立てながら、後方を指した。
「おーい! 俺達の負けだ。止めて、こっちへ来い」と、左側の兵士が、二人の方へ声を掛けた。
間も無く、バートン達が、歩み寄って来た。
「この小僧が、俺らに協力しろと言って来たんだがよ」と、左側の兵士が、開口一番に言った。
「協力? 正気か?」と、右側の兵士が、訝しがった。
「俺は、こんなザマだから、何とも言えんがな…」と、左側の兵士が、自嘲した。
「俺は、ゴルトの考えに乗っかっても良いぜ」と、バートンが、賛同した。
「そうだな。別に、俺ら同士が、憎しみ合って居る訳じゃないんだしな」と、右側の兵士も、理解を示した。
「ゴルト、話しな」と、バートンが、促した。
「ああ」と、ゴルトは、頷いた。そして、剣を引いた。先に、敵意の無い事を示しておくべきだからだ。
「ふぅ〜」と、左側の兵士が、大きく息を吐いた。
「俺らを、このまま、行かせて貰えないだろうか?」と、ゴルトは、提言した。言うだけ、言ってみるしかないからだ。
「つまり、見逃せって事か?」と、左側の兵士が、険しい顔をした。
「そうだ」と、ゴルトは、苦笑した。これが、最善の方法だと思ったからだ。
「おい、こう言っているけど、お前は、どうだ?」と、左側の兵士が、右側の兵士に、意見を求めた。
「そうだな。こいつら、重要人物でも無さそうだから、別に良いんじゃないか?」と、右側の兵士が、あっけらかんと言った。
「そうか。だったら、決まりだな」と、左側の兵士も、含み笑いを浮かべた。そして、「見なかった事にしてやるから、さっさと行け!」と、告げた。
「だってさ」と、バートンが、調子を合わせた。
「気が変わっちまうかも知れないからな」と、右側の兵士も、補足した。
「ゴルト、急ごうぜ。どうせ、他にも居るだろうしな」と、バートンが、急かした。
「ありがとう」と、ゴルトは、一礼した。この機会を逸する訳にはいかないからだ。
「お前ら、さっさと街を出ろよ! 彷徨いて居ると、ここへ逆戻りだからな!」と、左側の兵士が、忠告した。
「確かに…」と、ゴルトは、苦笑いした。逆戻りは、ごめんだからだ。そして、「じゃあ、行くとしよう」と、口にした。長居は無用だからだ。
「へ、牢屋に戻るのなんて、懲り懲りだからな」と、バートンも、両肩を竦めた。
「そりゃそうだ」と、ゴルトも、相槌を打った。間も無く、二人は、足早に、立ち去るのだった。




