三八、ビ・チャブリンの襲来
三八、ビ・チャブリンの襲来
ゴルト達は、川下りを満喫して居た。
「ポットン。もう少し遅ければ、あんたの仲間の所へ、帰らせられたんだがな」と、ヤッスルが、気遣った。
「これは、巡り合わせのようなもんですので、気にせんで下さい」と、ポットンが、淡々と言った。
「ゴルト。滅茶苦茶、あの手長ウキキ族を睨んで居たけど、あいつが、例の奴か?」と、バートンが、問うた。
「ああ、そうだ…」と、ゴルトは、仏頂面で、頷いた。何も出来ないで、やられた事が、悔しいからだ。
「あんまり、悪く思わんといて下さい。敵には厳しいですが、味方になりますと、心強い方は、居りませんよ」と、ポットンが、取りなした。
「さてさて」と、ゴルトは、しかめっ面をした。額面通りに聞き入れられないからだ。
「まあ、これは、当人同士で話し合わん事には、解決せんよ」と、ズニが、淡々と言った。
「そりゃそうだ」と、バートンも、同調した。
「まさか、小屋へ来るように、手引きしたんじゃないのか?」と、ゴルトは、疑った。偶然を装って、示し合わせていたとも考えられるからだ。
「と、とんでもない! 偶々だよ!」と、ポットンが、慌てて否定した。そして、「ですよね、ヤッスルさん!」と、同意を求めた。
「そうだな。ポットンは、示し合わせる余裕なんて無かったぞ。ケッバーの後から集落に来て、すぐに、同行を指示されたからな」と、ヤッスルが、証言した。
「そうか」と、ゴルトは、眉を顰めた。そして、「けど、あの場で、現れたという事は、何かしらの合図は、受けたんじゃないのか?」と、詰問した。仲間内で、合図を、送り合っている可能性も、考えられるからだ。
「と、とんでもない! 特に、合図なんて決めてないし、あんさんらの前で、合図を送り合うなんて、有り得ないでしょう!」と、ポットンが、語気を荒らげた。
「確かに、他人の前で、合図を送り合うのは、自殺行為のようなもんだぜ」と、バートンも、口添えした。そして、「まあ、俺の見たところじゃあ、向こうからは、合図のようなものは、送っていなかったぜ」と、補足した。
「まあ、盗賊のあんさんが、言ってくれれば、ゴルトはんも、納得して貰えるでしょう」と、ポットンが、安堵した。
「別に、あんたの弁護をした訳じゃない。けど、行動を共にして居る以上、余計な騒動は避けたいから、見たまんまの事を言ったまでだよ」と、バートンが、素っ気無く言った。
「まあ、信じる信じないは、ゴルトはん次第だけどね」と、ポットンが、ぼやいた。
一同が、やり取りして居る間に、ヨーカン号は、欄干の無い橋を潜り抜けた。しばらくして、周囲の水面が、激しく波を立てた。
「いっ、いったい! どうしたんだ!」と、ゴルトは、動揺した。何事かと思ったからだ。
「皆、真ん中へ来るんだ!」と、ヤッスルが、叫んだ。
「ホッホッホ。どうやら、奴らの縄張りに差し掛かったのかも知れんのう」と、ズニが、口にした。
間も無く、「ひゃあ!」と、ポットンが、悲鳴を上げた。
「どうした!」と、ゴルトは、すぐさま見やった。次の瞬間、ポットンの右足首を、緑色の水掻きの手が、摑んで、引っ張っているのを視認した。その直後、「今、助けてやる!」と、駆け寄り、水掻きの手へ切り付けた。その刹那、一閃した。そして、水掻きの手だけが、ポットンの右足首を摑んだ状態で、残った。
「あわわわっ!」と、ポットンが、慌てて、その手を両手で外すなり、投げ捨てた。
程無くして、ゴルト達は、中央へ集結した。
少し後れて、緑色の肌に、水掻きの手を垂らしたチャブリンが、四方から上船して来た。
「まさか、こんなに歓迎されるとはな。へへ…」と、ヤッスルが、皮肉った。
「ヤッスル、笑っている場合じゃないぞ!」と、ブーヤンが、指摘した。
「やれやれ。せっかく、のんびりと川下りが出来ると思ったんじゃがのう」と、ズニも、溜め息を吐いた。
「わいは、泳げないので、遠慮しますがね」と、ポットンが、表情を強張らせた。
「上がり込んで、俺らを連れて行きたいようだしな」と、バートンも、見解を述べた。
「ははは…」と、ゴルトも、苦笑した。このような歓迎は、願い下げだからだ。
その間に、ビ・チャブリン達が、包囲を狭めて来た。
「一斉に、飛び掛かられると、厄介だぞ」と、ブーヤンが、危機感を募らせた。
「おいは、ここを動く事が出来ん。ブーヤン達で、何とかしてくれ」と、ヤッスルが、要請した。
「分かった。お前は、筏の操船に集中してくれ」と、ブーヤンが、承知した。
「わいも、ちょっと、戦闘の方は…」と、ポットンが、口ごもった。
「俺も、素手じゃあな…」と、バートンも、眉根を寄せた。
「分かったよ! こっちは、俺が、何とかするから、援護の方を頼むぜ!」と、ゴルトは、戦意を高揚させた。やるしかないからだ。そして、「やあっ!」と、斬り掛かって行った。じっとしてても、殺られるだけだからだ。程無くして、正面のビ・チャブリンへ、振り下ろした。その直後、左肩から斜めに切り裂いた。
「ビチャアアア!!」と、正面のビ・チャブリンが、前のめりに、崩折れた。
少し後れて、反対側も、騒がしくなった。
「お前達を近付けさせはしない!」と、ブーヤンの勇ましい声が、聞こえた。
その途端、ビ・チャブリン達が、背を向けて、川へ飛び込んだ。そして、見る見るうちに、筏の上には、数体のビ・チャブリンが、残った。
「やったのか…?」と、ゴルトは、目を瞬かせた。呆気無いからだ。
「ビ・チャブリンの真の恐怖は、これからだぞ!」と、ヤッスルが、示唆した。
「船上じゃあ不利だから、得意の水中戦へ切り替えたという事じゃな」と、ズニが、口にした。
「確かに、水の中へ行かれると、わいらは、不利になりますわなぁ」と、ポットンも、ぼやいた。
「また、隙を突いて、引き摺り込むとか?」と、ゴルトは、眉間に皺を寄せた。他に、攻撃方法を知らないからだ。
突然、ヨーカン号の左側が、突き上げられた。
その瞬間、一同は、大勢を崩された。
「どうやら、ヨーカン号の繋ぎ目を狙って、バラしに来やがったな!」と、ヤッスルが、語気を荒らげた。
「ヤッスルはん、大丈夫なんですかぁ〜?」と、ポットンが、日和った。
「さあな。一応、急拵えでも、しっかりと繋いでいるんだから、持ち堪える事を信じるしかないだろな」と、ヤッスルが、淡々と回答した。
「そうだな。連中が、諦めてくれるまで、我慢するしかないだろうな」と、ブーヤンも、同調した。
「ホッホッホ。船酔いしそうじゃのう」と、ズニも、溜め息を吐いた。
「くっ! また、一方的にやられるのかよっ!」と、ゴルトは、憤慨した。やり返せないのが、腹立たしいからだ。
「まあ、反撃の手段が無いんじゃあ、堪えるしかないわな」と、バートンが、あっけらかんと言った。
「こういう時に、あいつの事は、言いたくないんだけど、あいつの魔法なら、どうにかなるんだろうけどな」と、ポットンが、吐き捨てるように言った。
「居ない奴の事を言っても、仕方無いだろう」と、バートンが、溜め息混じりに、指摘した。
「そりゃあ、そうですがね…」と、ポットンも、生返事をした。
しばらく、ビ・チャブリン達の攻撃を受けた後、周囲が、静まり返った。
「こ、これで、終わりなのか…?」と、ゴルトは、見回した。激しい攻撃が、急に止まった事に、違和感が有るからだ。
その直後、縄の切れる音が、前方からした。
「くそっ! あいつらの狙いは、これかっ!」と、ヤッスルが、語気を荒らげた。
少し後れて、ヨーカン号の左半分の縄が、次々に千切れた。そして、左舷の丸太が、分離してしまった。
「すまんが、こっちへ来ないでくれ! 転覆してしまうかも知れんからな!」と、ヤッスルが、告げた。
「ヤッスルはん、そりゃあ、殺生ですよぉ〜!」と、ポットンが、悲痛な声を発した。
「ゴルト、ダーシモで落ち合おうぜ!」と、バートンが、叫んだ。
「ああ!」と、ゴルトも、力強く頷いた。離れ離れになるが、目的地は同じだからだ。
程無くして、ズニが飛来するなり、「わしも、付いて行くとしよう」と、降り立った。
「ゴルトはん、左側へ流されてますよ!」と、ポットンが、狼狽えた。
「どうやら、別の流れに乗ったようじゃのう。このままじゃあ、支流の方へ行きそうじゃのう」と、ズニが、推測を述べた。
「今のままでは、水の中へ入るのも、危険でしょうからね」と、ゴルトも、表情を曇らせた。ビ・チャブリンが、潜んで居る可能性も、考えられるからだ。
「ホッホッホ。流れに身を任せるしかないようじゃな」と、ズニが、あっけらかんと言った。
「ですね」と、ゴルトも、相槌を打った。時を待つしかないからだ。
「泳げないのですから、仕方無いですねぇ」と、ポットンが、嘆息した。
間も無く、筏は、二手に分かれるのだった。




