三四、ヨーカン号、発進
三四、ヨーカン号、発進
ゴルト達は、ヤッスルの指導の下、資材用の丸太を、運搬用の筏へ組み合わせて、皆がのれる面積分を確保した。そして、出発の準備に取り掛かって居た。
「さあて、しばらくは、ここともおさらばだな」と、ヤッスルが、口にした。
「そうだな。まさか、こんな形で、森を出る事になるなんてな」と、ブーヤンも、同調した。
「不本意じゃが、このような事も起こるもんじゃ」と、ズニも、溜め息を吐いた。
「天災ならまだしも、人災じゃあ、駄目なんだよ!」と、ゴルトは、語気を荒らげた。故意に、日常をぶち壊された事が、腹立たしいからだ。
「あんさんの気持ちは、解ります。けれど、弱者は、強者には逆らえんのですからね」と、ポットンが、考えを述べた。
「デヘルの味方をするあんたには、言われたくないね!」と、ゴルトは、つっけんどんに言った。こうでも言わないと、やってられないからだ。
「確かに、デヘル側の傭兵をやっている以上、そう言われても、仕方が無い。けれど、わいは、デヘルの事を快く思ってなんて居ないよ。それに、戦闘は、からっきしだから、補助と回復魔法を使い倒したんだよ」と、ポットンが、語った。
「くっ!」と、ゴルトは、歯嚙みした。ポットンへ、怒りをぶつけるのは、筋違いだと分かっているからだ。
「ゴルト、それくらいにしとけ。喧嘩をするだけ、疲れるだけだぞ」と、バートンが、宥めた。
「そうだな。同じ筏に乗るんだし、揉め事は、御法度だぜ」と、ヤッスルも、口を挟んだ。
「どうしても、決着を付けたいんだったら、二人は、残っても良いんだぞ」と、ブーヤンが、半笑いで、冷やかした。
「姐さん。わいは、そんな気なんて有りませんよ」と、ポットンが、苦笑した。
「俺も、別に、殴りたいなんて、思って居ないよ。憎んでいる訳じゃないんだからさ」と、ゴルトも、吐露した。ポットンと喧嘩をしたい訳ではないからだ。
「筏の上では、助け合わんといけないからな。絶対に、喧嘩なんてすんなよ!」と、ヤッスルが、真顔で、念押しした。
「ああ」と、ゴルトは、力強く頷いた。無駄な体力を使いたくないからだ。
「も、勿論っすよ! わいも、穏便に、過ごしたいですからね」と、ポットンも、同意した。
「ようし! 皆、乗り込んでくれ!」と、ヤッスルが、意気揚々に、促した。
間も無く、一同は、“ヨーカン号”へ乗り込んだ。
「今のところは、潮が引いているから、流れに乗れりゃあ、かなり進めそうだぜ」と、バートンが、告げた。
「そうだな。でも、いつもと勝手が違うから、あんまり、気楽にするなよ」と、ヤッスルが、忠告した。
「そうだな。私達を乗せた分、いつもよりも大きくなっているんだからな」と、ブーヤンも、理解を示した。
「まあ、ビ・チャブリンに出食わさん事を祈るしかないのう」と、ズニが、口にした。
「わいも、泳ぐのは、ちょっと…」と、ポットンも、表情を強張らせた。
「確かに、足下が悪いから、来て欲しくはないな」と、ゴルトも、同調した。足場の悪い所での襲撃は、勘弁して欲しいものだからだ。
「何よりも、水の中へ引き摺り込まれないように、気を付ける事だ。上がって来ようもんなら、どんな手を使ってでも、落とすんだ」と、ヤッスルが、助言した。
「ホッホッホ。その通りじゃのう」と、ズニも、頷いた。
「おいが、離岸させるから、その間の警戒を頼む」と、ヤッスルが、要請した。
「おう!」と、ズニ以外の者達は、即答した。そして、小屋以外の方角を警戒した。
その間に、ヤッスルが、係留の縄を解いて、船着き場の足場を、右足で蹴った。
その瞬間、ヨーカン号が、離岸を始めた。次第に、中央の流れへ引き寄せられた。しばらくして、流れに乗った。
「これで、やっと、ヨーカン号発進だな」と、ヤッスルが、満面の笑みを浮かべた。
「単に、お前が言いたかっただけだろ」と、ブーヤンが、冷やかした。
「へっへっへ〜♪」と、ヤッスルが、笑って誤魔化した。
そこへ、「船着き場へ、三人程、お客さんみたいだぜ」と、バートンが、右手の親指を立てながら、背後を指した。
ゴルトは、その方を見やるなり、「あっ!」と、目を見張った。ケッバー達だったからだ。
「一足違いでしたねぇ」と、ポットンが、溜め息を吐いた。
「あいつが、そうなのか?」と、バートンが、問うた。
「ああ…」と、ゴルトは、不機嫌に、頷いた。あの顔は、忘れられないからだ。
その間にも、ヨーカン号は、川を下るのだった。




