三三、星剣祭 −開会前−
三三 星剣祭 −開会前−
スーバル国の首都ホロロの闘技場に、多くの人々が、集って居た。スーバル騎士団による“星剣祭”と呼ばれる剣術大会が、始まろうとしていたからだ。これに優勝するという事は、“最強”を意味する事である。
その剣術大会の雰囲気に、ぼさぼさ頭の若者は、そわそわして居た。これまでの修練を試したくて、うずうずしていたからだ。
「パレサさん。落ち着きましょう」と、赤い後ろ髪を結った緑色の長衣の娘が、やんわりと助言した。
「エシェナ、これが、落ち着いてなんて居られるか! 俺は、早く、やってみたいんだ!」と、パレサは、気持ちを昂ぶらせた。剣を振るいたくて堪らないからだ。
「気持ちは、分かりますけど、そんなに先走って居ますと、足下を掬われますわよ」と、エシェナが、忠告した。
「そ、そうだな…」と、パレサは、すんなり聞き入れた。確かに、なめて掛かって、結構、痛い目に遭って居たからだ。
「まだ、開会式まで、時間は有りますし、少し歩いて、気持ちを落ち着かせましょう」と、エシェナが、提案した。
「そ、そうだな。初戦で敗退なんて、嫌だからな」と、パレサも、同調した。気分を落ち着かせるのも、一つの手だからだ。
「そこら辺を見て回りましょう!」と、エシェナが、意気揚々に言った。
「そうだな」と、パレサも、相槌を打った。気を遣っているのを察したからだ。
二人は、闘技場の外周に在る遊歩道を歩き始めた。
少しして、四角い黒縁眼鏡を掛けた少し丸みを帯びた顔立ちの男が、行く手を阻んだ。
「何か用か?」と、パレサは、問い掛けた。
しかし、眼鏡を掛けた男が、何一つ反応を示さなかった。そして、「お前には、用は無い!」と、子供っぽい声で、返答した。
「んだと! 用が無いんなら、とっとと退けよ!」と、パレサは、語気を荒らげた。邪魔をしておいて、その言い種は無いからだ。
「僕が、用の有るのは、隣の娘だよ〜♪」と、眼鏡を掛けた男が、鼻の下を伸ばしながら告げた。
「私、あなたは、好みじゃないの! だから、早く退いて頂戴!」と、エシェナも、つっけんどんに言った。
「そんな事を言って、良いのかなぁ〜?」と、眼鏡を掛けた男が、勿体振った。
「知らねぇよ! エシェナだって、はっきり嫌がって居るんだからさっ!」と、パレサは、睨みを利かせた。何者であろうとも、知った事ではないからだ。
「ホスゲ様に、そんな口を利いても良いのか?」と、眼鏡を掛けた男が、含み笑いをした。
「自分に、“様”を付けて、威張んなよ!」と、吐き捨てるように言った。自分を“様”付けで呼ぶ奴に、大した奴は居ないからだ。
「ほう。僕の言っている意味が、分かって居ないみたいだねぇ〜♪」と、ホスゲが、仄めかした。
「言いたい事が有るのなら、さっさと言えよ!」と、パレサは、急かした。じれったいからだ。
「震えが来ても知らんぞ!」と、ホスゲが、自信満々で、口にした。
「あっそう」と、パレサは、素っ気無く返答した。態度を変える気など、更々無いからだ。
「パパ上に、お前の無礼な態度を言い付けて、牢屋へぶち込んで貰うよ!」と、ホスゲが、満面の笑顔で、宣告した。
「そうか。で、そんな脅しに、俺が、怯むとでも思って居るのか?」と、パレサは、憮然とした顔で、淡々と言った。親の威厳で、好き勝手やって来た愚息だと判明したからだ。
「パレサさん。逆らわないで下さい…。剣術大会に、出場出来なくなりますよ」と、エシェナが、表情を曇らせた。
「君を、こんな奴の相手をさせるくらいだったら、出られなくても良い!」と、パレサは、言い切った。エシェナを犠牲にしてまで、出場したいとは思わないからだ。
「彼女が、ああ言って居るんだからさぁ〜♪ 素直に、僕の言う通りにしろよなぁ〜♪」と、ホスゲが、満面の笑顔で、要求した。
そこへ、「おい! 黙って見て居りゃあ、良い気になってんじゃねぇぞ!」と、筋骨隆々なの半裸のブヒヒ族の男が、乱入して来た。
「お、お前は、何だ!?」と、ホスゲが、狼狽えた。そして、「お前も、僕に逆らうのか!」と、激昂した。
「当たり前だ!」と、半裸のブヒヒ族の男が、毅然とした態度で、即答した。そして、「他人の恋人にちょっかい出すなんて、下衆以下の卑畜だな!」と、罵倒した。
「うぬぬ!」と、ホスゲが、憤怒の形相となった。そして、「警備兵! 僕に、危害を加えようとする者共が居るぞ!」と、騒ぎ立てた。
「は? それは、お前だろ!」と、半裸のブヒヒ族の男が、呆れ顔で、指摘した。
間も無く、複数の警備兵が、やって来た。
「ぼ、僕の恋人を奪いに来た間男達だ! さっさと連れて行ってくれっ!」と、ホスゲが、訴えた。
その刹那、「私は、あなたのような人の恋人じゃありません!」と、エシェナが、毅然とした態度で、否定した。
「そいつは、俺が、保証するぜ!」と、半裸のブヒヒ族の男も、口添えした。
「どっちを信じるかだな…」と、パレサは、落ち着いた態度で、口にした。半裸のブヒヒ族の男の言葉に、勇気付けられたからだ。
「ホスゲ様。他人の女性に、ちょっかいを出されるのは、止めて頂けませんか?」と、先頭の褐色肌の警備兵が、溜め息を吐いた。そして、「先日も、暴行を働かれましたよね?」と、言葉を続けた。
「そ、それは、あの女が、先に、僕の美しい顔に手を上げたから、やり返したまでだよ!」と、ホスゲが、すかさず反論した。
「おいおい…」と、半裸のブヒヒ族の男が、ドン引きした。
「ホスゲ様。ウェア家に、これ以上の恥をかかせないで下さい。いくら、スーバル国の名家でも、このような事を続けられますと、示しが付かないので…」と、褐色肌の警備兵が、苦言を呈した。
「そいつが、僕好みの女を連れて歩いて居るのが、悪いんだよ!」と、ホスゲが、悪怯れる風も無く、言い返した。
「一番、厄介な性格かも知れないな…」と、パレサは、眉根を寄せた。ホスゲが、“絶対正義”だと思い込んでいるからだ。
「ですね」と、エシェナも、相槌を打った。
「まあ、一度、痛い目に遭った方が、その坊っちゃんの為には、良いんじゃないのか?」と、半裸のブヒヒ族の男が、指摘した。
「何だとっ!」と、ホスゲが、憤慨した。そして、「パパ上に言い付けて、痛い目に遭わせてやる!」と、喚いた。
「ホスゲ様、ホーマー様の品位を貶める事は、言わないで下さい!」と、褐色肌の警備兵が、語気を荒らげた。そして、「実力で、決着を付けられては、如何ですか?」と、提言した。
「そ、それも、そうだな」と、ホスゲが、含み笑いをしながら、聞き入れた。そして、「お前、確か、大会に参加するとか、申して居たな?」と、問うた。
「ああ」と、パレサは、頷いた。そして、「お前も、参加するのか?」と、尋ねた。大会で、相手に出来るのなら、申し分無いからだ。
「今から、申し込みに行って来る!」と、ホスゲが、意気込んだ。
「ホスゲ様。今から申し込んでも、無駄ですよ!」と、褐色肌の警備兵が、告げた。
「何で?」と、ホスゲが、怪訝な顔をした。
「もう、締め切られていますので…」と、褐色肌の警備兵が、淡々と言った。
「な、何とかならないのか!」と、ホスゲが、駄々をごねた。
「星剣祭の規則ですので…」と、褐色肌の警備兵が、渋い顔をした。
「くっ…!」と、ホスゲが、歯嚙みした。そして、「パパ上に頼んで、参加をさせて貰うとしよう!」と、得意満面で、口にした。
「それは、ホーマー様でも、無理です。今回は、諦めて下さい」と、褐色肌の警備兵が、宣告した。そして、「欠員でも出れば、参加出来るかも知れませんが…」と、補足した。
その瞬間、「なるほど」と、ホスゲが、ニヤリとなった。
「お前、今、碌な事を考えてなかったか?」と、半裸のブヒヒ族の男が、指摘した。
「ぼ、僕は、わ、悪い事なんて、考えてないよ!」と、ホスゲが、慌てて否定した。そして、「さ、さあて、僕にはやる事が有るから、失礼するよ!」と、言葉を濁した。その直後、足早に、去って行った。
「では、我々も、失礼します」と、褐色肌の警備兵も、一礼した。そして、「見回りに戻るぞ」と、告げた。
その刹那、「はっ!」と、後ろの二人も、返事をした。
間も無く、三人も、警備の任務へ戻った。
「あんたも、星剣祭の参加者かい?」と、パレサは、好奇の眼差しで、半裸のブヒヒ族の男へ、問い掛けた。見るからに、戦士の風体をしているからだ。
「ああ」と、半裸のブヒヒ族の男が、力強く頷いた。そして、「俺は、ヤスタンだ」と、名乗った。
「俺は、パレサだ」と、パレサも、名乗り返した。そして、「俺も、今回の大会に、参加する予定だ」と、言葉を続けた。
「まあ、あんな卑畜野郎を傷付けて、出場停止ってのは、悔しいからな」と、ヤスタンが、吐き捨てるように言った。
「確かに」と、パレサも、同調した。そして、「エシェナを、あんな奴に、連れて行かれるところだったよ」と、胸を撫で下ろした。エシェナを生贄にするところだったからだ。
「私が、パレサさんの代わりに、あいつの顔を引っ叩いていたところよ!」と、エシェナが、心境を吐露した。そして、「あんな奴の所為で、出られないのなんて、納得出来ないもの!」と、語気を荒らげた。
「ははは…」と、パレサは、苦笑した。感情を剥き出しにするエシェナを見るのは、初めてだからだ。
「そりゃそうだ。何様か知らないが、親の面汚しをしているようなもんだぜ」と、ヤスタンも、同調した。
「まあ、何はともあれ、エシェナに、何事も無かったんだから、御の字ってところかな」と、パレサは、安堵した。以前に、攫われた時、気が気でなかったからだ。
「そろそろ、闘技場へ行こうぜ」と、ヤスタンが、誘った。
「そうだな」と、パレサも、応じた。開会式の時間が、近そうだからだ。
そこへ、頭巾を目深に被った魔導師と分厚い書物を左脇に抱えたウルフ族の若者が、転移して来た。
その瞬間、「ソ、ソドマ!」と、パレサは、素っ頓狂な声を発した。そして、「応援にでも、来てくれたのか?」と、尋ねた。開会式の前に、来てくれるとは、思いもしなかったからだ。
その直後、「いいや。違うよ」と、ソドマが、頭を振った。そして、「そこのフェイリスさんに、気になる話を聞かされたんで、“瞬間移動魔法”で、ここへ、連れて来て貰ったんだよ」と、理由を述べた。
「今じゃないと駄目か?」と、パレサは、問うた。今は、剣術大会の方へ、集中したいからだ。
「フェイリスさん、説明を、お願いします」と、ソドマが、左隣の魔導師を見やった。
「はい」と、フェイリスが、承諾した。そして、ウスロ川上流での事を話し始めた。
しばらくして、「ルーマ・ヤーマは、エシェナ達の母さんに、魔力を封じられて、牢屋に、幽閉されたんじゃなかったか?」と、パレサは、眉を顰めた。にわかには、信じられない話だからだ。
「僕も、見た訳じゃないから、フェイリスの話を信じるしかないんだけどね」と、ソドマも、歯切れの悪い返答をした。
「そんなあやふやな話で、大会を辞退するのは、嫌だな」と、パレサは、渋った。未確認情報で、不戦敗なのは、不本意だからだ。
「じゃあ、私とソドマさんとフェイリスさんとで、その現場へ行ってみては、どうでしょうか?」と、エシェナが、提言した。
「確かに、俺は、大会を辞退しなくて済むな」と、パレサは、頷いた。エシェナの案ならば、一応、不戦敗は、回避出来るからだ。
「ははは。僕も、そこまで、知恵が回らなかったよ」と、ソドマも、苦笑した。
「じゃあ、三人で、参りましょうか」と、フェイリスも、理解を示した。
「そうだね。偵察だけなら、すぐに、危うくなったら、帰れば済む事だからね」と、ソドマも、同意した。
「パレサさん。私達が帰るまで、負けないで下さいね」と、エシェナが、真顔で、告げた。
「俺とヤスタンが、決勝をやっているかもな」と、パレサは、冗談を言った。帰って来るまでは、勝ち残る気満々だからだ。
「俺様も、そう言われると、勝ち残らなきゃならねぇな!」と、ヤスタンも、意気込んだ。
「以前のパレサだったら、心配だったけど、今なら、大丈夫そうだね」と、ソドマも、見解を述べた。
「そうか?」と、パレサは、照れ笑いを浮かべた。ソドマに言われると、照れくさいからだ。「まあ、俺様の次に強そうだから、大丈夫だぜ」と、ヤスタンが、自信満々に、補足した。
「それは、やってみないと判らないだろ!」と、パレサは、口を尖らせた。ヤスタンの次と言うのが、引っ掛かったからだ。
「それも、そうだな。はっはっは!」と、ヤスタンが、笑って誤魔化した。
「そろそろ、出発しましょうか?」と、フェイリスが、示唆した。
「そうですね。早く手を打たないといけませんからね」と、ソドマも、賛同した。
「お役に立てるかどうか分かりませんが、看過出来ませんからね」と、エシェナも、真顔になった。
間も無く、三人が、転移した。
「パレサ、急ごうぜ。遅れて、不戦敗だなんて、格好悪いからよ!」と、ヤスタンが、急かした。
「そりゃそうだ」と、パレサも、相槌を打った。遅刻で、不戦敗は、避けたいからだ。
程無くして、パレサ達も、闘技場へ駆け出すのだった。




