二七、心当たり
二七、心当たり
ゴルトとバートンは、速足で、ヤッスルの作業小屋へ戻った。
「どうした? 二人共? 何か、おかしいぞ?」と、ブーヤンが、指摘した。
ゴルトは、林道での事を話した。
しばらくして、「何じゃと! わしを、エバゴン共が、狙って居ったじゃと!」と、ズニが、素っ頓狂な声を発した。
「ズニ様。そいつらとお知り合いですか?」と、ブーヤンが、尋ねた。
「ロナの王宮に仕えて居った頃にのう…」と、ズニが、冴えない表情をした。
「ひょっとして、王宮を出禁にされたのと、関係有るとか…」と、バートンが、冗談半分に、言った。
その瞬間、「うむ…」と、ズニが、憮然となった。
「あんまり、他人の過去をほじくるのは、趣味が悪いぜ」と、ポットンが、口を挟んだ。
「確かに、これ以上、踏み込むのは、少々、不味いかもな」と、ブーヤンも、同調した。
「いや。エバゴンの卑劣さを知って貰う為にも、聞いて貰った方が、良いじゃろう」と、ズニが、告げた。
「でも、話したくないんじゃないのですか?」と、ゴルトは、気遣った。ズニからすれば、嫌な記憶の筈だからだ。
「ホッホッホ。確かに、腹立たしい記憶じゃが、溜めて置くよりも、話して発散した方が、良いからのう」と、ズニが、にこやかに言った。
「まあ、あの連中の事を、少しでも知っておくべきだろうな」と、バートンも、賛同した。
「そうだな。ズニ様を“出禁”にさせるくらいだから、かなりの悪知恵の働く奴らなんだろうな」と、ゴルトは、眉間に皺を寄せた。エバゴンの事など、碌に知らないからだ。
「私も、エ・グリンという権力者が、ダーシモを縄張りにして居たって事くらいしか知らないな」と、ブーヤンも、補足した。
「ふん。エ・グリンか…。懐かしい名じゃのう」と、ズニが、懐かしんだ。そして、「あいつが狂い始めたのは、“パソの根”という植物を手に入れてからじゃ」と、語った。
「確か、ウータン族で、ドナ国内の“神魔大戦”の遺跡を調べて居たのが、ハ・ゲキム博士だったな」と、バートンが、口にした。
「うむ。発見当時は、パソの根に、何の価値も無かったのだが、“インタの鏡”という物や“千の里球”といった道具の元が、見つかるや否や、その価値が高まったのう。パソの根には、遠くの者と瞬時にやり取りしたり、見たりする事が、容易に出来るようになり、人々の生活を便利にしたからのう」と、ズニは、淡々と述べた。そして、「この地域で、パソの根を元手に、のし上がり、金と権力を手にして、王宮へ、幅を利かせるようになった…」と、溜め息を吐いた。
「でも、それだけで、貴族にはなれないでしょう?」と、ゴルトは、指摘した。せいぜい、大富豪までが、限界だろうからだ。
「うむ。確かに、ダーシモでは、貴族になれなくても、それなりの身分の高い地位には居ったんじゃがな」と、ズニが、奥歯に物の挟まった物言いをした。
「調子に乗って、何かをやらかしたって事だな?」と、バートンが、含み笑いをした。
「そうじゃ」と、ズニが、すんなりと頷いた。そして、「商工組合を乗っ取ろうとして居ったんじゃよ」と、回答した。
「何だ。デヘルの時からじゃないんだぁ〜」と、バートンが、呆れ顔になった。
「まあ、ダーシモに居た頃から、欲深かったからのう。それで、商工組合が、あいつの横暴さが、目に余ったので、降格処分にしたんじゃよ。だが、強かなもので、王都までは、その悪評は、届いておらんかったので、担当者じゃった、わしが、あやつの相手をさせられる事となった」と、ズニが、淡々と語った。
「目と鼻の先の距離なのに、どうして?」と、ゴルトは、小首を傾いだ。王都の商工組合に、評判が伝わっていないのは、おかしいからだ。
「別の組織じゃからな」と、ズニが、溜め息を吐いた。
「確かに、俺らの組合間でも、縄張り意識は強いからな。今は、かなり、交流が有るし、情報も、共有しているからな」と、バートンが、見解を述べた。
「まあ、私達の集落間でも、色々と、取り決めが有るな。仲の良い集落とそうでない集落も在る。エ・グリンという奴は、関係性を悪用して、“除名処分”を隠蔽したのかも知れんな」と、ブーヤンも、補足した。
「まるで、わいらが、使う手だな」と、ポットンが、口を挟んだ。
「そりゃあ、どういう意味だい?」と、ゴルトは、問うた。傭兵とエ・グリンに、どんな共通点が有るのか、さっぱりだからだ。
「つまり、相手に取り入る為なら、敵の情報を、どこまで知っているかを探る訳さ」と、ポットンが、語った。
「まあ、組合を乗っ取ろうとして居た訳だから、取り入るのが、旨いんだろうな」と、バートンが、口にした。
「うむ。わしも、あやつの本性を知るまでは、人当たりの良い奴だと思ったよ」と、ズニが、溜め息混じりに言った。そして、「あやつが、“パソの根”を、デヘルへ、独自に、横流ししている話が、浮上したので、現場へ押し掛けたんじゃよ」と、続けた。
「で、現場を押さえたのですね?」と、ゴルトは、尋ねた。話の流れからすれば、動かぬ証拠を押さえたようなものだからだ。
その直後、「いいや…」と、ズニが、頭を振った。そして、「あやつの方が、一枚上手じゃったよ…」と、沈痛な面持ちで、答えた。
「どういう意味ですか!?」と、ゴルトは、目を白黒させた。結果に、納得出来ないからだ。
「つまり、“ハメ”られたって事だろ?」と、バートンが、指摘した。
「うむ…」と、ズニが、頷いた。そして、「わしは、エ・グリンに、現場へ呼び出されたのじゃよ。で、抜け荷の件を白状して、自首すると申されてな…」と、語った。
「それが、罠だったって事だな」と、ポットンも、冷ややかに言った。
「最初から、そこへ来る気は無かったって事だな」と、バートンが、嫌悪した。そして、「逃走時間を稼ぐ為の囮にされたって事だな」と、補足した。
「その通りじゃ」と、ズニが、肯定した。
「じゃあ、ズニ様は、牢屋へ入れられた訳か?」と、ゴルトは、信じられない面持ちとなった。ズニは、濡れ衣を着せられたようなものだからだ。
「ホッホッホ。現状では、その場に居合わせたのが、わしで、エ・グリンが、密告した警備兵に捕らえられても、仕方が無い。まあ、ダーシモの商工組合長が、エ・グリンの手口を説明してくれたお陰で、無罪放免になったんじゃが。けれど、王宮に戻れば、エ・グリンの不正が、明るみとなり、わしが、責任を取るという形で、出て行ったんじゃよ」と、ズニが、真相を述べた。
「ズニ様は、悪くないじゃないですかっ!」と、ゴルトは、憤慨した。エ・グリンに、ハメられただけだからだ。
「ホッホッホ。お主のように、善悪が、はっきりしておれば、隠匿生活をしなくても済んだかも知れん。けれど、エ・グリンの狡猾さを知って居る者は、あやつの回し者じゃと疑うのは、必至じゃろう。それに、そのような怪しい奴との繋がりが有ると思われると、王宮からしても、印象は、悪いからのう。だから、わしが、全てを被ったまでじゃ」と、ズニが、理由を述べた。
「やらかしたというよりは、エ・グリンって奴が、悪いんじゃないかっ!」と、ゴルトは、語気を荒らげた。エ・グリンが、元凶だと、はっきりしたからだ。
「確かに、胸糞の悪い話だな」と、バートンも、賛同した。
「今更、ズニ様に、何をやらせようって言うのかしら?」と、ブーヤンが、訝しがった。
「へ! とんだ厚かましい奴だな。エ・グリンって、奴はよっ!」と、ポットンも、不快感を露わにした。
「さあのう。わしとしては、二度と係わりたくないんじゃがのう」と、ズニも、冴えない顔をした。そして、「どうせ、碌でもない事なのは、確かじゃがな」と、補足した。
「確かに!」と、ゴルト達は、声を揃えた。
そこへ、「ふゎあ〜」と、ヤッスルの欠伸が、割り込んだ。
「ようやく、お目覚めみたいだな」と、ブーヤンが、口にした。
「へへへ…。そう言うなって…」と、ヤッスルが、苦笑するのだった。




