二二、黄龍のキーちゃん
二二、黄龍のキーちゃん
ウェドネスは、ケッバーと別れた後、訓練所の隅っこに居る一頭の黄龍の所へ、足を運んだ。
「キー!」と、黄龍が、視認するなり、鳴いた。
「キーちゃん、寂しかったんだね」と、ウェドネスが、柔和な笑みを浮かべながら、優しく返答した。そして、「キーちゃん。団長達が来たら、出発しなきゃならないんだけど、大丈夫かな?」と、問い掛けた。機嫌が悪ければ、出発を遅らせなければならないからだ。
「キー!」と、キーちゃんが、背中の羽根を、少しバタつかせながら、返事した。
「あんまり、機嫌が、良くないみたいね」と、ウェドネスは、眉根を寄せた。度重なる飛行に、苛ついているような気がするからだ。そして、「花黄岩を与えないと、駄目かもね」と、溜め息を吐いた。あまり、最近は、花黄岩を与えていないからだ。
「キー!」と、キーちゃんが、外方を向いた。
「あたいでも、今回は、難しいかもね…」と、ウェドネスは、表情を曇らせた。この様子では、動いてくれそうもないからだ。そして、「団長に、相談しかないわね」と、嘆息した。キーちゃん抜きで、動く事を視野に入れなければならないからだ。
「キー!」と、キーちゃんが、羽根を畳んで、尻尾を左右に動かした。
「硫黄不足だから、イラッとして居るのね」と、ウェドネスは、見解を口にした。黄龍にとって、硫黄不足は、栄養失調を引き起こす原因だからだ。そして、「錬金術が使えれば、もう少しマシだったでしょうね」と、歯噛みした。魔法と違って、知識が有れば、色んな物を調達出来るからだ。
「君、その黄龍の飼い主か?」と、間の抜けた男の声がした。
「誰っ!」と、ウェドネスは、左の方を見やった。次の瞬間、緑色の肌の蛙の学者が、視界に入った。そして、「あんた、何者?」と、つっけんどんに問うた。何となく、胡散臭いからだ。
「僕は、ケール族で、学者をやっているアマガーって者だよ」と、アマガーが、名乗った。
「ふ〜ん。で、面白半分に、キーちゃんを見物に来た訳なの?」と、ウェドネスは、不快感を露にした。興味の対象にしか見られて居ないだろうからだ。
「う〜ん。確かに、学者としては、その黄龍は、研究対象としては、面白いだろうねぇ」と、アマガーが、しれっと言った。
「そう。でも、キーちゃんは、あんたらの研究対象じゃないんだから、さっさと、あっちへ行って!」と、ウェドネスは、語気を荒らげた。キーちゃんは、珍奇な見世物じゃないからだ。
「これは、申し訳ない。少々、言い方が、不味かったようだね」と、アマガーが、陳謝した。そして、「僕に出来る事が有るのなら、協力をさせて頂けないかな?」と、申し入れた。
「う〜ん。あたいよりも、キーちゃんが、どう思って居るかだけどね。この子、人見知りが激しいから、初対面だと、初見殺しも有るわよ」と、ウェドネスは、冴えない表情で、忠告した。機嫌を損ねると、命の保証は出来ないからだ。
「確かに、外方を向いて、苛立って居るから、かなり、ヤバいかもね」と、アマガーも、頷いた。そして、「花黄岩のような天然物じゃないけど、黄鉄ってのは、どうだい?」と、外套の左上のポケットから、右手で、黄色い金属の板を取り出した。
「何だい? それは?」と、ウェドネスは、黄色い金属の板を注視した。黄色い色をした金属板を見るのは、初めてだからだ。
「これは、錬金術で、作られた化合物だよ」と、アマガーが、しれっと答えた。そして、「花黄岩の成分と鉄を掛け合わせた物さ」と、語った。
「錬金術という事は、中々、手に入らないのね」と、ウェドネスは、溜め息を吐いた。路傍の石とは、訳が違うからだ。
「そうだね。人工物だからね。でも、キーちゃんなら、気に入ってくれると思うんだけどね」と、アマガーが、意気揚々に言った。
「キーちゃんは、そんな怪しい物なんて、食べないと思うけどね」と、ウェドネスは、ぼやいた。これまで、天然物の花黄岩しか食した事がないからだ。
「まあ、物は試しですよ」と、アマガーが、何食わぬ顔で言った。
「分かったわ」と、ウェドネスは、渋々、承諾した。食べるも、食べないも、キーちゃん次第だからだ。そして、「キーちゃ〜ん。こっち向いてぇ〜」と、呼び掛けた。
「キー?」と、キーちゃんが、面倒臭そうに、頭を擡げた。
「頂戴」と、ウェドネスは、黄鉄を請求した。黄鉄なる物に、食い付いてくれれば、御の字だからだ。
「はい」と、アマガーが、黄色い金属板を渡した。
ウェドネスは、右手で、それを受け取るなり、「キーちゃん。花黄岩じゃないけど、どうかしら?」と、金属板を見せびらかせた。どんな反応をするか、未知数だからだ。
「キ〜♪ キ〜♪」と、キーちゃんが、歓喜の声を発した。
「どうやら、興味を示してくれたようですね」と、アマガーが、目を細めた。
「まだ、食べるかどうか、判らないわよ!」と、ウェドネスは、指摘した。食さなければ、ただの黄色い金属板だからだ。
「キ〜♪」と、キーちゃんが、金属板へ、顔を近づけた。そして、舌を伸ばした。
ウェドネスは、キーちゃんの舌へ、金属板を乗せた。
その直後、キーちゃんが、舌を引っ込めるなり、すかさず、丸飲みした。次の瞬間、目を細めるなり、恍惚の表情となった。
「どうやら、気に入ったみたいよ」と、ウェドネスは、見解を口にした。キーちゃんにとっては、今までで、最高のご馳走という反応だからだ。
「今後の参考になるねぇ〜」と、アマガーも、にんまりとなった。そして、「ちょっと、相談なんだが…」と、畏まった。
「何かしら?」と、ウェドネスは、尋ねた。見返りの要求なのは、明白だからだ。
「僕を、黄龍に乗せてくれないかねぇ〜?」と、アマガーが、神妙な態度で、口にした。
「う〜ん。団長に聞かないと、何とも言えないわねぇ」と、ウェドネスは、言葉を濁した。勝手な事は、出来ないからだ。
「じゃあ、待たせて貰うとしよう」と、アマガーが、その場に座った。そして、「バニ族のお嬢ちゃん。僕は、この戦には、賛成じゃないんだよ。ここだけの話だけどね」と、ぼやいた。
「ふ〜ん。そうなの?」と、ウェドネスは、相槌を打った。立場上、賛同は出来ないからだ。
「実は、帝国から、この国の東側を流れるウスロ川の国境に面した渓谷には、良質の花黄岩の採れる場所が、在るんだよね」と、アマガーが、語った。
「へぇ~。そうなんだぁ〜」と、ウェドネスは、同調した。そして、「で、そこへ、行きたいってわけ?」と、問うた。興味が、そそられたからだ。
「そうだね。僕としては、素材が欲しいからね」と、アマガーが、あっけらかんと言った。そして、「黄龍の餌も入手出来て、お互い損は無いと思うんだけどね」と、考えを述べた。
「そうね。でも、本当か、どうか、怪しいものね」と、ウェドネスは、疑った。足元を見られて居るような気がするからだ。
そこへ、「ウェドネス。準備は、どうかな?」と、ケッバーの声が、割り込んだ。
その直後、ウェドネスは、右側を見やった。すると、ケッバーと牢屋の番兵二人を視認した。そして、「団長、良いところに来てくれたわ」と、安堵した。ようやく、話を進められるからだ。
「あのウキキ族の方が、あなたの上司なのですか?」と、アマガーが、尋ねた。
「そうよ」と、ウェドネスは、頷いた。
程無くして、三人が、辿り着いた。
ウェドネスは、これまでの経緯を説明した。
しばらくして、「なるほど。そこのアマガーさんの言う事も、一理有るな」と、ケッバーが、理解を示した。
「ほう。意外と話の解る方のようですなあ」と、アマガーも、好感を持った。
「ウェドネス。君は、アマガーさんと渓谷へ向かって貰おうかな」と、ケッバーが、口にした。
「団長が、そう言うのなら、文句は無いけど…」と、ウェドネスは、渋々、承知した。ケッバーの指示なら、仕方が無いからだ。
「何だか、嫌そうだね〜」と、アマガーが、指摘した。
「そりゃあ、見ず知らずの奴と、二人っきりになっちゃうんだからね」と、つっけんどんに、言った。ケッバーと一緒に居られなくなったからだ。
「ウェドネス。大事な任務だから、我慢してくれ」と、ケッバーが、宥めた。
「やれやれ。バニ族のお嬢ちゃんには、何を与えれば、機嫌が直るのやら…」と、アマガーが、眉根を寄せた。
「キーちゃんみたいに言わないで!」と、ウェドネスは、語気を荒らげた。単純なものではないからだ。そして、「キーちゃん! 出発準備を急いで!」と、急かした。
「キー!」と、キーちゃんも、姿勢を正した。
「こりゃあ、八つ当たりだな」と、左側の番兵が、言った。
「確かに…」と、右側番兵も、相槌を打つのだった。




