二一、異変について
二一、異変について
ゴルト達は、休憩がてら、昨日の件について、語って居た。
「まさか、わしの頭上を、そんな連中が、通り過ぎて居ったとはのう」と、ズニが、愕然とした。
「まあ、あれだけ、枝葉が生い茂ってりゃあ、余程の事でも無い限り、気が付かないだろうぜ」と、バートンが、眉根を寄せた。
「チャブリン共が、ざわついて居たので、森の見回りに気を取られて居て、頭上にまでは、気が回らなかったよ」と、ブーヤンも、冴えない顔をした。
「俺だって、岩人形が、降って来るなんて、思いもしなかったんだからな…」と、ゴルトも、言葉を詰まらせた。下敷きになって居たかと思うと、ゾッとするからだ。
「デヘルが、あれだけの岩人形や骸骨を、送り込んで来るなんて、相当な準備の時間を掛けて居たんだな」と、バートンが、顔を顰めた。
そこへ、「いや、違うっす」と、ポットンが、口を挟んだ。
「どういう意味だ?」と、ゴルトは、鋭い眼光を向けた。否定するのが、いかがわしいからだ。
「わいらは、帝都から、ロナへ来たんだけど、道中で、岩人形や骸骨は、見なかったぜ」と、ポットンが、臆する事無く告げた。
「つまり、この国の近くに、拠点が在るのじゃな」と、ズニが、察した。
「まあ、あんな重い物を、帝都から運び込むのが、どうかしているぜ」と、バートンが、冷ややかに言った。
「ズニ様。何処か、心当たりでも無いですか?」と、ゴルトは、尋ねた。一刻も早く、叩いておきたいからだ。
「そうじゃのう。わしの住処よりも、人の入らん僻地でないと、そのような芸当は、難しいじゃろうな」と、ズニが、眉間に皺を寄せながら、回答した。
「少なくとも、この森だと、我々が見回って居るから、すぐに、発覚ると思うよ」と、ブーヤンが、口添えした。
「ウスロ川の上流なんかが、怪しいと思うぜ」と、バートンが、口にした。
「そうだな。あそこには、黄鷲も居るから、あまり、人も近付かないだろうな」と、ゴルトも、同調した。黄鷲の縄張りなので、滅多に行く者など居ないだろうからだ。その瞬間、「ひょっとして…」と、はっとなった。先刻、ズニを襲った黄鷲と、何かしらの関連性が、有りそうな気がするからだ。
「その可能性は、有るかもな」と、ブーヤンも、頷いた。そして、「こんな森にまで、出張って来る事は、ほとんど無いからな」と、言葉を続けた。
「一昨日の地響きと、関係が有るのかも知れんな」と、ズニが、口にした。
「森では、特に、何も無かったな」と、ブーヤンが、小首を傾いだ。
「あんた、上流の方は、通ったのか?」と、ゴルトは、ポットンへ、つっけんどんに問い掛けた。上流の様子を知って居るとも考えられるからだ。
「いや、川は横切っただけで、北回りに、王都へ侵入したから、上流の事は、よく知らないんだ」と、ポットンが、経路を語った。
「益々、怪しいな。まるで、知られたくない感じだぜ」と、バートンが、訝しがった。
「確認するにしても、歩いて行ける場所じゃないからな。茶竜や魔法でしか行けないだろう」と、ブーヤンも、険しい顔をした。
「団長に頼めば、偵察くらいなら、やってくれると思うんだがよ」と、ポットンが、提言した。
「でも、デヘルの傭兵だから、無理じゃないのか?」と、ゴルトは、指摘した。デヘル側で居る以上、不利益になるような事はしないだろうからだ。
「しかし、他に、手が無いのなら、そこのラット族の案に乗っかるしかないじゃろう」と、ズニが、しれっと言った。
「まあ、さっき、黄鷲に追い回されたから、乗っかった方が、都合が良いんだろう?」と、バートンが、冷やかした。
「ホーッホッホ。さあの」と、ズニが、はぐらかした。
「行きたくない者を、無理に行かせたくないしな」と、ゴルトは、眉根を寄せた。無理強はしたくないからだ。
「ラット族の者よ。金を幾ら積めば、偵察して貰えるのじゃ?」と、ズニが、尋ねた。
「かなりヤバそうだから、一リマ金貨三枚ってところかな?」と、ポットンが、右手の人差し指と中指と薬指を立てて、提示した。
「俺、昨日の昼飯代の一アルス銅貨三枚しか持ってないよ」と、ゴルトは、表情を曇らせた。これが、現時点での全財産だからだ。
「俺も、銅貨一枚だけだぜ。仕事料を貰う前に、ああいう事になっちまったからよ」と、バートンも、嘆息した。
「わしは、一アルスも、持っておらんよ」と、ズニも、あっけらかんと言った。
「私も、集落ごと焼かれてしまったので、手持ちが無い」と、ブーヤンも、告げた。
「そうか。しかし、傭兵は、慈善事業じゃないから、金額に見合わない事は、無理だな」と、ポットンが、素っ気無く言った。
「くっ…! 見に行く事も出来ないのか…」と、ゴルトは、歯噛みした。お金の無い事が、これほど悔しいものだと思い知ったからだ。
「わしが、行くしかないのかのう…」と、ズニが、悲愴感を漂わせた。
「他の手を考えましょう。ズニ様が、無理に、危険な目に遭う必要なんて有りませんよ」と、ブーヤンが、提言した。
「そうだぜ。ヤバい所へ、独りで行かせる訳にもいかないだろう」と、バートンも、口添えした。
「おいおい。まるで、わいが、がめつい冷酷な奴になっちまうだろう!」と、ポットンが、語気を荒らげた。
「そうじゃないのか?」と、ゴルトは、冷ややかに、指摘した。足元を見られて居るような気がするからだ。
「でも、やらないとは言って居ないぜ。あくまで、一般的な事を言ったまでだぜ」と、ポットンが、理由を述べた。
「でも、現状では、三リマ金貨なんて、出せないぜ」と、ゴルトは、冴えない表情で、口にした。そして、「何かしらの考えでも有るのか?」と、問うた。一般的じゃない案が有りそうな物言いだからだ。
「まあ、団長の気分次第じゃあ、安値でやってくれるかも知れないぜ。でも、あんまり期待はしないでくれよ」と、ポットンが、渋い表情で、可能性を述べた。
「そうか…」と、ゴルトは、憮然となった。ケッバーの気まぐれというのが、気に入らないからだ。
「で、おたくの団長さんは、ここに居れば、会えるのかい?」と、バートンが、冷ややかに、尋ねた。
「さあね。特に、待ち合わせ場所は、決めていないからな。生きてりゃあ、何処かで会えるんじゃないの?」と、ポットンが、しれっと答えた。
「何とも、適当じゃのう」と、ズニが、ぼやいた。
「そうですね」と、ブーヤンも、相槌を打った。
「今は、危険な場所へ、近付くなって事なんだろうな」と、バートンが、口にした。
「そうかも知れないな。それに、いつ、デヘルが、この森へ進軍して来るか、判らないから、ダーシモへ向かった方が、良いかもな」と、ゴルトも、同調した。自分らだけで、デヘルの侵攻を止められる訳ないからだ。
「そうじゃのう。ダーシモへ行けば、少しは、安全じゃろう」と、ズニも、頷いた。
「ヤッスルの筏なら、町の中へ入れるからな。だから、あいつ、余裕こいて、眠って居るのだろうな」と、ブーヤンが、推測を述べた。
「まあ、ウスロ川は、流れの速い川じゃないけど、歩くよりも、早く着けるだろうぜ」と、バートンも、口元を綻ばせた。
「俺は、楽が出来れば、何でも良いぜ」と、ゴルトは、口にした。結構、足がくたびれて居るからだ。
「わしも、大賛成じゃ。今日の体力を使ったからのう」と、ズニも、賛同した。
「団長と合流出来るまで、同行させて貰うぜ。それに、上流の件も、掛け合ってみるからさ」と、ポットンが、申し入れた。
「ゴルト。駄目元で、ダーシモまでは、同行させても良いんじゃないのか?」と、バートンが、提言した。
「まあ、独り残して行くのも、後味が悪いし、恨みは無いからな」と、ゴルトは、素っ気無く言った。ポットンには、同行を断る理由が無いからだ。そして、「今は、味方だと思って良いんだよな?」と、問うた。ケッバーの仲間だが、同行させる以上、確認をしておきたいからだ。
「当然だよ! わいら傭兵は、同行する者は、味方だと思って居るからな! あんたこそ、わいを裏切るような真似なんてするなよ!」と、ポットンが、意気揚々と返答した。
「するか!」と、ゴルトも、喧嘩腰に応えた。敵対行為さえ見せない限り、危害を加える気は無いからだ。
「ホッホッホ。わしは、その者を信じても良いと思うがな」と、ズニが、目を細めた。
「そうだな。ヤッスルの寝込みを襲わない事からも、賊の類でも無さそうですので」と、ブーヤンも、口添えした。
「ブーヤンの姐さん。ラット族の全てが、賊とは限りやせんよ。それは、偏見ですよ!」と、ポットンが、揉み手をしながら、異を唱えた。
「ホッホッホ。その通りじゃのう」と、ズニも、頷いた。
「それは、すまなかったな」と、ブーヤンが、詫びた。
「確かに、あんたの言う通り、皆が皆、賊をやっては居ないよな」と、ゴルトも、理解を示した。世間の評判で、決め付けるのは、好ましくないからだ。
「じゃあ、否定するからには、何が出来るんだ?」と、バートンが、質問した。
「回復魔法と補助魔法が、使えるぜ」と、ポットンが、したり顔で、答えた。
「魔法で、補助したって訳か…?」と、バートンが、訝しがった。
「如何にも」と、ポットンが、力強く頷いた。そして、「初歩的な魔法しか使えないけどな」と、補足した。
「まあ、力量からすれば、そんなもんだろうな」と、バートンが、納得した。
「正直、回復と補助の魔法が使えるのは、助かるな」と、ゴルトは、口にした。額面通りならば、初歩でも、かなり、楽が出来るからだ。
「ゴルト、口では、何とでも言えるものだ。実際に、見せて貰えんと、大変な事になるかも知れんぞ」と、バートンが、忠告した。
「確かに、いざという時に、使えませんでしたじゃあ、駄目だからな」と、ゴルトも、賛同した。まだ、証明されて居ないからだ。
「あんたの言う事も、一理有るな。どっちでも、構わないぜ」と、ポットンが、聞き入れた。
「初歩的で、ここで使用出来る魔法で、構わないぜ」と、バートンが、注文した。
「そうだな。あんたの剣を貸してくんな」と、ポットンが、要求して来た。
「ほらよ」と、ゴルトは、剣の柄の方を差し向けた。
ポットンが、左手で掴み取るなり、右手を刀身へ翳した。そして、「硬化魔法!」と、唱えた。
その直後、刀身が、黒みを帯びた。
「大丈夫なのか?」と、ゴルトは、眉を顰めた。ヤバい呪いの類かも知れないからだ。
「おいおい。一応、その剣の強度は、鋼の剣くらい硬くなっているんだぜ。重さは変わらないけど、切れ味は、保証するぜ」と、ポットンが、どや顔で、語った。
「でも、回数制限が有るんだろ?」と、バートンが、指摘した。
「初歩のやつだから、数回で、効果が切れちまうかな」と、ポットンが、苦笑した。
「そうか。ここぞって時以外には、使えないな」と、ゴルトは、溜め息を吐いた。使いどころを間違えると、意味が無いからだ。
「私のも、頼めるか?」と、ブーヤンが、口を挟んだ。
「構いませんよ。姐さんのなら、幾らでも!」と、ポットンが、快諾した。
「そうか。出発前に、手持ちの矢を強化してくれれば良い」と、ブーヤンが、矢筒を、ポットンの前へ放り投げた。
「了解です!」と、ポットンが、承った。そして、受け止めた。
「まあ、剣の感触が、どうか判らないから、表へ出て、素振りでもしようかな?」と、ゴルトは、口にした。魔法が付与されたら、どうなのか、興味がそそられるからだ。
「ついでに、試し切りもしておいた方が、良いんじゃないか?」と、バートンも、提言した。
「そうだな。切れ具合も、一応、確認しておいた方が、良さそうだな」と、ゴルトも、同調した。感触が違えば、力の加減も、変化するからだ。
「持って行け」と、ポットンが、差し戻した。
「ああ」と、ゴルトは、受け取った。
間も無く、ゴルトとバートンは、出て行くのだった。




