二〇、何用で?
二〇、何用で?
ルーマ・ヤーマは、周囲を見回した。だが、先刻まで、眼前に居た魔術師が、見当たらなかった。そして、「消し飛んだか…」と、口にした。他に、考えられないからだ。
「どうやら、相殺の間に、逃げられたみたいですね」と、ダ・マーハが、溜め息を吐いた。
「そのようだな」と、ネデ・リムシーも、相槌を打った。
「ええ!?」と、ルーマ・ヤーマは、素っ頓狂な声を発するなり、信じられない面持ちで、振り返った。逃げる隙など無かった筈だからだ。
「まだまだ青いのう」と、ダ・マーハが、含みの有る物言いをした。
「そうだな。自分の力を過信して居るようだな」と、ネデ・リムシーも、冷ややかに、補足した。
「僕は、見たままの事を申しているだけですよ。過信なんてして居ませんよ!」と、ルーマ・ヤーマは、語気を荒らげた。三対一ならば、圧倒的に、自分達が優位なので、相手が、消滅していても、おかしくないと思ったからだ。そして、「御二人は、どうして、逃げたと言えるのですか!」と、剥きになった。自分の考えを否定されるのは、癪だからだ。
「そうだな。奴が、塔の破壊に来たのかと思ったからだよ」と、ネデ・リムシーが、淡々と回答した。
「確かに、見付かったからと言って、慌てる素振りは無かったですね」と、ルーマ・ヤーマも、頷いた。見付かっても、落ち着き払って居たからだ。そして、「わざと、戦う振りをして居たという事か…」と、眉間に皺を寄せた。一杯食わされた気分だからだ。
「そうだ。少しでも、強烈な魔法を使われていたら、我々も、消滅して居ただろうな」と、ネデ・リムシーが、しれっと語った。
「くっ…!」と、ルーマ・ヤーマは、歯噛みした。敵の術中に、嵌められた気分だからだ。
「フォッフォッフォ。どうせ、また、ここへ来るだろう。この塔を看過出来ん筈じゃからのう」と、ダ・マーハが、口にした。
「つまり、挽回の機会が有ると申されるのですか?」と、ルーマ・ヤーマは、問うた。やられっぱなしでは、腹の虫が治まらないからだ。
「ああ。しかし、いつになるかは、判らんがな」と、ネデ・リムシーが、言葉を濁した。
「つまり、準備期間が有るという事ですね」と、ルーマ・ヤーマは、気を取り直した。今すぐにでも、鍛え直したいからだ。
「どうかのう。速攻で、破壊に来るやも知れんぞ」と、ダ・マーハが、半笑いで、意地悪く言った。
「そ、そうかも知れませんね…」と、ルーマ・ヤーマは、表情を強張らせた。攻め込まれるのも、時間の問題とも考えられるからだ。
「ダ・マーハ。脅かすものではない」と、ネデ・リムシーが、窘めた。そして、「この塔は、他の塔と連動して、結界を張っている。全ての塔を同時に叩かん限り、破られる事はない」と、説明した。
「そ、そうですか…」と、ルーマ・ヤーマは、安堵した。これ以上の失態は、避けたいからだ。
「まあ、世の中に、絶対というものは無い。だからこそ、気を抜かぬように、申したまでじゃ」と、ダ・マーハが、理由を述べた。
「そうだな。どんな手を打って来るか、判らんからな」と、ネデ・リムシーも、同調した。
「御二人が、そう申されるのですから、気を抜けませんね…」と、ルーマ・ヤーマは、聞き入れた。説得力が有るからだ。そして、「御二人が、わざわざ来られるとは、何か不具合でも?」と、畏まった。何かやらかしたかも知れないと思ったからだ。
「いいや。ドナ国の視察へ、向かって居たところだ」と、ネデ・リムシーが、回答した。
「ドナ国の王都ロナは、今のところ、沈黙して居りますが…」と、ルーマ・ヤーマは、現状を報告した。岩人形と骸骨の暴れっぷりを、千の里球から視認して居たからだ。
「なるほど。しかし、貴様が、現地で見た訳ではあるまい?」と、ネデ・リムシーが、指摘した。
「は、はあ…」と、ルーマ・ヤーマは、生返事をした。一応、奇襲作戦に関しては、今のところ、おかしなところは、目にしていないからだ。
「私は、現場主義なので、自分で見ておかないと、気が済まない性格なのだよ」と、ネデ・リムシーが、熱っぽく述べた。
「た、確かに、自分で見聞きした方が、間違いは有りませんね…」と、ルーマ・ヤーマは、表情を強張らせた。現地へ赴いた方が、正確な情報を得られるからだ。そして、「じゃあ、私も、同行させて頂けませんか?」と、申し出た。千の里球以外の視覚情報を見られるかも知れないからだ。
「今は、ここに留まって貰えんかのう」と、ダ・マーハが、口を挟んだ。
「でも、我々が優勢なのでしたら、今のうちに、現地を見ておくべきかと…」と、ルーマ・ヤーマは、意見を述べた。どのような事態にも、対処出来るようにしておきたいからだ。
「何じゃ? わしらだけが行くのが、不服と申すのか?」と、ダ・マーハが、高圧的に、睨みを利かせた。
「い、いえ…。そのようなつもりなど…」と、ルーマ・ヤーマは、萎縮した。楯突く気など、毛頭無いからだ。
「今は、ターガの塔の守護が、お前の仕事じゃ。デヘルが、大陸を統一したら、好きに、行きたい所へ行けば良い」と、ダ・マーハが、厳かに言った。
「は、はい」と、ルーマ・ヤーマは、即答した。恩人には、逆らえないからだ。そして、「御二人は、何用で、王都へ?」と、問うた。何用なのか、気になったからだ。
「戦況視察をしておく為だ。皇帝陛下に、出来るだけ、正確な情報を伝えておきたいのでな」と、ネデ・リムシーが、理由を述べた。
「陛下は、心配性だからのう。まあ、わしらが、ちゃんと確認したと言えば、納得するじゃろう」と、ダ・マーハも、口添えした。
「確かに、これだけ大掛かりな戦争を始めたんだから、不安にもなるでしょうね」と、ルーマ・ヤーマも、頷いた。大陸統一ともなると、気が休まらないだろうからだ。
「だからこそ、貴様にも、気を引き締めて欲しいのだよ」と、ネデ・リムシーが、告げた。
「は、はい!」と、ルーマ・ヤーマは、力強く返事をした。他人事ではないからだ。
「うむ。良い返事だ」と、ダ・マーハが、にんまりとした。
「では、ロナへ向かうとしよう」と、ネデ・リムシーが、淡々と言った。
「そうじゃな。次の手についても、話し合わなければならんのでな」と、ダ・マーハも、頷いた。
「次の手って、王都を占拠すれば、守りを固めるだけではないのですか?」と、ルーマ・ヤーマは、怪訝な顔をした。王都さえ陥落させれば、国を治められるからだ。
「そう簡単なものではない。治安や統治の仕方など、山ほど有る。デヘル化させんと、いつまで経っても、ドナ国のままじゃぞ」と、ダ・マーハが、語った。
「そ、そうなんですか…」と、ルーマ・ヤーマは、言葉を詰まらせた。目先の事しか、考えて居なかったからだ。
間も無く、二人も、瞬間移動魔法で、移動した。
少し後れて、ルーマ・ヤーマも、ターガの塔へ、転移するのだった。




