一九、聳える塔を前に
一九、聳える塔を前に
フェイリスは、デヘル軍侵攻の翌朝、ウスロ川上流のドナ国とデヘル帝国の境界に在る深緑色の塔が、一望出来る渓谷の高台へ下り立った。そして、「やはり、ソリム国に出現した塔と同じ物みたいね」と、口にした。聞いた情報と酷似しているからだ。
不意に、「貴様、そこで、何をしている!」と、背後から、男の声がした。
「何をしているって、ただの観光よ」と、フェイリスは、白々しく惚けた。本当の事を答えたところで、見逃してくれる訳でもないからだ。
「嘘をつくな! こんな人里離れた只の渓谷に、観光は、無いだろうが!」と、男が、怒鳴った。
「はいはい。じゃあ、あたしが、ここに居ちゃあ、何か不味い事でも有るのかしら?」と、フェイリスは、振り返った。間も無く、眼鏡を掛けた縮れ頭の長衣を纏った魔導師を視認した。
「貴様か? 色々と探り回って居るのは?」と、縮れ頭の魔導師が、睨みを利かせながら、質問した。
「だったら?」と、フェイリスは、返答した。どのような反応をするのか、見届けたいからだ。
「ふん。知れた事を!」と、縮れ頭の魔導師が、右手を突き出すなり、火球を放った。
「それが、答えね」と、フェイリスも、即座に、火球魔法で、応戦した。
間も無く、互いの火球がぶつかり合って、相殺された。
「まさか、時短の技量を習得しているとはな…」と、縮れ頭の魔導師が、上から目線で、口にした。
「かなり、低く見られているようね。レーア国宮廷魔導師だったルーマ・ヤーマさん」と、フェイリスは、冷やかすように、名前を言った。世界魔術師組合の要注意人物名簿に、載っているので、すぐに、思い出せたからだ。
「ほう。私は、お前のような魔術師は知らんが、実力からすると、何処かの国の回し者かな?」と、ルーマ・ヤーマが、問うた。
「私は、どの国にも仕えて居ないわよ。これからも、仕える気なんて、無いけどね」と、フェイリスは、素っ気無く言い返した。一つの国に縛られる気など、更々無いからだ。
「それだけの実力が有れば、富・権力・名声など、思うがままだろうに」と、ルーマ・ヤーマが、溜め息を吐いた。
「まあ、あなたのような俗物なら、そう思うかも知れないけど、欲張り過ぎて、全てを失っちゃあ、元も子も無いんじゃないの?」と、フェイリスは、皮肉った。レーア国で起こした謀反の件は、有名だからだ。
「確かに、謀反が失敗した後、絶望したよ。けれど、私の才能に気付いている方の御陰で、牢から出る事が出来たのだよ」と、ルーマ・ヤーマが、声高らかに語った。
「だから、ネデ・リムシーとダ・マーハに、加担して居るって訳ね」と、フェイリスは、指摘した。塔の周りで彷徨いて居るとなると、それ以外に、考えられないからだ。
「察しが良いな。まさに、その通りだ」と、ルーマ・ヤーマが、あっさりと認めた。そして、「まあ、牢から出たのは、俺だけではないがな」と、仄めかした。
「じゃあ、お仲間のゴ・トゥとザ・ヤーキも、関与しているって訳なのね」と、フェイリスは、淡々と言った。残りの二人も、牢から出て居るのなら、しっくり来るからだ。
「二人に会いたいのなら、あの塔の中に居るのだがな。但し、魔力を封じさせて貰う事になるがな」と、ルーマ・ヤーマが、半笑いで、誘った。
「そこまでして、会いたいとも思わないわね」と、フェイリスは、しれっと断った。身の危険を冒してまで、会う価値の有る者達ではないからだ。
「そうか。しかし、ここを知られた以上、見逃してやる程、お人好しじゃない。何者だろうと、消えて貰うしかない」と、ルーマ・ヤーマが、身構えた。
「そうね。私も、簡単に消される訳にはいかないわね」と、フェイリスも、臨戦態勢を取った。見す見す、殺られる訳にもいかないからだ。
そこへ、目深に頭巾を被った痩身の魔導師と絶壁頭の司祭が、ルーマ・ヤーマの背後へ、転移して来た。
「お取り込み中だったかな?」と、絶壁頭の司祭が、にたにた顔で、尋ねた。
「いえ。用件は、ほとんど終わりましたので…」と、ルーマ・ヤーマが、背を向けたままで、返答した。
「ルーマ・ヤーマ。この者を、生かして帰してはいかん! 私も、手伝おうぞ!」と、痩身の魔導師が、告げた。
「わしも、加勢しようかのう」と、絶壁頭の司祭も、口にした。
「ネデ・リムシー様。ダ・マーハ様。何も、わざわざ、御二方に手伝って頂かなくとも」と、ルーマ・ヤーマが、恐縮した。
「そうはいかんのだよ。まだ、計画は、始まったばかりなのでな」と、ダ・マーハが、真顔で、厳かに言った。
「しかし、魔法の力なら、私と互角かと思うのですが…」と、ルーマ・ヤーマが、見解を述べた。
「お前、本気で、この者と互角だと思っているのか?」と、ネデ・リムシーが、詰問した。
「はあ…」と、ルーマ・ヤーマが、生返事をした。
「たわけっ!」と、ダ・マーハが、一喝した。
その刹那、「ひっ!」と、ルーマ・ヤーマが、肩を竦めた。
「何を基準に、互角と言っているのか知らんが、同じ失敗を繰り返したいのか?」と、ネデ・リムシーが、重圧を掛けた。
「す、すいません…」と、ルーマ・ヤーマが、萎縮した。
「私は、自尊心の所為で、敗北を喫したのだ。だから、貴様に加勢しようと申し出たのだ!」と、ネデ・リムシーが、理由を述べた。
「確かに、わしらには、驕りが有ったのう。その結果が、国を追われる事になってしもうたがな」と、ダ・マーハも、同調した。
「そ、そうですね…」と、ルーマ・ヤーマも、神妙な態度で、聞き入れた。そして、「心を入れ替えて、本気でやらせて頂きます!」と、気合いを入れた。
「これは、私の手に余るわね…」と、フェイリスは、呟いた。ルーマ・ヤーマだけなら、何とかなるが、ネデ・リムシーとダ・マーハの加勢ともなると、無傷では済まないからだ。
「ここで、一気に決めるぞ!」と、ネデ・リムシーが、意気込んだ。
「うむ!」と、ダ・マーハも、応じた。
「承知しました!」と、ルーマ・ヤーマも、返答した。
間も無く、「完焼魔法!」と、三人が、同時に唱えた。次の瞬間、燦々と輝く火球を、寸分違わずに、放って来た。
フェイリスも、負けじと、「燃爆魔法!」と、発動させた。その直後、同じくらいの明るさの燈色の火球を差し向けた。
程無くして、双方の火球がぶつかった。その刹那、眩い閃光と爆発が生じた。
フェイリスは、ここぞとばかりに、「瞬間移動魔法!」と、唱えた。逃げるなら、今しか無いからだ。そして、離脱に成功した。次に、転移した場所は、世界魔術師組合の本部である“月読の塔”と呼ばれる壁面が、緑玉で出来た塔の前に居た。間髪容れずに、「総長に、この事を伝えなければ…」と、歩を進めるのだった。




