一五、帝都の夜
一五、帝都の夜
デヘル帝国にとって、歴史的な一日が、暮れようとしていた。大陸中の国々への同時進行という前代未聞の開戦だからだ。
カドゥ四世は、夜が明けるなり、謁見の間で、速やかに、占領出来るように、陣頭指揮を執った。そして、気が付けば、月が、高々と昇って居た。
そこへ、ダ・マーハとネデ・リムシーが、転移して来た。
「余は、やれるだけの事は、やったぞ」と、カドゥは、開口一番に言った。各国へ、全兵力を送るように、尽力したからだ。そして、「貴様らの方は、どうだ?」と、問うた。戦果が、気になるからだ。
「南西のドナ国の王都ロナの陥落を確認しております」と、ダ・マーハが、にこやかに、報告した。
「我が国と王都の距離が、最も近い所が、落ちたか!」と、カドゥは、嬉々とした。攻め込まれると、一番厄介な国だからだ。
「距離と時間的には、準備をする間も無かったので、旨く落とせたのかと…」と、ダ・マーハが、見解を述べた。
「なるほどな。で、どんな手を使ったのだ?」と、カドゥは、興味津々に、尋ねた。方法が、知りたくなったからだ。
「ネデ・リムシーの造りし魔塔より、岩人形と骸骨を、茶竜で運ばせて、そのまま、頭上へ落としてやったまでですよ」と、ダ・マーハが、語った。
その直後、「何と!」と、カドゥは、両目を見開いた。有り得ない戦法だからだ。そして、「他国も、同じような手を使ったのか?」と、尋ねた。この様子だと、同じやり方で、攻め込んだものと考えられるからだ。
「いいえ」と、ダ・マーハが、頭を振った。そして、「このやり方が通用したのは、位置関係に在ります。魔塔との距離も、さる事ながら、魔法や錬金術などにも劣って居ましたので、単純な攻め方が、功を奏したのですよ」と、にこやかに、語った。
「確かに、単純な戦いの方が、理に適っていると言えような」と、カドゥも、口元を綻ばせた。時間を掛けずに叩くには、最適だからだ。そして、「では、他の国々の戦況は、どうかな?」と、尋ねた。戦果を把握しておきたいからだ。
「北西部のローヴェナ公国は、地上より、ゲスベロスの軍勢が、進軍中でございます」と、ダ・マーハが、回答した。
「何? 伝説の魔獣のゲスベロスだと!?」と、カドゥは、驚きの声を発した。あの世の駄犬と呼ばれる人面犬の魔獣だからだ。
「魔塔が在れば、造作も無い事でございますよ」と、ダ・マーハが、あっけらかんと言った。そして、「空からは、チャーゴイルを向かわせて居ります」と、言葉を続けた。
「中々の組み合わせだな。最強の部隊ではないのか?」と、カドゥは、上気した。機動力と武力の均衡が、取れて居る組み合わせだからだ。
「いいえ。最強なのは、南東方面を攻略中の豚龍軍団ですね」と、ダ・マーハが、口にした。
「ウガール国だな」と、カドゥは、淡々と言った。密林に覆われた未開の地だからだ。
「陛下は、あまり、興味が無さそうですねぇ」と、ダ・マーハが、指摘した。
「うむ」と、カドゥは、生返事をした。あまり、脅威に思って居ないからだ。
「そうですか。けれど、ウガール国の戦士を侮ってはいけませんよ。地の利を活かした戦法は、脅威と成りかねません。早い内に、叩いておくべきでしょうね」と、ダ・マーハが、考えを述べた。
「確かに、密林内で戦うとなると、かなり厄介な事になるだろうな」と、カドゥも、理解を示した。叩いておいて、損は無いだろうからだ。
「密林は、豚龍の攻撃で、焼き払われている最中でしょうね」と、ダ・マーハが、含み笑いをした。
「確かに、焼き払うのは、効果的だな」と、カドゥも、同調した。密林さえ無くなれば、恐るるに足りないだろうからだ。
「現在、把握して居るのは、これくらいですかね」と、ダ・マーハが、告げた。
「そうか。まあ、始まったばっかりだし、上出来だろう」と、カドゥは、にんまりとなった。初日に、隣国のドナ国の王都を陥落させられたのが、喜ばしい戦果だからだ。
「陛下。我々は、ドナ国の完全掌握の為に、明日は、来られないかも知れません」と、ダ・マーハが、予告した。
「どうしてだ?」と、カドゥは、眉を顰めた。理由が、知りたいからだ。
「世界魔術師組合の者が、探りを入れて居るようですので…」と、ダ・マーハが、表情を曇らせた。
「その者に、心当たりでも有るのか?」と、カドゥは、尋ねた。ダ・マーハの表情から、知って居そうな感じだからだ。
「ええ」と、ダ・マーハが、すんなりと頷いた。そして、「私の知って居る限りでは、実力は、かなりのものです」と、重々しく言った。
「そうか。要注意人物ならば、尚更、看過出来んな」と、カドゥも、理解を示した。不安要素は、一つでも排除しておくべきだからだ。
「如何にも」と、ダ・マーハが、頷いた。そして、「ソリムの時は、相手を見下して居たのが、敗因でしたので…」と、渋い顔をした。
「確かに」と、ネデ・リムシーも、相槌を打った。そして、「私も、自分の力に自惚れて居たようだ。帝国が、大陸を統一する日までは、気を抜くつもりは無い」と、決意を表明した。
「ソリム国での失敗は、余程、悔しかったようだな」と、カドゥは、察した。二人から、同じ失敗はしないという気迫を感じたからだ。そして、「場合によっては、軍を使っても構わんぞ」と、口にした。デヘル統一の為ならば、兵力を割いても、構わないからだ。
「はっ! その時には、兵を、御借りさせて頂きます」と、ダ・マーハが、一礼した。
「私も、今回は、陛下の助力に、あやからせて貰います」と、ネデ・リムシーも、素直に、受け容れた。
「我が帝国に、栄光を!」と、カドゥは、声高に、宣言した。
「はっ!」と、ダ・マーハとネデ・リムシーが、跪いた。
こうして、帝都の夜は、更けるのだった。




