一二、隠者ズニ
一二、隠者ズニ
ゴルト達は、奇面樹達の居なくなった隙を突いて、先を急いだ。
しばらくして、ブーヤンが、立ち止まり、「この先に、何か居る!」と、右手を後ろ手に差し向けながら、警告した。
ゴルト達も、立ち止まった。
「また、奇面樹か?」と、ゴルトは、問うた。それ以外に、思い付かないからだ。
「いや。何か、大きな奴だ」と、ブーヤンが、即答した。
「とすると、日輪大熊猫みたいな奴か?」と、バートンが、口を挟んだ。
「いや。そんな珍獣は、出て来ないし、私は、これまで、一度も遭遇した事など無い」と、ブーヤンが、背を向けたままで、返答した。
「ここいらを彷徨いて居る奴って…」と、バートンが、言葉を詰らせた。
「私の知る限りでは、ピテクロプスという巨人かな」と、ブーヤンが、口にした。
「ピテクロプスでも、あんまり見掛けない奴だろ?」と、ゴルトは、指摘した。この周辺で、目撃した話など、聞いた事が無いからだ。
「ピテクロプスって、昔話でしか聞かないぜ」と、バートンも、呆れ気味に言った。
「まあ、お前達が疑うのも、もっともだ。しかし、今日の森の様子では、ピテクロプスが出て来ても、不思議じゃない」と、ブーヤンが、語った。
「それも、そうだな」と、ゴルトも、理解を示した。今朝から、おかしな事ばかり起きているので、どのような事象が起きたところで、不思議じゃないからだ。
「確かに」と、バートンも、相槌を打った。
「くっ…。ここまで来て…」と、ブーヤンが、ぼやいた。
「そうだな」と、ゴルトも、頷いた。引き返す気力も無いからだ。
「ここで、夜を明かすしかないか…」と、バートンも、投げ遣りに言った。
「しかないだろうな」と、ブーヤンも、同調した。
「仕方無いか…」と、ゴルトも、溜め息を吐いた。ピテクロプスかも知れない巨人と戦っても、勝てる気がしないからだ。
そこへ、「こっちへ来い!」と、何者かが、呼び掛けて来た。
ゴルトは、周囲を見回したが、暗闇で、ほとんど見えなかった。そして、「バートン、声がしなかったか?」と、確認した。幻聴かも知れないからだ。
「俺にも聞こえたぜ」と、バートンも、返答した。
「どうやら、野宿をしなくて済みそうだな」と、ブーヤンが、口を挟んだ。
「それは、どういう意味だ?」と、ゴルトは、尋ねた。含みの有る物言いだからだ。
「ズニ様、近くに居られるんでしょ?」と、呼び掛けた。
「ズニ様ぁ〜?」と、ゴルトは、眉を顰めた。そんなに都合良く現れる訳ないからだ。
「ブーヤン、おかしくなったのか?」と、バートンも、訝しがった。
「ズニ様は、隠者だから、あまり、人前には出たがらないんだよ」と、ブーヤンが、理由を述べた。そして、「付いて来い」と、告げるなり、進み始めた。
少し後れて、ゴルトとバートンも続いた。
しばらくして、三人は、木扉で閉じられた洞穴へ着いた。
間も無く、木扉の前へ、何者かが下りて来た。そして、「流石は、森の民じゃのう」と、開口一番に、称賛した。
「いえ。ズニ様程では…」と、ブーヤンが、畏まった。
「集落が燃えておったので、様子を見に行こうとしたのじゃが、黄竜に乗った者が近付いて来たので、行くのを取り止めたのだが…」と、ズニが、語った。
「では、ム・チャブリンを嗾けたのも、その者とか?」と、ブーヤンが、怒気を含ませた。
「それは、判らん。それに、この周辺に、黄竜は居らんからのう」と、ズニが、淡々と言った。
「デヘルとム・チャブリンが、つるんでいるとは、考え難いな」と、ゴルトは、口にした。つるんで居れば、王都へ、チャブリン達と共に来て居た筈だからだ。
「確かに、王都で、ム・チャブリンやチャブリン達の姿は、見て居ないな」と、バートンが、口添えした。
「そうか。ム・チャブリン共の暴走と思った方が、自然のようだな」と、ブーヤンが、聞き入れた。
「黄竜は、単に、集落の様子を見に来たのかも知れんのう」と、ズニが、推測を述べた。
「この森の下見かも知れないぜ」と、バートンが、指摘した。
「そうかもな。今朝の勢いだと、大陸中を火の海にしそうな感じだもんな」と、ゴルトも、同調した。大陸全土が、デヘルの領土になるのも、そんなに時間が掛からないような気がするからだ。
「なるほど。ここでの立ち話も何だし、詳しい話を聞かせて貰えんかのう」と、ズニが、要請した。
「ええ」と、ゴルトは、応じた。断る理由も無いからだ。
「ズニ様、人間は、嫌いなのでは?」と、ブーヤンが、気遣った。
「いや、わしに絡んで来た奴が、偶々、人間だっただけじゃ。種族自体が、嫌いという訳じゃない」と、ズニが、理由を語った。
「何が有ったか知らないけど、とばっちりは、ごめんだな」と、バートンが、ぼやいた。
「そりゃそうだ」と、ゴルトも、相槌を打った。身に覚えの無い事で怨まれるのは、ごめんだからだ。
「しかし、何処のどいつだ?」と、バートンが、溜め息を吐いた。
「モリータとか言う人間じゃったな」と、ズニが、回答した。
「モリータ!」と、ゴルトは、素っ頓狂な声を発した。そして、「あいつなら、有り得る…」と、納得した。誰彼構わず、上から目線で、絡んで来るからだ。
「何じゃ? お前の知り合いか?」と、ズニが、問うた。
「知り合いと言うよりは、俺らも、モリータは、嫌な野郎だぜ」と、バートンが、口を挟んだ。そして、「でも、あいつは、大分前に、王都から居なくなっているぜ」と、言葉を続けた。
その瞬間、「何っ! 本当かっ!」と、ズニが、驚嘆した。そして、「何かをやらかしたのかのう?」と、興味を示した。
「う〜ん。まあ、やらかしたと言えば、やらかしたかな〜」と、バートンが、奥歯に物の挟まった返答をした。
「これは、ちょっと、面白そうじゃのう」と、ズニが、にこやかに言った。そして、「まあ、入ろう」と、踵を返した。
間も無く、一同は、洞穴へ移動した。
しばらくして、「人間は、夜は、何も見えんじゃろう。明かりを灯してやろう」と、ズニが、告げた。
少しして、ほんのりと青白い明かりが、灯された。間も無く、周囲が照らされた。
「あ…」と、ゴルトは、正面奥の光を放つ小石を、左の翼にぶら下げている長衣を着た梟頭の者を視認した。そして、「あなたが、ズニ様…?」と、両目を見開いた。ホーホー族を間近で見るのは、初めてだからだ。
「ズニ様を見て驚くなんて、失礼だぞ」と、ブーヤンが、窘めた。
「驚くなって言う方が、無理だぜ…」と、バートンも、異を唱えた。
「ブーヤンよ、仕方有るまい。そもそも、ホーホー族は、あまり、人前に出たがらん種族じゃからな」と、ズニが、淡々と言った。
「それは、そうですが…」と、ブーヤンが、眉根を寄せた。
「まあ、モリータの奴は、わしを不審者扱いにして、勝手に、出禁と触れ回ってくれたからのう」と、ズニが、ぼやいた。
「何だってぇ!」と、ゴルトは、素っ頓狂な声を発した。モリータには、そのような権限など無い筈だからだ。
「あいつの異種族差別は、尋常じゃないからな…」と、バートンも、溜め息を吐いた。そして、「役人に、申し立てをしたのか?」と、尋ねた。
「モリータに、聴取をしろと要請したら、モリータ以外の奴らも、出入り禁止は、妥当って、返事を貰ったよ」と、ズニが、嘆息した。
「は? ただの言い掛かりですねぇ~」と、ゴルトは、唖然となった。ただの難癖でしかないからだ。
「そうだな。あいつ、弱そうな相手を見付けて、絡んで来るからな」と、バートンも、口添えした。
「なるほどな。まあ、わしも、頭巾を目深に被っておったし、不審者扱いされても仕方が無いと思っておったが、モリータの性格が、捻じ曲がっておるのじゃな」と、ズニが、納得した。
「俺も、あいつに喧嘩を売られたから、買ってやったぜ」と、バートンが、得意顔で言った。そして、事の顛末を話した。
しばらくして、「ホッホッホ。モリータにとっては、屈辱的な負けじゃのう」と、ズニが、目を細めた。
「私なら、街に居られないな」と、ブーヤンも、同調した。
「いつの間にやら、居なくなってたけどな」と、バートンが、あっけらかんと言った。
「やるのぉ〜」と、ズニが、称賛した。
「あいつが、剣を抜かなかったのが、敗因って事さ」と、バートンが、しれっと口にした。
「確かに、舐め過ぎだな」と、ブーヤンも、頷いた。
「門番に採用されたからって、調子に乗って居たんじゃないか? 便利屋で、威張り散らして居たからさ」と、ゴルトは、見解を述べた。モリータが、どや顔で、誇張して居たからだ。
「確か、南口の門番だったな」と、バートンが、補足した。
「わしは、タコイム以下の弱者と思われておったのかのう」と、ズニが、ぼやいた。
「あいつの基準は、分からないけど、見た目で、喧嘩を売って居るんだろうな」と、バートンが、憶測を述べた。
「かもな」と、ゴルトも、相槌を打った。そして、「あんまり、モリータの事は言えないけど、あいつの方が、タコイムより弱いかも知れないよ」と、付け足した。タコイムの方が、苦戦を強いられた分、強いと思ったからだ。
「まさか、今日が、初めてじゃないだろうな?」と、ブーヤンが、怪訝な顔をした。
「え、ええ…」と、ゴルトは、上目遣いに、頷いた。まさに、その通りだからだ。
「だから、チャブリンともにも狼狽えて居たんだな」と、ブーヤンが、理解を示した。
「お恥ずかしい…」と、ゴルトは、萎縮した。今日が、初の実戦だからだ。
「何も、恥じる事はない。誰でも、最初は、素人なんだからな」と、ブーヤンが、頭を振った。そして、「お前は、色んな経験を積んだ筈だ。実戦は、数をこなしてなんぼだ。相手を侮らなければ、結果は付いて来るものだ」と、言葉を続けた。
「ブーヤン、お主も、弓の扱いが、下手っぴじゃったのう。でも、自主鍛練と実戦で、立派な射手となったからのう。この森の中では、お主のような弓使いは居らん」と、ズニが、褒めた。
「いえ。自分は、まだまだですし、世の中には、私よりも凄い弓使いは、居ると思いますよ」と、ブーヤンが、謙遜した。
「確かに、この大陸の何処かには、居るじゃろうな」と、ズニも、頷いた。そして、「わしも、見聞を広めに、お主らと行くとするかのう」と、口にした。
「それは、心強いですね」と、ブーヤンが、賛同した。
「でも、デヘルの連中をどうにかしないと、何処かで、行き詰まるんじゃないのか?」と、ゴルトは、冴えない表情で、指摘した。これだけ大それた事をする連中だから、妨害も、予想されるからだ。
「そうだな。物見遊山って訳にはいかないだろうな」と、バートンも、同調した。
「なるほど。それも、一理有るのう」と、ズニも、聞き入れた。そして、「王都は、どうなって居るんじゃ?」と、尋ねた。
「城の周辺は、デヘルの襲撃で、岩人形や骸骨が、彷徨いてまして、王国軍は、滅茶苦茶です…」と、ゴルトは、力無く語った。見たまんまだからだ。
「へ、上空には、茶竜共が、飛び回ってたぜ」と、バートンが、憎々しげに、補足した。
「なるほど。完全に、制圧されて居るようじゃのう」と、ズニが、眉を顰めた。そして、「明日の朝にでも、川を下って、ダーシモへ向かった方が良さそうじゃな」と、考えを述べた。
「ズニ様。少々、寄りたい所が在るのですが…」と、ブーヤンが、申し出た。
「ヤッスルの作業小屋かのう?」と、ズニが、即座に言った。
「ええ」と、ブーヤンが、頷いた。そして、「ヤッスルとも合流すれば、心強いかと…」と、提言した。
「そうじゃのう。川沿いに在るから、別に構わんよ」と、ズニが、快諾した。
「居れば良いんだが…」と、ブーヤンが、溜め息を吐いた。
「まあ、居なければ、書き置きでもしておけばええんじゃよ」と、ズニが、目を細めた。
「確かに」と、ブーヤンが、目を細めた。
「ところで、ズニ様。ピテクロプスって、この森に居られるのでしょうか?」と、バートンが、質問した。
「んな奴、居るかっ!」と、ズニが、一蹴した。
「じゃあ、重量感の有る物音は、いったい…」と、ブーヤンが、言葉を詰らせた。
「夜猿共の威嚇行動じゃよ」と、ズニが、しれっと回答した。
「威嚇行動?」と、ブーヤンが、小首を傾いだ。
「ここいらは、夜猿の縄張りじゃし、今宵は、異様だから、大きな音で、巨人と思わせたかったんじゃろうな」と、ズニが、解説した。
「だから、勝手な想像で、ピテクロプスという架空の巨人を創り出したんですね…」と、ブーヤンが、納得した。
「ホッホッホ。まあ、そういう事じゃのう」と、ズニが、一笑に付した。そして、「時として、想像で、とんでもない魔物に恐怖するものじゃ」と、言葉を続けた。
「確かに…」と、ゴルトは、頷いた。出食わした事の無い魔物を恐れるのは、滑稽な話だからだ。
「しかし、夜猿という奴らは、悪知恵の働く連中じゃから、あんまり係わらん方が、ええぞ」と、ズニが、忠告した。
「そうですね。特に、今夜は…」と、ブーヤンも、同調した。
「まあ、夜は長いから、宿代として、王都の様子を話して貰えんかのう」と、ズニが、要請した。
「そうですね」と、ゴルトは、すんなりと応じた。情報を共有しておいても、損は無いからだ。そして、「バートンと別れた後…」と、語り始めた。
しばらくして、「何と! 世界魔術師組合のフェイリス殿が、そのような事を…」と、ズニが、両目を見開いた。そして、「ネデ・リムシーとダ・マーハが、カドゥを焚き付けても、不思議じゃないな」と、深刻な顔をした。
「ズニ様、二人を御存知なのですか?」と、ブーヤンが、尋ねた。
「うむ」と、ズニが、小さく頷いた。そして、「昔、奴らに、神魔戦争の事を、王都で聞かれた事が有ったのう」と、淡々と言った。
「神魔戦争って、大陸一つと共に、神様と魔族が消えて、終結した大戦でしたね」と、ブーヤンが、口を挟んだ。
「そうじゃ」と、ズニが、肯定した。そして、「正確には、時の精霊ド・ラーグが、封印したという説も有る」と、補足した。
「伝説の魔導士のド・ラーグ様なんて事はないだろうな?」と、バートンが、指摘した。
「五〇〇年前の話だから、流石に、違うだろう」と、ゴルトは、否定した。五〇〇年も、生きて居られるわけないだろうからだ。
「ホッホッホ。強ち、間違いとも言い切れんし、正しいとも言い切れん。わしも、一度は、会ってみたいもんじゃのう」と、ズニが、目を細めた。そして、「フェイリスという者にも、会うてみたいかのう」と、言葉を続けた。
「そうですね」と、ゴルトも、相槌を打った。気になる存在だからだ。
「ズニ様。お前達も、話は、これくらいにして、休もう」と、ブーヤンが、提言した。
間も無く、ゴルト達は、その場で、横たわるのだった。




